勇者誕生
会話回です(ネタバレ)
「ん〜! これ、すごく美味しいです!」
ほっぺたに手をやり、至福の笑みを浮かべながらサンドイッチを頬張る女性。
「本当に美味しそうに食べてるね」
隣に座るミカは感心したように言う。
俺たちは今、街中にある食堂に来ていた。
それも、オシャレなカフェという感じではなく、どちらかというと酒場みたいな印象を受ける。
「それで、そろそろ名前くらい教えて欲しいんだけど……」
痺れを切らして、俺は尋ねた。
「食べ物ください」と懇願され、とりあえずここに連れて来たはいいが、彼女はずっと食べてばかりだったのだ。
「あ、そうでした!」
女性はハッとしたように両手を叩く。
「ガーネットです。 前まではとある王国の騎士団に所属していました」
「き、騎士団!?」
ミカは口に手を当て、驚きをあらわにする。
確か騎士団は勇者がスカウトされるものらしいが、ガーネットは相当な実力者なのだろうか。
「でも、前まではって、今は違うの?」
「そうなんですよ。 実は私、この前クビにされちゃいまして。私おっちょこちょいで、肝心なところでミスを連発してたら……」
ガーネットはため息混じりに答える。
「そうだったのか…… それはわかったけど、その後どうしてドラゴンに?」
俺は本題に入ることに。
「うんうん、ドラゴンなんてラーパス周辺には存在しないはずだよ?」
気になっていたらしくミカも同調してくれる。
「ドラゴン? ああ、ヘルドレイクのことですか」
ヘルドレイク。
めっちゃかっこいい名前だった。
「フリーになった私は非公式の依頼をこなしていたんですが、昨日近くの火山に行った時、運悪く寝ていたヘルドレイクの尾を踏んでしまって。 色々あって、背に飛び乗ったら、そのままここへ飛んできたというわけなんです」
「色々ってなんだ!? ていうか昨日ってことは、丸一日そのヘルドレイクの背に乗ってたってこと!?」
俺は身を乗り出して聞く。
ガーネットは恥ずかしそうに頰を掻きながら、「体力には自信があって」と答えた。
何その反応!? 何かおかしくない!?
にわかには信じがたい話だが、彼女の反応を見るに嘘ではなさそう。騎士団は恐ろしい連中なんだと、俺は確信した。
「でも、本当に助かりました。 恩人様が止めてくれなければ、あの街は焼け野原になっていたでしょう」
「焼け野原って…… あれってそんなにやばい奴だったのか……」
「はい、あの火山の主みたいでしたから。 ラーパスの防衛機能なんてオモチャ同然ですよ」
それを聞いて俺はゾッとすると同時に、自分の能力がどの程度のものなのか把握できて嬉しくも思った。
ちなみに、あのヘルドレイクは貴重な武器等の材料になるらしく、街の衛兵達によって運んで行かれた。
「それで、お二人はこの街で何をしていたんですか? ここはお二人のレベル適正よりも、ずっと下の場所だと思うんですけど」
「私たち、これから勇者の登録に行こうと思ってたの」
「そうだったんですか!? 驚きました、何か名のある団体に属しているのかと思っていたんですが…… お二人でパーティーを組むおつもりなんですか?」
「まあ、今のところは」
「それなら、もしよければ、私をそちらのパーティーに加えさせていただけませんか?」
「え? どうして急に」
いきなりの申し出に俺は困惑する。
一体どういう風の吹き回しだろう。
「今や、私は職のない身で、お金はないわ知り合いもいないわですし、なにより恩人様に助けてもらった恩返しをしたいんです」
俺はミカと目を合わせる。
彼女の顔からは肯定的な雰囲気が読み取れた。おそらく俺も同じような顔をしているだろう。
答えはすぐに決まった。
「そうだな。 仲間は多い方がいいだろうし、歓迎するよ」
ガーネットはパッと明るい笑みを浮かべる。
「嬉しいです! これからよろしくお願いしますね、ミカ、恩人様!」
「恩人様じゃなくて、普通に名前で呼んでほしい……」
俺は小さな嘆きは誰の耳にも届かなかった。
役場にはたくさんの人がいた。
鉄剣、盾、それから杖など、皆まさに勇者という感じの装備を身につけている。
中に入ると、なぜか周囲からは好奇の目が向けられ、ヒソヒソと何事か話声が聞こえる。
「何でみんな俺たちを見てるんだ?」
「ヘルドレイクを一撃で倒したんですから、当然ですよ」
ガーネットが軽い感じで教えてくれる。
もう話が広まったということか。
そう思うと、少し気恥ずかしい。
「受付はあっちみたい」
ミカの見る方には、この世界の文字で『勇者登録』と書かれた看板があった。
受付の流れは至って簡易的だった。差し出された書類に名前などの個人情報を記入し、手数料の500ゴールド(およそ日本の500円と同じ価値)を支払うだけ。
お金があれば誰でも勇者になれるらしい。ちょっと拍子抜けだ。
受付を終えると、俺たちはすぐ側にあった掲示板に向かう。
「これが公式の依頼か〜」
俺の目の前には、大小様々な張り紙が所狭しと並んでいた。
「すごい数…… 何百枚あるんだろう」
あまりの数に、ミカは目をパチパチさせている。
そんな圧倒される俺たちを余所に、ガーネットは慣れた様子で張り紙を眺める。
「どれも簡単な依頼ばかりですね。 一番高くてもランクB。 恩人様達にはちょっと物足りないないかもしれないです」
「え、そうなの?」
「はい。 さっきのヘルドレイクが依頼にあったとしたら、ランクSくらいでしょうから」
「そんなに……」
わかりやすい指標を示され、俺は改めて自分の能力を実感する。
「でも、私じゃランクBの依頼も満足にこなせないよ……」
ミカは一人だけ取り残されたように言う。
「そういえば、ミカはどんな魔法を使うんですか?」
「私は…… その、簡単な回復魔法くらいしか……」
蚊の鳴くような声だった。
だから、スライムも倒せないと、シェリーに言われていたのか。相手を回復させても意味がない。
「じゃ、じゃあ、まずは手始めに簡単なやつから始めてみよう。 俺も依頼の流れを知っておきたいし」
「うぅ、ありがとう……」
ミカは、うな垂れるように頭を下げた。
「あの、皆さま」
依頼を探していた俺たちに声をかけたのは、受付嬢だった。
「どうしたんですか?」
ガーネットが聞く。
「皆さまは先ほどヘルドレイクを討伐した方ですよね?」
「それなら、恩人様で間違いないですよ」
「やっぱり。 あの、皆さまの実力を見込んで、所長が緊急の依頼をお願いしたいとのことでして。 どうか、お話を聞いていただけませんか?」
受付嬢は深刻な表情だ。
「どうします、恩人様?」
「いや、でも……」
実力を見込んで、ということはそれなりの危険が伴うはずだ。
簡単な依頼を受ける約束をミカとしたばかりだが、どうするべきか。
「お願いします。ラーパスにいる勇者では手に負えないものなんです」
受付嬢は深々と頭を下げる。
俺はミカの方を見た。
「私は大丈夫。 依頼を受けよ」
ミカは力強く頷いてみせた。
「……わかりました、話を聞かせてください」