竜のち美少女
ミカの住まう立派な邸宅で、この世界で初めての豪勢な食事を取り、俺たちはシェリーに見送られた。不思議なことに、広い家にはミカとシェリー以外の人はいなかった。
ミカの家を出て二十分。
その間、俺は美少女と二人っきりにという状況に、心が落ち着くことはなかった。
陰キャ万歳……
「着いたよ、ここがラーパス。 ラガルディア王国領の小さな街」
「おおお! これが!」
しかし、目の前に現れた広大な街に、俺のテンションは一気に上がっていった。
「転生して初めての街! まさか、こんな日がくるなんて!」
危うく泣いてしまいそうになる。
巨大な石造りの門を抜けると、中央に噴水が設置された大きな広場が顔を見せた。そこから十字に伸びる大通りには、たくさんの出店が軒を連ねている。
これだよ、こういうの。
まさに俺が夢見てた異世界って感じだ。
「転生って?」
「あ、いや…… てんせい…… そう、テンセーって、俺の村では喜びを表す時に使うんだ!」
俺は適当な嘘を口走る。
俺が転生したことは、説明が面倒なので秘密にしてあるのだ。
「へぇ〜そうなんだ…… それ、私も使っていい?」
ミカの目がキラキラと輝く。
「え、なんで?」
『好感度ダウン ステータス低ーー』
機械的な声。
そういう意味で言ったわけじゃないのに!
「いいよ! 全然オッケー! いくらでも使って! なんなら今一緒に言おう!」
「今!? いいの!?」
「うんうん! いつでもカモン!」
「えっと…… じゃあ、いくよ? せーのっ!」
「テンセー!」
二人で手を上げて、意味不明な喜び方をする。
一瞬、周りの目がこちらを向く。
この世界の誰も、この単語の意味を知り得ないだろうが、なぜか俺の顔は羞恥で熱くなっていった。
「俺の馬鹿…… なんであんな嘘を……」
だが、「好感度アップ」のナレーションが入ったことで、少しホッとする。
総合だとか基礎だとか、好感度ボーナスについてはまだわからないことが多いが、ミカからの好感度を下げるわけにはいかない。
「街に着いたのはいいけど、ここからどうしたら……」
魔王討伐!
と、勢いに任せて村を出たはいいが、実のところ全くのノープランであった。
「まずは、役場に行って勇者の申請をしよ!」
「勇者の申請?」
「うん。 勇者として登録することで、各地から集まる公式依頼が受注できるようになるの。それで、有名になれば、いつかは王国で騎士団としてスカウトされたりするんだよ」
「おお……! そんなものがあったなんて!」
「え、本当に知らなかったの? 」
俺は曖昧に頷く。
半年この世界で暮らしてて全く知らなかった。
「誰かーーー!」
どこからか叫び声が微かに聞こえた気がした。
「なんだ?」
「止めて! 誰か止めてくださーーーい!」
まただ。
幻聴ではないらしい。
辺りを見回してみると、皆一様に空を見上げていた。
俺とミカもそれに倣ってみる。
「あれは……」
真上に昇る太陽の一部が、黒い影によって遮られていた。
その影はすぐに日を覆ほどになり、形がはっきりと見えてくる。
「ドラゴンだ!」
「なんでラーパスなんかにドラゴンが!」
街の誰かが言う。
「ドラゴン……?ドラゴン!?」
確かにそうだ。
かぎ爪のある巨大な翼、ゴツゴツとしたトカゲのような口。
それは、空想上の生物。 紛うことなきドラゴンであった。
「本物!? すご! 何メートルあるの、あれ!? 異世界最高!」
俺はすっかり興奮してしまう。
「シン、見て!あそこ! 誰かが乗ってる!」
ミカが指差す方、黒いドラゴンの背には、確かに人がしがみついているように見える。
「女の人?」
「うわーん! 誰かーーー!」
どうやら声の主は彼女だ。
「ドラゴンを使役している? わけじゃなさそうだな……」
むしろ、暴走しているようだ。
「あれ?」
「どうした?」
ミカを見ると、彼女の顔は真っ青になっていた。
「あのドラゴン、こっちに向かって来てるよ……」
「え……?」
言われてようやく気づく。
その射るような鋭い目は俺たちを捉えているではないか。そして、その口元からはオレンジ色の輝きが漏れ出していた。
「あれ、やばくない?」
「うん、逃げた方がいいかも」
だが、時すでに遅し。
地鳴りのような唸り声とともに、ドラゴンが口を目一杯広げると、その巨体よりも一回り大きな火球を放った。
「避けてくださーーーい!」
ドラゴンに乗る女性が叫ぶ。
いや、無理だって!!
「どうしよう、シン!」
「ど、どどど、どうしようって…… そうだ、魔法!」
恐れる必要なんてないじゃないか! 今までの俺とはもう違う!
俺は急いで天に手を向けた。
「火が相手なら…… これだ!」
手のひらから、青の魔法陣が出現した。
「アイスブラスト! ーーって、あれ?」
「なにあれ…… あめ玉?」
ミカの言う通り、俺の手から出たのは小さな玉。それは打ち上げ花火のように、ゆらゆらと火球へと接近する。
「しょぼくない!? MP消費300なんだけど!?」
「え、これ大丈夫なの?」
ミカの顔は再び蒼白になる。
だが、心配は無用だった。
「おお……!?」
小さな玉はある程度の高さに昇ると、次の瞬間、巨大な氷塊へと姿を変えたのだ。全方位にクリスタルのようなトゲがびっしりと付いている。
「きれい……」
氷塊に火球が衝突したのか、空中で耳を塞ぎたくなるほどの爆発音がとどろいた。
「わっ!」
ミカが頭に手を当てる。
頭上からは溶けた水が、強烈な風とともに降り注いでいた。
落ちて来たのはそれだけではなかった。
「ドラゴンが!」
それは、翼を閉じ、力なく自由落下してくるドラゴンだった。
大きさは二十メートルくらい?
まさか、俺の魔法で倒せたのだろうか。何にせよ、このままでは俺とミカは間違いなくあれの下敷きになる。
「わ、わぁ……」
「ミカ!」
立ち尽くすミカを抱え、俺は全速力で走る。
意外と軽い。そして、俺の腕には女の子の柔らかな太ももの感触がーーそんなこと考えてる場合か!
「きゃあっ!」
俺のすぐ後ろで、ドラゴンが地面に墜落した。強い衝撃が地面を揺らし、周囲に砂埃を舞きあげる。
「か、間一髪……」
顔だけ振り向けてみると、白目を向いたドラゴンの顔面が目と鼻の先にあった。
「こんなでかい奴を倒せたのか……」
「すごいね、シンは」
「いや、そんなこと…… あ!ごめん!」
お姫様だっこされた形のミカは、俺の肩から顔を覗せていた。
顔が近い!
俺は慌てて彼女を地面に下ろす。
「また助けてられちゃった。 ありがとね」
『好感度アップ ステーー』
俺は眼前に現れた画面を素早く消す。
「い、いや、当然のことをしたまでだよ!」
「そういえば、あの女の人は?」
「あ、忘れてた…… もしかして、ドラゴンと一緒に……?」
改めてドラゴンの方を見る。
しかし、人の姿はどこにもなかった。
「いない…… って、じゃあ、一体どこに?」
「そこの方! 受け止めてくださーーーーー!」
真上から声がした。
「え?」
俺が上を向くよりも先に、身体に重い何かがぶつかる。
「うぐっ!?」
そのまま俺は、後ろ向きに地面に倒れた。
「痛たた……」
「シン!? 大丈夫!?」
「なんとか、生きてる……」
普通なら死んでいてもおかしくないが、これもステータスのおかげだろうか。
それより、何が起きたのだろう。
目を開けると、泣きっ面をした赤い髪の女性が馬乗りになっていた。
「えっと、どなた?」
「ありがとうございます〜命の恩人様〜!」
俺は彼女から痛いくらいの抱擁を受けた。顔が柔らかい何かに埋もれる。
「ちょ、まっ! 息が苦しいんだけど……!」
だが、その苦しさの中には確かな幸福感が紛れていたのも事実。
これが男というものだ。
グゥゥ〜……
女性のお腹辺りから、小さな振動と一緒に、奇妙な音が届く。
「お腹が、すきました……」
「えぇ……」
なんなんだこの女性は。