不穏な気配
受付嬢に連れられ、俺たちは役場の奥にある、応接間のような場所に通された。
しばらくして、俺たちが入ってきた扉とは別の扉がノックされる。
現れたのは六十代くらいの男だった。
「よく来てくださいました。 私、ラーパス役場の所長をしている、ルノワールと申します」
しゃがれた声で、ルノワールは一礼する。
席に座っていた俺たちも、立ち上がり軽く会釈を返した。
「役員からも簡単な話があったと思いますが、単刀直入に申しますと、あなた方に緊急の依頼をお願いしたい」
「その依頼というのは?」
俺は続きを促した。
「はい。 実は、最近ラーパス近辺の草原で、勇者のパーティーが全滅するという事態が発生しました」
「全滅…… って、その人たちはどうなったんですか?」
「全員死亡していました。さらに、彼らは皆装備をはぎ取られていて、近くには戦闘の跡も発見されました」
「盗賊ですか……?」
「私どもも、当初はその線が濃厚だと、街の衛兵隊を派遣しました。 しかし……」
ルノワールは答え辛そうに目を伏せた。
「十人で編成された衛兵隊は、昨日発見されました。 こちらも、装備が一通りはぎ取られて」
直接的な表現は避けたようだが、衛兵隊も殺されたということだ。
重い空気が流れる。
「ですが、街が抱える公式の兵士は、その地域で出される依頼の最高ランクよりも高い者たちで結成されてるはずですよね?」
ガーネットの真剣な声色が聞こえてくる。
さすがは元王国の騎士団員だけあって、そういうことに詳しいようだ。
「その通りです。 ここの衛兵隊は、ランクAの者たちで組織されていました。 ですから、相手はそれ以上の戦力を有していることになります。 単なる盗賊とは思えません」
つまり、ランクSという可能性も。
俺の頭には先ほどのヘルドレイクの姿が浮かんだ。
「本来、こういった非常事態時には、王都からの支援を要請するのが常ですが、昨夜発たせた伝令隊は未だ戻って来ません。 早朝には到着する距離なのに」
「それじゃあ、伝令隊も……」
言いかけて、ミカは口をつぐんだ。
「それで、偶然街にいた恩人様に白羽の矢が立ったということですか?」
「はい…… 突如飛来したヘルドレイクを一瞬で倒したと聞き及んでおります。 どうか、そのお力、街を救うために振るっていただけないでしょうか?」
「仕方なくオッケーしちゃったけど……」
「あんな話聞かされちゃうと、さすがに怖いよね」
「でも、さすがは恩人様。 万人に救いの手を差し伸べるなんて」
役場を出た俺たちは、準備を整え、早速事件の起こった場所へ向かっていた。
「それにしても、これってわざわざ買う必要あったのか? お金全然ないのに」
俺は手に持った木製の剣を回して眺める。
これはガーネットの勧めで、先ほど装備屋にて買ったもので、一つ1000ゴールドと、店の中で一番安い値段だった。
修学旅行の売店で見た覚えがある。
「大ありですよ! 恩人様、武器はその人の能力をさらに引き出す重要なキーとなるんですよ」
そう言いながら、ガーネットは自分の背たけ程の大盾を持ったまま、腕をぶんぶんと振る。
こちらも木製で、値段は2500ゴールド。
「それ、重くないの?」
ミカの指摘は、もっともだ。
木でできているといっても、盾の重さは二十キロくらいはあるはずだ。それを、見た目非力そうな女性が片手で振り回している。
本当は発泡スチロールか何か?
「騎士団にいた時は、もっと重い盾を扱ってましたから、これくらい平気ですよ」
「騎士団すごすぎるだろ……」
「そんなに褒めないでくださいよ、恥ずかしい……」
ガーネットは盾にすっぽり隠れる。
可愛いのか、たくましいのかよくわからない。
「でも、シンの攻撃は魔法がメインなのに、どうして剣なの? 魔法師なら普通は杖だと思うんだけど」
「それは、恩人様は物理攻撃もそれなりだとお見受けしたので、剣は近接用です。 それに、その武器なら相手を気絶させることもできます。 恩人様の魔法は殺意高すぎなので」
「ああ、確かに。 シンの魔法はどれも敵を消し炭にするような魔法だったね」
「それは反論できない……」
思えば、覚えたイビルフレイムでさえ、異常な火力だった。
そう考えると、この剣は重宝すべきものなのかも。
俺はステータス画面を開いた。
「さっきので、レベル29まで上がってる…… 相変わらず素の能力は残念だけど。 ん?それに、ボーナス値も上がってるぞ? ほんのちょっとだけだけど……」
HPが+16000。つまり、前から1000しか上がっていない。
画面を長押し。
「総合好感度89。 ミカと出会った時は76だったよな? ていうことは、+分はガーネットのか。 でも、13も上がってるのに、ボーナス値の上昇が低いような……」
「私がどうかしました?」
画面を遮るように、ガーネットが顔をのぞかせた。
「うわっ!? …… いや、なんでもない」
俺が仰け反るのに合わせて、画面も天を向く。画面を固定モードにしておくと、常に自分の目の前に表示されるのだ。
「ふふ、そうですか?」
いたずらっぽい笑みを浮かべると、ガーネットは背を向け、再び歩き始めた。
今日は俺をどぎまぎさせるイベントが起こりすぎだ。心臓がもたない……
そんな風にして、緊張感の抜け落ちたまま、俺たちは問題の草原に到着した。
真横には深緑をした森が奥まで延々と続いており、その反対側は流れの弱い小川が流れている。太陽はまだまだ高く、ピクニックでもしたくなるような、平和な景観だった。
「ルノワールさんの話では、この近くのはずだけど……」
「特に変わったところはないですね。 戦った跡もないようですし」
ミカとガーネットは辺りを見回しながら言う。
「場所、間違えたかな?」
「わかりません。 もう少しだけ進んでみましょう」
それから数分。
「これは……」
俺は言葉が出なかった。
目の前に広がる草地には、突然、えぐられたように黄土色の地面がむき出しになった場所がいくつも現れたのだ。どれも、森の方から小川に向けて、数メートルに渡り伸びている。
「これが、ルノワールさんの言っていた戦闘跡…… なのかな?」
「間違いないと思います。 この辺の魔物ではこんな跡はつけられないでしょう」
ガーネットは手近な跡に触れる。
彼女のほっそりとした腕は肘あたりまで入っている。相当深くまで、えぐれているらしい。
「でも、こんな跡一体どうやってつけたんだ? 奥のやつなんて、岩まで割れている」
「そこまでは…… 手練れとなれば、魔法でも、剣の一振りだけでもこうなりますから」
「一振りで……!?」
どうやらこの世界には、俺の想像をはるかに超える強者がいるようだ。
「みんな見て! あそこに馬車が倒れてる!」
ミカに言われ、俺たちは大急ぎでそちらへ走った。
「ひどいな……」
そこには、ギリギリ原型をとどめていた馬車の荷台があった。あちこちに木片や、ゆがんだ車輪が落ちている。
「これは伝令隊の馬車?」
「たぶんそうだと思います。場所からして、昨夜、街を出発した直後に襲われたみたいですね。王都の道から外れているのは逃げていたから? でも、この破壊のされ方、何かーー」
不意にガーネットは口を閉じる。そして、俺たちの方を見ると、口の前で人差し指を立てた。
しゃべるな、ということだ。
少しして聞こえたのは、草が擦れる音。何かが大きな動物が動くような。
緊張が高まる。
「そこの岩の裏です」
ガーネットが小声で言う。
「二手に分かれましょう」
俺は頷くと、ガーネットとは反対方向から岩に近づく。
そして、位置に着くと、同時に岩の裏に回った。
「人……?」
「伝令隊の方見たいです! ひどい怪我……」
そこにいたのは、血を流して倒れこむ、伝令隊の男だった。
会話回多すぎたかな…
もうすぐ主人公活躍する!かも