異端者
それからも俺たちは周りの期待を裏切るスピードで、依頼を次々にこなしていった。規格外のカニのような上級の魔物、岩で全身を覆われたゴーレム。ランクSなど朝飯前で、ランクS+に分類される依頼もそれほど苦ではなかった。
最初のうちは、みんなと協力することで達成感があった。だが、それから一週間。数をこなしていくにつれて、ある感情が芽生えていった。
飽きだ。
グラディウスに依頼を与えられ、現地に向かう。そこで繰り広げられるのは毎回ワンパターンの戦い。守り、崩し、倒す。時には俺の魔法一発で終わらせることもあった。
いわゆる作業ゲーというやつだ。弱い敵をひたすら倒すだけ。しかも、自発的にやっているわけではなく、それによって得るものはない。強いていえばお給金が出るくらいだ。
なんとなくで入ったアウレウス騎士団だが、本当にこれで良かったのだろうか?
「というわけで、もっと歯ごたえのある依頼ってありませんか?」
グラディウスは目をパチパチさせた後、数回小さな咳を挟んだ。
「君たちの活躍は凄まじいもので、あのローレンスをも凌ぐほどだ。 私も相応の依頼を与えたいと思っている」
今の前置きで、なんとなく答えが俺の望むものでないとわかった。
「しかしだ。 今のところ君たちの腕に見合う依頼はないに等しい」
「そんなぁ……」
「シン。これは嘆くことではないぞ。ここ数日、堕天使も動きを見せていない。 恒久の平和こそ我々の願い。 これはむしろ、喜ぶべきことなのだ」
グラディウスのセリフはもっともだ。争いなどない方が良いに決まってる。
だが、このままでは着々と陰鬱としたフラストレーションが積もっていくばかりだ。
「よお、シン」
「タイソン…… さん。 ヘンリーさんも」
危うく敬称をつけ忘れるところだった。
大柄のタイソンとともに、最近俺に突っかかってくるヘンリーも一緒だ。面長で身長が高く、ずる賢そうな印象を与える。
どちらも大の苦手だ。
団長室を出て少しした曲がり角。グラディウスの目と耳は届かない、図ったかのように絶妙な位置だ。
「また、ランクS+相当の依頼をこなしてきたんだってな?」
「はい」
「それはお見事。 グラディウス団長もさぞお喜びでしょう」
「晴れて団長のお気に入りになれた、というわけか」
こいつら…… 小憎たらしい言い方を。
だが、ここで乗せられては相手の思うツボ。今はどうにか堪えなければ。
「俺は別に、グラディウス団長に気に入られたいなんて、そんなつもりはないです」
俺はできるだけ感情を表に出さず、淡々と伝えた。
「またまた、そんなこと言って。 今度はどんな手を使って、嘘をでっちあげたんだ?」
「だから、前にも言った通り、全部俺たちの実力でちゃんと討伐したんです。 それに、前回も回収班の人が、魔物をちゃんと回収してきたじゃないですか」
「あんなのガキだけで倒せるもんじゃねえんだよ」
タイソンの声に苛立ちが混じる。
「ああ、連れの女でも使ってるのか? 確かにそういう意味なら使い物になるかもしれねえな。 特に医療班に入れられたあの女。 大した能力もなさそうだし、どうして入団できた不思議だったんだ」
「なるほど! それで、あんなに女子を引き連れていたのですね!さすがはシンくん! これは策士! あっぱれ!」
ウシガエルが合唱でも始めたかのような、二人のゲラゲラという笑い声。
その時、心の奥底から真っ黒な憎悪が噴き出すのを感じた。
「おお、怖い怖い。 仮にも騎士団の端くれが、上官をどうするおつもりですか?」
ヘンリーにそう指摘され、ハッとした。
いつのまにか俺の手は剣の柄を、へし折れるのではないかと思うほど、強く握っていたのだ。抑え込んでいたはずの感情が漏れ出し、無意識的に身体を動かしていたのだろうか。
もし気づかなかったら、どうなっていたのだろう。
だめだ。これ以上、こいつらと関わるとおかしくなりそうだ。
「失礼します……」
俺は二人の横を通り抜けようとする。だが、進行方向にタイソンの、俺より一回り大きいどっしりとした身体が立ちふさがった。
「なんだ、詫びの一つもなしか?」
「……」
「こいつはひでえ。 騎士の心得ってもんが全くわかってないな。 どうするよ、ヘンリー」
「罰が必要だと思います。 もちろん、連帯責任であの女子たちも……」
気色の悪いねっとりとした笑み。
最近わかったことだが、騎士団の中では大した地位にいない。それはヘンリーもしかり。
おそらく魔法など使わなくとも、たった一斬りで奴らの身体は……
「……無礼な真似をして、すみませんでした」
俺は頭を思い切りさげる。早くここから離れないと。
まるで悪魔が脳みそに棲みついてるかのように、異常な考えが浮かんでしまう。
「それだけか?」
「え?」
「本当に謝罪の意があるのなら、少し図が高すぎるのでは? ということですよ」
ヘンリーの言葉でようやく理解した。
そんなに俺に屈辱を味わせたいか。
だが、仕方ない。それで済むのなら。
俺はゆっくりと膝を折る。まさか、異世界にきて、床に額をなすりつける日が来ようとは。しかも、こんな奴らに。
「そこまでにしろ」
突然、前方から声が聞こえた。
「ふ、副団長……!?」
振り向いた二人は情けない声を上げ、その場ですくみ上った。
「あの、これは教育の一環でして……」
「そうなのですよ。 我々は騎士としての礼儀を教えようとしていたのです」
「今のは見なかったことにしてやる。 だから、さっさと持ち場に戻れ。 二度と同じことはするな」
「はい!」と、タイソンとヘンリーは走り去っていった。
静まり返った廊下に、俺とローレンスが取り残される。
「どうして…… ですか?」
「俺は、仲間が騎士としての道を踏み外さぬように止めただけだ」
俺を助けようとしたわけではない。ローレンスはきっぱり言い放つ。
「それに、さきほど見せた貴様のあの目。 本気であいつらに剣を向ける気だったな?」
俺がヘンリーに指摘された時のことか。
だとすると、ローレンスはいざこざの始終を見ていたのでは。まさか、俺を泳がせていたのか?
「別にそんなつもりは……」
ふっ、とローレンスは鼻で笑う。
「所詮はまだ子供。 わかりやすい反応だ」
「……」
「だが、どうやら貴様の心には、俺と似たようなものが巣食っているらしいな」
てっきり咎められるのかと思ったが、違うらしい。
「似たようなものって、どういう意味ですか?」
「貴様は怒り狂っていた。 それは強者としての矜恃を傷つけられたからではなく、仲間を貶されたから。 お前の煮えたぎる怒りは仲間を守りたいという心に根ざしている。 ……それと、敬語はやめろ」
最後の一言でなんだか調子が崩れる。こんな状況でわざわざ言うことでもないだろうに。
だが、ローレンスの言い分は的を射ていた。俺はあの時、タイソンたちが俺の友達を汚い空想の中に登場させたのが、嫌でたまらなかったのだ。
「それがあなたと似ているって? そんなの信じられない。 模擬戦の時は自分が負けそうになって暴れたんじゃないか」
「ちっ、まだ覚えていたか。 だが、あれも同じだ。 弱い者は何一つ守ることができない。 俺はその事実に直面することを恐れたのだ」
「どうして、そこまで負けるのを怖がってるんだ?」
「お前に教える義理などない。 グラディウス団長はお前を認めたようだが、俺はそうじゃないからな」
いきなりそんなことを言われ、俺は反応に困る。
そんな俺の事など構わず、ローレンスは廊下の奥を見やった。
「あいつらは…… あんな落ちぶれたやつではなかった。貴様がここにやって来てから、悪霊でもついたようにああなった」
タイソンたちのことか。そういえば、グラディウスも同じことを言っていたな。
「いきなり何を言うのかと思ったら。 俺と関係があるって言いたいのか? 俺が疫病神だって?」
「どうだろうな」
「なんだよそれ。 あなたは俺をどうしたいんだ?」
「まだ、わからん」
「だが」と、ローレンスは腰にさしていた剣を、するりと抜いた。そして、切っ先を俺の方へと向ける。
あまりに急なことで、俺は身じろぎする暇もなかった。
「いつか俺はお前と再び剣を交えることになるやもしれん。 その時は、お前を完膚なきまでに叩きつぶす。 お前が何者であれ、死ぬ時は俺に殺されろ」
この時だけ、俺を見る彼の瞳はなんの淀みもなく、光を反射するその剣先のように、ただただ澄み切っていた。
「どういうことだよ。 それは分かりづらい冗談なのか? それとも……」
「シン!」
「恩人様!」
後ろからミカとガーネットの叫び声が聞こえる。
「剣を下ろせ」
一瞬のうちに俺の真横に現れたサーシャは、銃口をローレンスに向ける。狼を思わせる鋭い眼光が見えた。
「ま、待ってサーシャ。 違うんだ。これは副団長の冗談でーー」
「お前は一体何者なんだ」
ローレンスに向けた意味深な発言。サーシャには俺の声など届いていない様子だ。
「貴様……」
ローレンスはいぶかしむように目を細めた。
にらみ合いは十秒にも満たなかっただろう。先に剣を収めたのはローレンスだ。
「ローレンス副団長、これはどういうことですか?」
駆けつけたレイラが厳しい口調で問い詰める。
「悪いな。 こいつと再戦したいという話をしていて、少し盛り上がってしまったようだ」
この状況で信じてもらえるはずもなく、みんなローレンスに疑いの眼差しを向ける。
「まだ仕事が残っている。 ここらで俺は失礼するぞ」
「副団長!」
レイラが大声で呼ぶ。
しかし、ついに彼はこちらを向くことはなかった。
「すみません、皆さん。 私は副団長と話をしてきます」
レイラは俺たちに一礼すると、ローレンスの後を追っていった。
「シン、大丈夫? 何かされてない?」
ミカの心底心配げな瞳が俺を見る。
「うん、平気。 ローレンスの言って通り、再戦の話をしてただけだから」
「そんな風には見えませんでしたけど」
ガーネットはどちらかというと、ローレンスに憤っているようだ。
「本当だよ。心配してくれて、ありがとう」
「恩人様……」
ガーネットは大きなため息をついた。
「なあ、みんな」
重い声音でそう言ったのはサーシャだ。
「どうしたの?」
「大事な話がある。 早く宿に戻ろう」




