8・夕食
慌ただしく着替えを済ませ、ミリムに案内されるまま彼らの家につくと、カーシェスは上機嫌で、四人がけの食卓テーブルに案内してくれる。
「遠慮せず食べてくれ!」
焼いただけの素朴なモモイモが、それぞれの席に置かれていた。
セレルは席に着くと、隣に座った元王子のロラッドをちらりと見る。
「こういうの、食べ慣れていないんじゃない?」
「そうでもない。あの王妃のおかげで、辺境に住んでいたときは農家に呼ばれたり、森で採った物を食べたりもした。食えるだけマシな戦場も何回か経験してる」
ロラッドは言いながら、まだ熱いモモイモの皮を慣れた様子でむき、きれいに生えそろった歯で平らげていく。
その向かいでは、カーシェスがフォークにぶすりと刺したモモイモにかぶりついていた。
「うまい! ミリムが見つけてきたモモイモは、本当にうまいな!」
「はい。でも見つけたのはセレルです」
「ミリムが持ってきてくれたモモイモは、本当にうまいな!」
「はい。持ってきたのは私です。そして本当においしいです。いつもより質のいいモモイモのようです」
「うんうん、ミリムの言うとおりだ。いつもよりうまいな!」
そう喜んでいたカーシェスは、ふと食べるのを止め、ロラッドに目配せする。
「隠してるけど、やっぱりあんた、実りの女神様なんだろ?」
「違う」
「……そうか? じゃああんたら、一体何者なんだ?」
ロラッドは少し考えてから、真面目な顔で返事をする。
「まぁ、端的に説明するとすれば……俺は虐待されていた、ちいさな妖精をさらってここまで来た、元狂剣士王子ってとこか」
「チビではあっても妖精ではない……」
セレルの指摘は興味ないらしく、カーシェスは握ったフォークを震わせて青ざめた。
「狂剣士……? ロラッド……おまえ、超やばいじゃん!」
「父上、食事中です。お静かに」
「だ、だけどミリム。狂剣士とか聞かされて、お静かにできるものか?」
「はい」
「……立派な娘に育ってくれて、パパは嬉しいよ」
「それにロラッドは、元、とおっしゃっていますから」
「そうか、元か……。元ってなんだよ、元って!」
「ああ」
ロラッドはセレルの頭を撫でる。
「セレルに触っていると、なぜかその呪いがおさまるんだ」
カーシェスは険しく寄せた眉を、少しだけ緩める。
「じゃあ今は、大丈夫なんだな」
「さあ。まだ検証中だから、エビデンスはない」
「それダメだろ! 俺は裏付けの取れているものじゃないと信じられないタチなんだ!」
セレルは彼の今までの行動から、そういうタイプではないことを指摘しようか迷っていると、ミリムが立ち上がり、本棚から古びた本を取り出してセレルに見せる。
「セレル、ロラッドが言っているあなたたちの事情は、この絵本に書かれているようなことでしょうか」
おとぎ話のようなファンタジックな表紙の絵本だったが、内容がわからず、セレルは首をかしげる。
「これ、どんな話なの?」
「要約すれば、盗賊が精霊を誘拐して、別の国に亡命して、ぼろもうけする話です」
「……亡命は、かすっているけど、あとは全然違う。というか、この絵本のあらすじおかしくない?」
「母上が幼女の頃に流行った、ベストセラーです」
「嘘でしょ……ぼろもうけとか、子どもが読んで面白いの?」
「ビジネスの基礎が幼児にもわかるように描かれていて、興味深いです」
「……そう、なんだ」
全く興味深いようには思えず、セレルは微妙な相槌をつく。
その横でロラッドも表紙をのぞき、「ああ」と頷いた。
「俺も文字覚えたての頃読んだけど、図解がわかりやすくて小さい子にはちょうどいい内容だったな」
「図解? それって、文字覚えたての子どもが読んで楽しいの?」
セレルが納得いかず眉を寄せるのを見て、ミリムは絵本をめくった。
「気になるのでしたら、せっかくなので私が読み聞かせをします。どうかご清聴ください」
「……全然、興味ないんだけど」
セレルが正直に言うと、モモイモをきれいに食べたばかりのカーシェスは、拳を握りしめて怒りをあらわにした。
「おい! ミリムがおもしろいって言っているんだから、完全肯定しろ! 好意を断るな!」
「じゃあカーシェスが聞いてよ」
「……え? いや、俺は文字が……その、そうだ。片づけがあるから、セレルがゆっくり聞いておいてくれ!」
活字に逃げ腰らしいカーシェスは、みんなが食べ終わった食器を、そそくさとまとめはじめる。
そんな感じで、セレルはビジネスの参考になるとは思えない、図解付きの絵本を読み聞かせてしてもらうことで、食後を過ごした。