襲撃
男は虫の息だったが、まだ生きている。
だが、彼の鎧は、横っ腹のあたりがごっそりと削れ、深い裂傷があらわになっていた。素人目にも、このままでは命が危ないとわかる。
「ヒーリングティアー」
ミカが唱えると、彼女の指先から淡く光る雫がたれる。すると、痛々しい傷口がゆっくりと閉じていった。
「治りそう?」
「ううん、私の魔法じゃ応急処置が限界。 早く、医療施設に連れて行かなきゃ」
「わ、わかった。 俺がおぶっていくよ」
ガーネットの手助けを得て、俺の背に男の体重が乗る。
「これも盗賊の仕業なのかな……?」
ミカの声は少し震えていた。
「どうなんでしょうか。 ここまで力のある盗賊なら、もっとお金待ちが多い街を狙うと思うんですよね」
「それなら、誰がこんなひどいことを……」
「あ……」
ふいに、耳元で掠れた声が聞こえる。
「よかった! 伝令隊の方、気がついたみたい!」
「大丈夫ですか? もうすぐ街に到着するのでそれまでの辛抱ですから」
「悪魔だ……」
「え?」
俺は思わず立ち止まる。
「あれは悪魔だ……!」
「襲撃者の事ですか?」
「一瞬だった…… 姿が見えなくて、仲間が次々に……! 逃げなきゃ! 早く!」
息を荒くして、男はジタバタと暴れだした。
「ちょっ! 落ち着いて! もう大丈夫だから!」
混乱しているらしく、男に俺の声は届かない。
「離してくれ! 奴が! 悪魔がすぐ近くにいる!」
「奴? もしかして、襲撃者は一人なんですか?」
「逃げなきゃ、逃げなきゃ! みんな殺される!」
「みんな急ご! このまま暴れ続けられたら、傷口がまた開いちゃう!」
俺とガーネットは頷くと、歩調を速めることに。
歩いている最中、男はずっと何かうめいていた。
「あれ?」
「どうしました、恩人様?」
「今、森の中、あの木の上に誰かがいたような……」
俺につられて、皆森の方に目を凝らす。
「何も、いないようですよ……?」
「そうだね…… あ、鳥か何かと見間違えたとか?」
「そうなのかな……」
二人に言われ、俺も自信がなくなる。
本当に一瞬だったため、脳が人のように見せたのかもしれない。男の言葉に恐怖を煽られて、少し神経質になりすぎていたんだろう。
だが、その後起こったことに、それが幻覚などてはないとわかった。
「何だ!?」
俺たちが見ていた方向、森の向こう側で、突然大量の鳥が飛び立ったのだ。
続いて、いくつもの、豚の鳴き声を低く伸ばしたような音が響き渡る。
「この音は!?」
「おそらくオークです! 何か興奮している様子ですけど、一体どうして……?」
鳴き声は真っ直ぐこちらに近づいていた。合わせて、どすどすという、地面を踏み鳴らす音がいくつも聞こえてくる。
「来ます! 皆さん、私の後ろに隠れてください!」
言われるがままに、俺たちはガーネットの背に回った。
直後、森から数十体もののオークが現れた。イノシシのような頭をしたそれは、遠目でもかなりの大きさだとわかる。
オークは俺たちを見つけるなり、手に持った槍を投げてきた。
「あの量はやばくない!?」
「私にお任せください、恩人様! セイクリッドウォール!」
ガーネットが大盾を思い切り地面に振り下ろすと、盾の数倍はある半透明の壁が生まれる。
槍は、それに当たると勢いをなくし、次々に下へと落ちていった。オークの間に動揺が広がる。
「おお! ナイス、ガーネット!」
「えへへ、このくらい朝飯前ですよ」
余裕そうなガーネット。
オークの群れは一瞬足を止めたが、今度は、何も持たずこちらに突っ込んできた。
「次は俺が! イビルフレイム!」
俺の声に呼応し、オークの群れの真下から、黒々とした巨大な炎が立ち上がる。その黒い輝きは、太陽の光を奪い、周りをまるで夜のように暗くさせた。
魔法が消えると、そこには小さな残り火以外、何も残っていなかった。
「すごい魔法…… さすがは恩人様です!」
「いや、そんなこと…… でも、どうしてオークが?」
「さっぱりです。 オークは縄張りに入らなければ、基本的に襲ってこない魔物なんですけど」
ガーネットは眉をひそめる。
「何かから逃げてるみたいだったよね……」
ミカの言うように、オークは力量の差を知って、なおも撤退を選ばず進軍してきた。後ろに、より恐ろしい何かが潜んでいたのだろうか。
でも、そんな奴がいるのか?
それに答えたのは、伝令隊の男だった。
「悪魔だ! 悪魔に違いない! 奴が、オークの巣を襲ったんだ!」
「さっきから、その悪魔ってなんなんだ? 人なのか?」
「わからない…… 遠くから何か光ったと思ったら、次の瞬間、俺の仲間は死んでいた。 俺は命からがら逃げられたが……」
「狙撃された、ということですか?」
「たぶん、そうかもしれない。 だが、音もなくあんな距離から正確に…… 頼む! 早くここから離れてくれ! もう、俺はあんな目に……」
男はいきなり押し黙る。
「どうした?」
男の目は見開いたまま、ただ一点を見つめ、その口はガタガタと震えていた。必死に何か言おうとしている。
「あ、あ…… あく……」
俺たちは男の視線をたどる。
森の中に、微かな光が浮かんでいた。
「悪魔だ!!!」
ガーネットが素早く俺たちの前に出る。
「セイクリッドウォール!」
彼女の前方にはまばゆい光を放つ巨大な壁が現れる。
そのコンマ数秒後、壁の左上辺りを、目にも溜まらぬ速さで何かが激突した。その部分が火花を散らすように輝く。
「くっ!」
前傾姿勢になり、歯をくいしばるガーネットだが、徐々に後ろへと押されていくのがわかる。
「恩人様! 私が抑えている間に、敵を!」
「ああ!」
俺は横にずれる。
「アイスブラスト!」
手のひらから小石ほどの魔法が射出。
それは、森の中の最初に光が見えたところで、爆ぜるように氷塊へと変わった。
「もう、だめ!」
同じタイミングで、ガーネットは盾ごとこちらに突き飛ばされた。
壁が消える。
軌道が逸れたらしく、光の弾道は真後ろの小川へと着弾した。
「うわっ!」
岩が粉砕される音が響き渡り、がれきと水しぶきが四方に飛び散る。身体が浮き上がりそうなほどの強い風がこちらまで届いてきた。
「みんな、大丈夫か?」
「大丈夫です……」
「わ、私も平気……」
二人の声を聞いて、俺は安心する。
「や、やったのか?」
しかし、伝令隊の男が余計なことを言ったことで、俺は顔をしかめる。
それは絶対にフラグだ。やめてくれ。
「わからないけど、あの光も消えてるし、本当に倒したんじゃーー」
「いや、まだわからない!敵はそんな柔な奴だとは思えないし! 警戒を怠らないように!」
ミカが言い終わる前に、食い気味に俺はまくしたてる。
「ですが、今のところ追撃はないみたいです。 狙撃手相手にこんな開けた場所は不利です。 今のうちにここを離れましょう」
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