20・目覚め
見慣れたミリムの部屋で、セレルは目を覚ました。
日の差し込む窓際に、ツインテールの少女の後ろ姿がたたずんでいる。
顔を見なくても分かった。
元気がない。
なぜ、という疑問と同時に、様々な出来事が思い出されてくる。
荒らされた畑、襲い来る一角獣、そして自分をかばって襲われた、血まみれのロラッドの姿。
セレルは青ざめて、横たえた体を起こそうとする。
物音に気付き、ミリムは振り返った。
寝台から起き上がろうとするセレルに気づくと、それを制するように駆け寄ってくる。
「セレル、まだ動けるような状態ではありません。寝ていてください」
「私よりロラッドが……!」
「だいじょうぶです。セレルが彼に癒しの力を施したのでしょう。彼の怪我はずいぶんよくなりましたが、あなたは気を失って丸一日、目を覚まさなかったのですよ。今はあなたが安静にしている番です」
セレルは信じられないように、ミリムに念を押す。
「ロラッド……あんなにひどかったのに、無事なの?」
「はい」
「この家に、いるの?」
「はい」
「ひとりでどこか、行ったりしていない?」
「本を読んだり、この周辺に出かけたりはしていますよ。守護獣について、調べているのだと思います。いつも通りです」
それを聞くと、セレルはミリムに促されて体を横たえる。
義母妹と暮らしていた時のように、身体が沈みこむような倦怠感に包まれていた。
気を失うほど無理をしたのは久々だったが、あれほどの怪我をしていたロラッドが無事だと知れば、軽い代償に思える。
ミリムはそばにあるテーブルに手を伸ばすと、かわいらしくほほえんだ熊の形をした瓶を手にした。
その蓋である首をためらいなく取ると、テーブルにあるコップに黄色い液体を注ぎ、セレルに渡す。
「飲んでください。ミリム特製栄養ドリンクです」
自分の名前を冠しているあたり、自信作なのだろう。
セレルはその意気込みに期待して、ミリムの手を借りて上体を起こすと素直に口をつけた。
すぐに飲んだことを後悔する。
「苦みと辛みが絶妙な配分で混ざり合っていて、まずいね」
「はい。置き去りにされた道具屋からありがたくいただいた、滋養強壮に効くモラウの葉とレムシリの根を、惜しげもなく配合しましたから」
「そんな貴重品と言われるとなおさら……味も悪いし、色々飲みにくいよ」
「文句を言わず従ってください。それを飲んでまた、セレルには浄化モモイモを作ってもらいたいのです」
セレルは気軽に相槌を打つ。
「もちろん。このミリムのまずいドリンク飲んだらすぐにでも」
「今は体力の回復が最優先です」
「でも少しくらいなら」
「そういう意地を張るのはやめてください」
「だけど……」
ミリムはわざとらしく、ため息をついた。
「なるほど。ロラッドがセレルに会いに来ない理由がわかりました」
思わぬ言葉に、セレルはまばたきをする。
「ロラッドが?」
「そうです。父上の方がまだマシです。セレルと一緒にいるのは疲れます」
セレルは不満げに黙り込んだ。
常に大声でわめいてわずらわしい人より、一緒にいて疲れるというのは、どうにも納得がいかない。
「農園は元気になってからでいいのです。畑はロラッドと父上が見張ってくれていますが、守護獣はあれから来ていませんし」
「あの一角獣、やっぱりこの土地の守護獣なの?」
「おそらくは。しかしこの病んだ土地に、あの病んだ守護獣だとすれば、納得の姿でした」
「どういうこと?」
「ロラッドが言うには、あの一角獣とここの土地は互いに影響を与えているそうです。どちらかが病めばもう一方も病むのが自然です。私たちが農園をはじめてから、浄化モモイモで土地がわずかながら健康な状態を取り戻したので、守護獣もわずかながら力が出て畑に現れたようです」
セレルは浄化モモイモを食べ荒らし、ひたすら自分に襲いかかってくる一角獣の姿に胸が疼く。
セレルに対する執拗なこだわりは、体の蝕みを癒すために聖女の血を求めてたのかもしれない。
襲われたことは今でも恐ろしいが、身体が弱っているときのつらさを知っているセレルは、責める気にもならなかった。
「そうだ、畑はどうなって……」
「見るのは構いませんが、無理はしないと約束してください」
念を押されてから、セレルはミリムの助けを借りて、ふらつきながら立ち上がり、窓から畑を眺めた。




