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【完結】僻地がいざなう聖女の末裔  作者: 入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆


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11・新芽

 すぐそばで、誰かが呼んでいる。


 返事をしようとして、セレルは自分の身体が鉛のように重いことに気づいた。


 このままでは、その人を失ってしまうと、知っている。


 助けなくては。


 もがくように、手を伸ばす。


 届いた、と思った時、肩を揺さぶられた。


 まどろみながらも、セレルは自分が寝ていたことに気づく。


 反射的に両腕を上げ、頭を守るように縮こまった。


「ごめんなさい、すぐ作ります」


 いつものように感情を込めず告げると、急いで身体を起こし、ふと違和感を覚えた。


 見ると、自分の両手が泥だらけになっている。


 セレルはようやく、ここが長年住んだ、薄暗い部屋ではないことに気づいた。


 はっとして振り返る。


 自分の肩を掴んだロラッドが、静かに見下ろしていた。


「なんだ。寝ぼけてたのか」


 セレルは目をそらす。


 一日中、狭い部屋から出ることもできず、店の商品を作り続けてきた、義母妹との生活をさらしてしまった気がして、いたたまれなかった。


 ロラッドは何気ない様子で、セレルの隣に並んで座る。


「気にするなよ。染みついた習慣が、なかなかとれないのは、俺もそうだから。今でも凶器がそばにないと、落ち着いて眠ることもできない」


「きれいな顔で、物騒なこと言うね」


「王子や英雄は基本、考えなしか物騒だ」


 セレルは、ロラッドが腰に提げている短剣をちらりと見た。


 それはロラッドが店主の去った武器屋からいただいてきたもので、追手も来ないような見知らぬ僻地にいるというのに、肌身離さず持っていることは、セレルも知っている。


「染みついた習慣でも、人をからかうのは、やめたほうがいいよ」


「俺がいなくなったら、それも懐かしくなるだろ」


 ロラッドはさらりと言ったが、セレルは驚いて目を丸くする。


「え、いなくなるの?」


「ん? いてほしいのか」


「だから、からかわないで!」


「それは無理だろ。あと、癒しの力は、ほどほどに使った方がいいからな」


「……わかってる」


 そう、セレルもわかってはいた。


 セレルは手についた泥をはらいながら、落としていく。


「だけど、病んだモモイモを浄化して食べ続けているだけだと、いずれイモ自体がなくなってしまうし」


「それで、土地全部を浄化しようして、手を畑に埋めてたまま倒れていたのか? 対象が広すぎるだろ。根性論はやめとけ」


「だけど、身体が弱いって言い訳にして、なにもしないのは……」


「それよりもまず、土地がなぜ病んでいるのか、原因を調べた方がいいんじゃないか」


「それはミリムとカーシェスがずっと調べているけど、今でもわからないって言ってたから。だから私は、私にだけ出来ることをしようと思って」


 セレルは顔を上げて、広大な泥畑を眺める。


 長い間、良くなる気配のない不毛の土地でたった二人、家族が帰ってくることを願い、ひたむきに努力し続けた気持ちを想像するのは、つらかった。


 ふと、泥畑の一点に目を止めたセレルは、引き寄せられるように駆け寄る。


 そこに生える、青々としたの双葉を確認すると、小さく叫んだ。


「ロラッド、見て! きれいな芽が生えているよ!」


 ロラッドもそばにきて、まじまじと観察する。


「これ、セレルが浄化したモモイモが育ったものかもしれないな」


 セレルは先日、浄化したモモイモを両手に抱えきれず、畑に落としたままのものがあったことを思い出す。


 言われてみると、この辺りだったかもしれない。


「しかも、それだけじゃないな。この土」


 セレルは指し示された芽の周辺の土に、目を凝らした。


 新芽の辺りの土が、さらりと適度に乾いている。


 セレルは驚きで、しばらく言葉が出てこなかった。





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