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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ショコラさん

作者: むにむに

 

「今年も渡せないまま終わっちゃったなぁ…」

「あと5秒…3,2,1…はい、ホワイトデー終了〜」


 はぁ、と小さく溜息を吐いて手の中の包みを解く。

 一生懸命リボンの形を整えたのに解くのはあっという間で、丁寧に外すのが面倒でビリビリと包装紙を破くと百円で買ったシンプルだけどお洒落な花柄模様の箱の蓋を開けると、辺りに甘い香りが広がる。


「今年はチョコチャンククッキーか」

「うん。結構良い出来なんだよね」


 箱の中から綺麗にセットしてあったクッキーを手に取り眺めていると、横からパクリと半分近く咥えられて歯形の残ったクッキーが残る。


「ん、んま」

「だろ?」


 幼馴染の望が口の端にクッキーを付けながら咀嚼するのを眺めて、残りのクッキーを一口齧る。

 ホワイトチョコの甘さとクッキーの甘さで口の中が満たされる。

 このクッキーを渡したかった相手は美味しいと言ってくれたのかな、そもそも甘い物が好きなのかすらも分からない。

 僕は何も知らないのだ、ホワイトデーにプレゼントを渡したいのにその相手の事を。



「毎年欠かさずお返し作っても意味無いのに拓もよくやるなぁ…」

「だって、貰ったのにお返し出来ないのは悪いじゃん…」


 まだ箱の中に残っているクッキーは望に1枚摘まれると、今度は3分の1程口の中に吸い込まれてゆく。


「そもそも相手が分からないんだしお返しのしようが無いんだろ?」

「それはそうなんだけど…」


 また小さく溜息を吐いてお茶を一口飲むと既に最後の1枚になっていたクッキーを摘んだ。


「…来年はもう貰えないかなぁ」

「10年続いたんだし貰えるんじゃね?」

「10年と言う節目をもって終了してしまう気しかしないよ…」


 確かに!と言って笑う望をじとりと横目で睨んでクッキーをぐわっと齧る。


「お菓子作りのスキルは上がった気がする」

「間違い無い」


 くっくっと笑いながら望もお茶を飲んで今年のホワイトデーも終了した。


 始まりは10年前の小学3年生のバレンタインデーだった。

 その頃はまだバレンタインなんて父親が会社で貰った義理チョコを貰って帰宅するのを楽しみにしているだけで、自分が貰えるなんて夢にも思って居なかった。

 学校から帰宅して母親に夕刊を頼まれてポストを見た際に気付いた。小さな手の平サイズの包み。宛名も何も無く、母親に渡したら「拓宛てなんじゃ無い?」と言われてもいまいちピンと来なかった。

 だが、僕は一人っ子だし、僕じゃ無いと男は父親になる訳だしで無理矢理にでも僕宛てにするしか無かった。父に誰か分からない人が好意を抱いているかも知らない。そんな心のモヤモヤは翌年晴れる事になった。


 小学4年のバレンタインデー、教室に置いてあった僕のロッカーの中に去年より少し大きな包みが入っていた。去年と同じく誰からの物か分からない。と言う事は、去年のバレンタインに贈られたチョコレートは自分宛てだったのだと分かり僕は一安心した。

 去年はもそのもやもやで食べる事が出来なかったチョコレート。家に帰って遊びに出て行く前に一粒摘んでみたら普通のチョコレートだった。お腹が空いていたからあっと言う間に無くなってしまった。


 5年生の時はランドセルの中に入っていた。チョコレートのパウンドケーキはお腹に溜まるし美味しくて初めて食べるお菓子に感動した。


 6年生の時は机の中にチョコレートブラウニー。


 中学生になってもそれは続いて、1年の時は下駄箱にチョコレートプリン。


 中学2年の時は体育の後に制服の中に紛れていたのはチョコレートケーキ。


 中学生3年生の時は郵送で届いたのはチョコレートカステラ。


 高校生になったら流石に来ないかな、と思ったらブレザーのポケットにいつの間にか生チョコレートが入っていた。


 高2の時は自転車のカゴにガトーショコラが入っていた。


 そして今年のバレンタインデーは何故か託されたと放課後にいつもの様に家に上がり込んだ望から渡されたストロベリーチョコレートだった。


「なんか付箋に拓に渡してくれって書いてあった」

「えっ…そ、その付箋は?」

「悪い、気付いたら外れてた」

「そっか……ショコラさんとは会えない運命なのかな…」


 送り主が分からないから勝手にショコラさんと呼んでいるのは、幼馴染でずっと一緒に居る望は知っている。

 そして4年生の時からお返しを作ってはいるものの、そもそも誰から貰ったのか分からないからお返し出来る筈も無く、毎年こうやって望と一緒に自ら食べる事になる。




「望は今年もチョコ受け取らなかったね」

「1人から受け取ったら全員から受け取らなきゃならねーじゃん」

「…凄い事になりそうだよね」

「だろ?」


 会話だけ聞いてれば何様かと思う様な発言だが、望だから納得がいく。

 小さな頃から何をしても卒なくこなし、子供から大人まで幅広く好かれて人心掌握もお手の物で、分け隔て無く接するので望の人望人気は凄まじいものがある。そして見た目がとても良い。凄く良い。薄過ぎず濃過ぎず今時のイケメン顔だ。長い手足にとにかく作画が良過ぎる小さな顔が乗っかっていて、たまに同じ人間なのか?と疑ってしまう。


「バレンタイン以外の告白とかも全部断ってるんでしょ?」

「…なに、急に」


 望とは普段恋愛話なんてしないけど、4月からは別の大学に通う事が決まっている。

 だからたまにはいいかな、なんて思ったのだ。


「いやぁ、最後に聞いておこうかなーと思って」

「…最後って、なに」


 少し不機嫌そうな声になった望。滅多に…と言うか怒った事なんて無いのに。


「最後ってのはまぁ大袈裟だけどさ、大学別だし、もうこうやって会う事も無くなるかも知れないじゃん?」

「…俺も拓も家は出ないんだし、こうして会えばいいじゃん」

「望は俺に会う暇も無い程モテモテになるでしょー。それに友達いっぱい出来て忙しくなるよ。うん、リア充ってやつ?」


 今も非常にモテモテだけど何故か彼女は作らないし、クラスメートと仲良くはしてるみたいだが、親友と呼べる程に仲の良い友達が居ると言う事も無い。だっていつでも僕の部屋に居るし。

 かく言う僕も似た様なものだけど、望と圧倒的に違うのは僕はモテないと言う点だ。

 僕が唯一モテてるのはショコラさんにだけ。

 モテているのかどうかもいまいち微妙なところだけど。


「なる訳ねぇじゃん」

「望…?」

「俺は……」

「うん」


 急に俯いて黙り込んだ望のつむじを見つめる。いつも割と姿勢が良い望のこんな姿あんまり見無いから、思わず綺麗なつむじだなぁなんて思ってしまう。


「…っ、拓…?」

「あ、ごめん、つい」

「つい、って……」


 天使の輪が出来てるツヤツヤさらさらの髪に思わず手を伸ばしてその手触りを楽しんでしまう。


「俺は大学に入っても毎日ここに来る」

「え、毎日」

「毎日」

「友達作らないの?」

「拓以外要らない」

「熱烈だね」

「拓は大学入ったら俺以外の友達沢山作るのかよ…」

「いや、沢山はきっと無理だよ…多分、1人か2人…」


 言ってて悲しくなるけど、そんな未来しか浮かばない。そうか、望の居ない学校生活なんだよなぁ…


「じゃあずっとぼっちでいて」

「どんなおねだりだよ。どうしたんだよ、望」


 いつもどこか他人に平面上だけ取り繕う様な感じの望が、何故か僕とだけは深く付き合う事には疑問を感じていた。

 そりゃあ昔から望はそこらの芸能人より綺麗でイケメンだから、男女関係無く言い寄られる事が多くて嫌気がさしてるのかな、何て思う事はあった。

 だけど、それが何故僕に執着する事に繋がるのか不思議でならない。

 望の事は小さな頃から知ってて気兼ね無く過ごせる唯一の友達で、無言でも全く苦にならない友達なんて今後出来そうも無い。



「じゃあ、何でT大なんて受けたんだよ……」


 ぽつりと漏らした声に、望が息を飲む気配を感じる。

 高3に進学して進路希望の紙をたまたま見てしまって知った望の希望大学。第一希望しか書いておらず、それ程T大に行きたかったなんて僕は知らなかった。

 僕が毎日勉強したとしても合格は出来ないであろう最難関の大学にストレートで合格を果たした望と、地元の名も無い大学に進学する僕。

 きっと世界が変わってしまう。

 まだ入学した訳でも無いのに、今までとは違う世界に1人で勝手に行ってしまう望を見たくないのかも知れない。


「…約束、だったから」

「約束?」

「T大受かれば………って、」

「え?ごめん、もっかい言って?」

「……拓とずっと一緒に居たいから、だから、T大受けた」


 まるで想像しなかった返答に僕はぽかんと望の目を見た。


「…ん?なに、どゆこと?」

「……なぁ、拓、本当に気付かないのか?」

「何が?」

「ショコラさんが誰かって想像した事ねぇの?」

「想像って言うより…」

「拓…?」


 今度は僕が俯いて、頬に望の指先が触れる。

 僕がぼぅっとしていると望はよく頬に触れる。これが中々に気持ち良いんだよなぁ。


「そうだったら良いなぁって」

「え?」


 ショコラさんが気になるのは本当だったけど、でも、そんなの割とどうでも良かった。

 だって毎年望がお返しのお菓子を一緒に食べてくれたから。


「望がホワイトデーにこうして一緒に僕の作ったお菓子食べてくれるの、嬉しかったよ」

「拓…」

「ショコラさんは気になるけど、ショコラさんは僕に気付かれたく無いみたいだから、良いんだ」

「……」

「だから、来年からは僕が望のショコラさんになるよ」

「……拓?」

「あ、言っちゃったらダメじゃん…」


 内緒で望にチョコを届けようとしていたのに本人に言ってしまった。計画倒れになった…


「まぁ、あれだよ」


 笑いながら、照れ隠しにお茶を飲む。


「何は無くとも望が好きだよって事」


 言ってて、あれ、これ、告白?僕、告白してないか?

 あちゃー、望が固まってる。そりゃそうだよなぁ、いきなり友達だと思ってた奴から告白されるなんて夢にも思わないよなぁ、どうしようかなぁと思っていたら急に息が苦しくなった。



「っ、う…の、のぞ…くる、苦し…っ、」


 思い切り抱き締められて望の胸板に顔が擦り付けられている。知らなかった、胸板結構厚いんだな…じゃなくて、苦しいし、思い切り抱き締められるから痛い、痛い程に抱き締められてる。斜めから伸ばされた手に変な体勢で抱き締められたから体重全部を望に預けているけど、望はなんて事なさそうに僕の身体をぎゅうぎゅうしていたが、僕が押し潰された蛙の様な声を上げて腕の力を緩めた。


「っ…!ご、ごめ…拓、大丈夫…」

「…堕ちるかと思った……」


 本当、一瞬視界が暗転したよ。


「…拓、好きって、本当?」

「僕が望に嘘ついた事あった?」

「無い!」

「望は僕に隠し事ある?」

「…就職して、それでも拓以外好きになれなかったらって約束だったんだ」

「さっきも言ってたけど約束ってなんの事?誰としたの?」

「俺達の両親」

「………へ?」


 予想外の答えに頭の中がはてなだらけになる。

 未だ望の腕の中に居るけど、ふにふにと頬を撫でられながら望が話し始めた。



「俺が拓に執着してるのは早くから気付かれてて、最初はアピールすればずっと拓と一緒に居れると思ってたんだよ」

「そう言えばもっと昔はべったりだったね」


 今はあっさりしたものだけど、そう言えば子供の頃は会えば抱き締められて移動中も手を繋ぐ熱烈少年だった望を思い出す。


「小学校までは良かったけど、中学に入ってまで変わらなかったし、その、俺割とモテて…」

「知ってる、皆まで言うな」

「ん…それで、でも俺は拓が好きだからって誰とも付き合わなかったら、とうとう俺達の親も心配になったらしくて…」


 中学3年の進路決めの時、望はもっと上の学校を目指す事も出来たのに、迷う事なく僕と一緒の学校しか行かないと両親に告げたらしい。

 そんな息子の決意に、僕の両親も含めた話し合いが持たれたらしい。そんな事があったなんて知らなかったよ…

 曰く、絶対僕に無理強いをしない事。T大を受けて社会人になって僕を心身共に支えられる様になってもまだ僕の事を好きで、僕にも恋人が居なかった時には自由にしても良い。と言う約束だった。

 だから、バレンタインには毎年無記名のチョコレートを贈り続けたらしい。


「……恋愛は自由にするものでしょ?」

「…親だから心配なんだよ」


「俺ら一人っ子だしなぁ」と望が呟いて、自然と自分から望の胸板におでこを擦り付けるとそっと頭を撫でられる。


「拓、俺とずっと一緒に居てくれる?」

「うん。望こそ僕で良いの?」

「拓じゃなきゃ駄目」

「じゃあ、来年からはチョコちゃんと手渡してよ?」


 もぞもぞと胸板から顔を上げると、目尻が下がった望と目が合う。


「来年は拓からチョコ貰えるんだな」


 なんて凄く嬉しそうに笑うから、何だか僕も嬉しくなって抱き付き返したら派手な音を立てた押し倒してしまい、その音に部屋へ駆け付けた両親に僕が望の上に乗っかってるところを見られてしまったのは来年には良い思い出になるのかな、と望と顔を見合わせて笑い合った。






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