友達
「み、ミカ……?」
「私のお父さんとお母さんはね、結構有名な勇者だったの」
初めて聞く話だ。
ミカの家に両親の姿がなかったのと関係あるのだろうか。
「どっちもすごい魔法が使えて、私もいつかあんな風になりたいって思ってた」
ミカは続ける。
「でも、今日のことでわかったの。 私じゃ、到底二人みたいにはなれないって。 私なんてへなちょこな回復魔法しか使えなくて、負傷した伝令隊の人も満足に治療できなかったし」
「いや、でも…… あんな酷い傷、そう簡単に治すのは……」
「ううん。 シェリーお姉様だったら、完璧に治せてたはず。 それに、その後敵が襲ってきた時も、私は何もできなかった」
そう言うと、ミカは立ち上がり、前に進んだ。
「やっぱり私…… 明日、家に戻ろうと思う」
「え……?」
ミカの言葉を理解するのに数秒かかった。同時に、心臓だけが深い水中に沈んだような、重い圧迫感が襲う。
「みんなと一緒にいて楽しかったけど、このままじゃ足手まといになりそうだし。回復魔法しかできないんだから、魔王討伐なんて私には夢の夢。 もともとインドア派だったし」
「インドア派……」
それはボケたのだろうか。
「私は大人しく家に引きこもってるほうがお似合いなんだよ、きっと……」
ミカの顔は見えない。
だが、彼女の悔しさはよくわかった。なんせ、つい十数時間前まで俺も同じ気持ちを味わっていたのだから。好感度ボーナスなんてものを知らなければ、俺はあの村で一生を終えていたかもしれない。
「そ、そんなことない!」
俺は勢いよく立ち上がった。
「あの時ミカがいなかったら、あの伝令隊の人は死んでいたかもしれない。 ミカがあの人の命を救ったんじゃないか。 それにヒーラーはパーティーの生命線になる重要な役割だし……」
「あんなの薬草を塗るのと変わらないよ」
「いや、そういうことじゃなくて……!」
うまく言葉が出てこない。
異世界で初めてできた友達という存在。自分勝手だが、俺はそれを手放したくない。俺の説得次第で、ミカの気持ちが変わるかもしれないのに。
こんな時ほど、口下手な自分を憎んだことはなかった。
何て言えば…… 何か言わないと……
「……信じてもらえないかも知れないけど、俺は今朝までは何の魔法も使えない村人だったんだ」
俺が突拍子もないことを言ったもので、思わずミカが振り向いた。
俺もなぜそんな事を言ったかわからない。
「どういうこと?」
「俺は、その…… 半年前に記憶喪失になっているところを村で拾われたんだ」
転生のことは伏せておく。
「それで、頼れる人のいない俺はその村でずっと働いてた。 それが酷いものでさ、俺は小さな子一人分の労働力にもなってなかったんだ。たぶん村の人には煙たがられてたと思う。 もちろん、魔王討伐なんて大層な夢なんてとっくに捨ててたよ」
ミカは黙って耳を傾けていた。
「でも…… 今朝、ゴブリンに囲まれたミカを見つけて、どうしても助けたくて、俺の命なんてどうでもいいからって思って…… そしたら、突然あの魔法が使えるようになったんだ」
結局俺は何を言おうとしてるんだ。
「だから、俺はミカの気持ちがなんとなくわかる。 自分の理想と現実がかけ離れてる感じが…… でも、そこで諦めちゃったら……」
「ありがとう、シン。 私を元気付けてくれようとしてるんだよね? でも、私に才能なんてないから」
作り話だと思われたらしい。
それもそうだ。突然魔法が使えるようになるなんて、信じられないだろう。
「違くて! そうじゃなくて…… ミカは足でまといなんかじゃないんだ! だって、その……」
「シン……?」
「ああ、もう! さっきまでの全部なし! 忘れて!」
俺は大きく深呼吸した。
「ミカは初めてできた俺の大切な友達だから! ミカと一緒にいて、俺も楽しいよ。 だから、俺はこれからもミカとずっと一緒にいたい!」
俺は一気に言いたいことを吐き出してしまう。
「ええ!? そ、それって……」
ミカは数歩後ずさった。その頬はみるみる赤くなっていく。
どういうことだろう。
「あれ、俺変なこと言った……?」
「ううん、別に!」
ミカはぎこちなく首を横に振る。
「そう……? と、とにかく、シェリーさんに言われた一週間だけでもいい。 それまでは、一緒にいて欲しい…… それでも無理だと思ったら、俺も引き止めはしないよ」
ミカは俺の目を真っ直ぐと見つめ、それからゆっくり口を開いた。
「……わ、私もシンとーー きゃっ!」
ミカの短い悲鳴。
視界の端から何か黒い影が横切り、次の瞬間、彼女の姿は消えていた。
「え? み、ミカ……?」
「いや、離して!」
声の方を向くと、屋根の上にミカはいた。
それだけではない。彼女の隣にはもう一つ人影があった。ボロボロの布切れで身体を頭まですっぽりと覆い、顔は見えない。
「誰だ! ミカを離せ!」
俺は叫んだ。
しかし、そんな要求、すんなりと受け入れられるはずもない。
「この女の命は預かった。 助けたければ、ここから西北西に約三キロ進んだ草原。 そこに、もう一人、盾使いの女を連れて来い」
鋭く冷たい女性の声だった。
「そこって、昼行った…… お前が悪魔なのか?」
「他に助けを呼んだら、この女は殺す。 二人だけで来い。 一時間以内に姿を現さなければ、その時も同じだ。 いいな?」
フード姿の女性は、俺の問いに耳を傾けることなく、淡々と要求を述べた。そして、すぐに背を向ける。
「待て!」
俺は手をかざし、女性に向け照準を合わせる。しかし、魔法を放つことはできない。俺の魔法ではミカを巻き込んでしまう。
その間にも、女性はミカを抱身軽に屋根を飛び移っていく。その時、彼女の背に猟銃のようなものが担がれているが目に入った。
「ミカ! ……くそ!」
連れ去られるミカを、俺は指をくわえて見ていることしかできなかった。
腹の底から、不甲斐ない自分への怒りが込み上がってくる。
「盾使いの女……ガーネットのことか。 急がないと!」
俺は踵を返し、ガーネットのいる部屋へと走った。
ドタドタと廊下を駆け、ドアを勢いよく開けると、既にガーネットはベッドから身を起こしていた。目には大きな驚きが湛えられている。
「どうしたんですか、恩人様? ミカはーー」
「ミカが! 大変なんだ! 多分今日俺たちを襲ってきたやつだ! は、早く行かないと、ミカが!」
俺は心の焦りに任せ、まくし立てるように喋る。
「お、落ち着いてください! まずは何があったかちゃんと教えてください」
たしなめるように言われ、俺は息継ぎも忘れて、さっき起こったことをありのままに伝えた。
「まさかそんな早くに復帰したなんて…… やはり、私の考えが甘すぎた?」
「早く行こう! ミカが危ないんだ!」
「そうですね。 私もそうしたいのですが……」
なぜかガーネットはおし黙る。
「どうしたの? 急がないと!」
「……おそらく、これは罠です」
「え?」
「私たちを効率よく安全に消すための。 こんな暗い中で、遮蔽物のない草原に行けば、敵からすれば格好の獲物です。 危険分子である私たちを殺した後、ミカも同じように……」
「で、でも…… このまま見捨てるなんてできない! ミカは俺の友達なんだ!」
ガーネットは何も答えない。
我慢できず、俺は部屋の奥へと進む。そして、立てかけられた木の剣を持ち上げ、しっかりと握った。
「たとえ罠であっても、俺は行くよ。 もし、朝になっても俺が戻らなかったら、ルノワールさんにこの事を伝えてくれ」
「恩人様!」
部屋を出ようとする俺を、ガーネットが呼び止める。
俺はドアの前で止まった。
「さっきも言ったように、まずは落ち着いてください。 心の乱れは、いざという時に最悪の失敗を招きます」
俺の背後で、部屋の隅の方からカタカタという、壁に何かが当たる音がした。
振り向いてみると、大盾を持ったガーネットが。
「恩人様が行くのに、私が行かない理由がありません。 それに、ミカは私にとっても大事な友達ですから」
「ガーネット……」
「行きましょう、恩人様。 私たちで絶対にミカを救い出します!」
「……ああ!」
心にあった焦りと心細さ、それらは言いようのない熱い感情へと昇華していった。
自分でも何が言いたかったのかよくわかりません。
次回の投稿は火曜日になります。