黒騎士候補者
「すみませんでした……」
目を向けると、ガーネットはがっくりと肩を落としていた。
「リンシアさんも怒ってなかったみたいだし、大丈夫だよ」
俺は軽い感じで言うことで、なんとか空気を和ませようとする。だが、今のガーネットにはあまり効果がないようだ。
「しかし、あの女は胡散臭い感じだったな。 導きの石、なんて聞いたことがない」
サーシャはリンシアの後ろ姿を睨んだ。途中で振り向かれたらどうしようかと思ったが、そんなことは起こらなかった。
「スペクルム神殿だっけ? そこで発見されたって言ってたけど……」
「そんな神殿の名も初耳だな。 そもそもあの女、本当に教会の人間なのか?」
「それは、どうなんだろう……」
確かに、それらしい衣装を着ていれば、あとは何とでも身分を誤魔化すことは可能だ。発言の内容も、今のところ怪しいものが多い。
だが、だとしたら、そんなことをした理由は?
何かあの人に明確な利があったのか。それとも、ただ楽しんでいただけなのか。
まあ、今の時点では考えるだけ無駄だ。
「王宮に向かっていたみたいだし、後でグラディウス団長に聞いてみるよ」
「わかった」
サーシャが頷く。
「あの…… 恩人様は、あの石に触れて何を見たんですか?」
話題はまだ導きの石から離れていなかった。
「え? えーっと…… 知らない人の主観で色々見せられたんだよね。 変な神殿みたいな場所だったり、燃える街。 あと、強そうな騎士みたいな人もいた」
俺はあの時見たものを、ありのままに伝える。
「その人たちの会話は? 何か言っていましたか? 最後にはどうなったんですか?」
ガーネットは目の色を変え、焦ったように矢継ぎ早に質問攻めをしてくる。
なぜそこまで、俺が見たものにこだわるのだろうか。
「……ところどころ聞こえない部分があったけど、騎士がこっちを咎めてるみたいだったよ。 最後は俺側の人が、魔法陣を空に出して。それくらいだよ」
「じゃあ、具体的に何が起こっていたかは分からずじまいなんですね?」
どうしてか、ガーネットはホッとしたように息をついた。
「う、うん……」
「ガーネット、大丈夫か? さっきから様子が変だが」
俺の代わりにサーシャが質問してくれる。やはり、彼女の目にもガーネットは異様に映ったらしい。
当のガーネットはわかりやすく身体をビクつかせた。
「だ、大丈夫ですよ! 恩人様が変なものを見てないか、確認しただけですから」
「変なものって?」
俺が聞く。
「その……」と、ガーネットは顔を両手で隠した。
「いかがわしいものとか」
そんなくだらない、しかし、少しどきりとするような言葉が漏れてきた。
「真面目に聞いた俺が馬鹿だったよ……」
グラディウスへの報告をいつするか迷ったが、俺たちはとりあえず巡回を続けることにした。
いくらリンシアが怪しいとはいえ、何の根拠もない現状、王宮に戻る優先度は下がる。俺たちが求めるのは黒騎士に関する情報だ。
商店街の方まで来ると、急にサーシャが立ち止まった。
「どうしたの、サーシャ?」
「何か、かすかにだが、変な匂いがしたような……」
サーシャは目を閉じ、周囲に鼻を向ける。
「それって、もしかして!?」
身体に緊張が走る。
「似ているようだし、違う気もする。これは、一体……」
「おや、これはこれは。シンくんと、その愉快なお仲間さんたちではありませんか」
嫌味ったらしい言い方をしながら、こちらに歩いて来るのは、ヘンリーであった。お供のタイソンはいないようだ。
「ヘンリーさん、今日はどうしたんですか?」
俺は不快感を悟られないよう、努めて自然な口調で話す。
「今日は非番なので、団員のための茶葉を買いに。 途中で良い茶葉を見つけたんですよ。色も良いし、香りも。まあ、あなた方、お子様にはわからないでしょうが」
一々他人を貶さないと生きていけないのか、こいつは。その思いは、なんとか胸の中にしまい込んだ。
「その匂い……」
サーシャはヘンリーの元へ接近し、鼻をひくつかせた。
「なっ、何をしているんですか! 品性のかけらもない!」
ヘンリーは紙袋を頭上へと持ち上げると、サーシャから離れた。
彼女の方はというと、深刻な表情を浮かべ俺たちの方へと戻ってきた。
「他の匂いに混じっててわかりにくいが…… もしかしたら、あいつかもしれない。」
俺たちだけに聞こえるよう、サーシャは声を潜める。
まさか、ヘンリーが黒騎士?
とてもそんな風には見えないが、どうにか確かめる必要がある。
大雑把なストーリーは考え終えているのですが、細かいところで悩んでいて更新遅れてしまいました……




