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イブリース教

  「なに? 王都内に堕天使がいるかもしれないだと!?」


  あまりにも突拍子もないことで、グラディウスは身体を机に乗り出す勢いだ。


  「あんまり大きな声を出さないでください……!」


  俺は声を抑え注意した。

  団長室に他の誰もいなくて良かった……


  「すまん、つい。君がそんな嘘をつくとは思えんが…… 何か根拠はあるのか?」


  「以前、サーシャが堕天使の匂いを嗅いだことがあって。 それで、その匂いが王都に入った時からしていたらしいです」


  それが俺の匂いと似ているという点は言及(げんきゅう)を避けた。変に疑われたかねない。


  「匂い…… そういえば、レイラからの報告で、君たちが堕天使を倒したと……」


  言葉の途中で、グラディウスは急に(せき)込んだ。それも、(たん)が絡まったような咳で、彼の顔は目に見えて辛そうだ。


  「だ、大丈夫ですか?」


  近寄ろうとしたが、グラディウスはそれを手で制す。


  「ああ…… 問題ない。 最近、どうも身体の調子が優れなくてな」


  グラディウスは机に置かれていたカップを手にして、中身の紅茶を口の中に流し入れた。


  「もう大丈夫だ。 話に戻ろう」


  「は、はい……」


  「堕天使のことだったな。 他に根拠はあるのか?」


  俺は迷った。ここでローレンスを名指しするべきだろうか。


  「今のところはこれだけです…… だけど、警戒はした方がいいかと思って、一応グラディウス団長だけにお伝えしました」


  「そうか……」


  グラディウスは目尻にシワを寄せ、珍しく難しい顔をする。


  「どうしたんですか?」


  「いや…… 君の申し出と関連があるかは不明だが、近ごろ、王都で誘拐(ゆうかい)頻発(ひんぱつ)していると、衛兵たちから通達があったところだ」


  「誘拐……?」


  それがどう関係しているというのだろう。

  俺は続きを待った。


  「既に数十件、ラガルディアの民たちが失踪(しっそう)している。 にも関わらず、未だに目撃証言の一つもない。 王都では、夜中でも衛兵たちが巡回(じゅんかい)しているのにだ」


  「堕天使がそれをやったと?」


  「さっきも言ったように、まだ断言はできない。 だが、この件にはイブリース教が関わっている可能性は高い」


  確かイブリースは魔王の名前だ。だが、その名を取った宗教があるのは初耳であった。


  「魔王イブリースを崇拝(すうはい)している団体。 彼らは四大賢者に封印された魔王を解き放ち、この世界を破滅に導いてくれると望んでいる」


  「そんな、どうして…… 魔王なんて、みんなの共通の敵じゃないんですか?」


  「いわゆる終末論というやつだ。 イブリース教の詳しい出自は不明だが、格差社会に不満を持った人々が秘密裏に集会を開いていたのが始まりとされている」


  格差社会。やはり、どの世界にも貧富(ひんぷ)の差、社会的な地位の差があるらしい。

  言ってしまえば、イブリース教はこの世界に失望し、それならいっそ全てが滅んでしまえばいい、という暴論を(かか)げているわけか。生前、俺もそんな考えを持ったことはあるが、それを実行するとなると話しは別である。どんな苦境(くきょう)に追いやられようが、他の誰かに危害を加えた時点で悪は下手人にある。


  しかし、確かに、彼らなら黒騎士との繋がりもありそうだ。


  「君たちが商店街で()らえてくれた、あの男たちもイブリース教を名乗っていたな」


  「あの時の……」


  まだ記憶に新しい。「イブリース様万歳」と叫び、人を次々に負傷させたあの男たちだ。


  「まあ、その後の徹底的(てっていてき)な取り調べで、彼らはイブリース教の真似事をしていただけだとわかったがな」


  徹底的。一体どんな取り調べをしたのだろう……


  なんだか気が引けて、結局聞かないことにした。


  「今までなりを潜めていたイブリース教だが、何かを企んでるのやもしれん。 今こそ粛清(しゅくせい)の時だ」


 




  「それでイブリース教の拠点を見つける、ですか」と呆れたように言うガーネット。


  「確かに堕天使との関係はありそうだが」


  サーシャも納得はしていない様子。それは俺も同じだ。


  「何の手がかりもなしに、どうやって見つければいいのやら……」


  完全に手探り状態だ。

  イブリース教はもちろんその存在を公言することなどなく、騎士たちの網目(あみめ)をくぐり、ひっそりと活動をしているらしい。その信念自体がラガルディア王国への反逆を示しているのだから当然だ。


  「とりあえず王都をしらみ潰しに練り歩くしかないだろうな」


  そして、俺たちは行くあてもなく、ひたすら歩くことに。


  途中で気づいたのは、周りの目が集まりやすいこと。アウレウス騎士団から配給された正装を着ているため、目に付きやすいのだろう。

  なるほど。これなら街を歩くだけでも、十分に犯罪の抑止力となる。


  「ミカは一人で大丈夫でしょうか?」


  「レイラさんがミカに何かすることはないと思うよ」


  俺はほぼ反射的にレイラを(かば)う。


  「仮にあの女が敵じゃないにしても、あの騎士団内部に悪魔がいるとなれば、ミカの身は安全と言えない」


  「それは、たしかに……」


  反論の余地はなかった。

  オノケリスといったか。グラディウスが一度対峙(たいじ)し、辛うじて退(しりぞ)けた堕天使。

  同じ堕天使の名を口にしていた黒騎士なら、グラディウスに匹敵(ひってき)してしまうのでは。


  あれ?

  そういえば、俺はグラディウスが戦っている姿を見たことがないような……


  「あ、恩人様!」


  「えっ? ーーいたっ」


  何かにぶつかったかと思うと、「きゃっ」と短い女性の悲鳴が上がった。


  「す、すみません。 考え事しちゃってて……」


  「いえ、私の方こそ、注意が散漫(さんまん)になっていました」


  そう言って優しい微笑みを見せるのは、真っ白なローブで身を包んだ女性だった。

  淡い紫色の髪で、色っぽさを覚える端正な顔立ち。髪と同じ色の虹彩(こうさい)は、その深みに吸い込まれると錯覚するほどの、魔性的な何かを感じさせた。


  「これは、騎士様でしたか。 巡邏(じゅんら)のところ、邪魔をしてしまい申し訳ありませんでした」


  女性は丁寧(ていねい)な物腰で、俺に一礼する。


  「い、いえ…… ぶつかったのは俺の方ですし……」


  ミカたちとは違うベクトルの、大人の色気というものに俺は少しだけ圧倒されていた。


  「恩人様ぁ〜?」


  ガーネットの言葉に、冷や水を浴びせられた思いで俺は我にかえる。


  「え!? あ、ああ…… 別に見とれてたわけじゃないよ」


  「それは自ら白状してるようなものですよ」


  「うっ……」


  白い目を向けるガーネット。その隣にいたサーシャも同じような反応だ。


  「あの、失礼ですが、皆さまは最近アウレウス騎士団に入団された方ですか?」


  「はい、そうですけど……」


  女性の質問の真意が見えず、俺は戸惑う。


  「やはり、そうでしたか。私はラガルディア正教会の司教を務めております、リンシアと申します」


  「ラガルディア正教会?」


  「はい。 魔王を封印したという、賢者様を信仰の対象としています。 王室から許諾(きょだく)をいただいている唯一の教会で、騎士団の方との交流も多くて」


  「そうだったんですか」


  それで、見覚えのない俺たちにあんな質問をしたのか。


  「あ、俺はシンです」


  「シン様、ですか……」


  一瞬だけ、リンシアの目口の端がぐいっと引き伸ばされた気がした。小動物でも愛でるが如く、慈愛(じあい)と支配欲が交差したみたいに。


  『基礎好感度上昇:ステータスアップ』


  耳元で聞こえたアナウンスの音に俺は驚いた。

 俺の経験則では、初対面の相手は大抵基礎好感度が五十前後で、上昇アナウンスが入る六十を超えることはないはずだった。


  アウレウス騎士団の一員だから、ある程度信頼されてるってことかな……?


  「リンシアさんは、何をされていたんですか? 教会の正装のように見えますけど」


  意識を思考から離すと、ちょうどガーネットが質問しているところだった。


  「王宮へ向かうところです。 翌週に(もよお)されるパーティーの出席の旨を伝えに」


  「ああ、王室主催の……」


  なぜか訳知り顔で答えたのはサーシャだ。


  「サーシャは知ってたの? 俺、初耳だったんだけど」


  「私は耳がいいから」


  フードのかかった耳がもぞもぞ動く。


  「ところでシン様、何か大きな悩みをお持ちではないですか?」


  「まあ、あるといえばあります……」


  俺は言葉を(にご)して答える。


  「詮索(せんさく)はいたしません。ですが、私はラガルディア王国の全ての善人を正しき道に導きたいのです」


  リンシアはそう言うと、首につけたペンダントの先を手で持ち上げた。赤く大きな宝石が、光に照らされる。


  「それは?」


  「導きの石、といいます。迷い人を良い方向へ導く宝石です」


  「導きの石……」


  「さあ、シン様。 これに手を添えてみてください」


  有無を言わせず、リンシアは俺に近づく。

  まあ、別に断る理由もないか。


  「わかりました」


  「恩人様、待ってください!」


  「え?」


  もう遅かった。

  血のように赤い石に、俺の手が乗る。


  その瞬間、視界が真っ暗になり、俺の意識は遥か遠くへと飛んでいった。

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