アウレウス騎士団副団長
連れてこられたのは、闘技場のような場所。
中央に広い空間があり、それを囲うようにして、岩を切り崩しただけの簡易的な座席が階段状に設置されている。騎士が剣技を磨くために設けられた場所だそうだ。
「それでは、これよりローレンス対シンの模擬戦を始めます。 魔法の使用および相手を即死たらしめる行為は禁止。 一本、身体の一部分に打ち込むことが勝利条件となります」
審判役のレイラがルールを説明する。
急すぎる展開。
正直、断ってしまっても良かった。だが、負けても失うものは何もない。さらに、勝つことができれば「全員、騎士団へ入団する権利を与える」というグラディウスの言葉。
これは魔王討伐への近道なのでは、というのが俺たちの総意だ。
なぜグラディウスがそこまで俺たちに固執するのか、という疑問はいったん棚上げとする。
魔法が使えない状態でどれだけやれるか。要は腕試しだ。
「俺と戦おうとした勇気だけは褒めてやる。 だが、その選択をした以上、生きて帰れるとは思うなよ」
あれ、模擬戦だよな? そのセリフは何かおかしくない?
「次に脅しととれる言動が認められれば、ローレンスを失格とします。 それと、再度言いますが、致命傷になる攻撃は絶対にしないように。 副団長は馬鹿力ですから」
レイラにたしなめられ、ローレンスは小さく舌打ちした。
「それでは…… 始め!」
「いくぞ」
そう言うと、ローレンスは片足を前に出した。疾風のごとき速度で、彼が接近する。
頭部を狙った左からの横薙ぎ。
「くっ!」
俺は中段の構えから右肘を裏返し、左からの一撃に剣を合わせた。
乾いた音が場内に響く。
「なに……」
ローレンスはすぐに剣を離し、素早く間合いの外に出た。
「今ので頭が弾けると思ったが…… さすがに甘くみすぎていたか」
表情を変えず、ローレンスは首をポキポキと鳴らす。冗談で言ってるのか、よくわからない。
「なら、これはどうだ」
ローレンスはさらに速度を上げ接近する。あくまで正面突破にこだわる気か。確かに見た目は脳筋タイプだ。
だが、そうではなかった。彼は俺の目の前で、止まると、瞬時に横へ飛んだ。
一瞬視界から外れる。
右から仕掛ける気だろう。このくらいならまだ止められる……
「な!? 消えた!?」
俺が向いた方にローレンスはいなかった。
「どこに……」
考え至るよりも先に、俺の勘が顔を上に向けさせた。
真上から、文字通りローレンスが降ってくる。
視界から消えたと同時に上へ跳躍したのか。あれを受けるのはさすがに不利だ。かと言って、後ろへジャンプするだけでは飛距離不足で攻撃が当たってしまう。
そうだ。
俺の脳裏には黒騎士のしていた回避行動が映った。
俺は後ろに弧を描くように飛び、地面に手をつける。そして、腕のバネを使いさらに後方へと飛んだ。
直後、目の前の地面をローレンスが叩きつぶした。頑丈な岩で出来てるはずのそれにはヒビが入り、へこんでいた。
本当にあの剣は木でできてるのか疑いたくなる。
「今のを避けるか…… それに、その動き……」
相変わらずの無表情だが、ローレンスは少し動揺しているように映った。
いつのまにか周りが騒がしくなっていた。見ると、騎士の姿をした人たちが集まり、ガヤを飛ばしている。まるで見世物だ。
「貴様、一体何者だ……?」
「何者って、別に普通の勇者だ」
異世界転生した者だ、なんて口が裂けても言えない。
「普通の勇者だと……? ふざけた事を」
彼は目を細めた。そして、一歩踏み込む。
次の瞬きの後、彼の姿は既に目の前まで迫っていた。
「終わりだ」
「な!?」
振り上げられる剣。
落ち着け。まだ間に合う。
俺は防御の構えをとる。しかし、ローレンスの一撃は来ない。
彼は剣を振り下ろさず、動きを一瞬止めていた。そして、すっと構えを変え。
横薙ぎ!?
最初の構えはフェイクだったのだ。俺が防ぎに徹すると踏んだのか。
重い一撃を防ぐことを想定して強張っていた腕は、すぐに反応しない。剣で受けるのは無理だ。
ギリギリ、俺は横に飛びのいた。
だが、体勢が崩れる。
「なんという反射神経…… だが、逃げるだけか?」
距離を縮め、すかさず追い討ちがくる。
それを何とか凌ぎ、俺はさらに後退する。
「まだだ!」
縦の大振りでできた一瞬の隙。俺は一撃を放った。
ローレンスがそれを受け止める。
打ち合いの中でわかったのは、物理攻撃の値はほぼ拮抗していること。ただ、戦闘経験の多さ故か、ローレンスの方がわずかに俺を上回っている。
それに……
同じ強者だからだろうか。彼の立ち回りは黒騎士のそれを想起させるものだ。
剣が再び交わる。
「この力…… もう一度、問う。 お前は何者だ?」
「だから、何の変哲もない、普通の勇者だって……!」
どちらも、一歩も引かない状態。
このままの力比べでは終わりが見えない。
その時だった。
「ん……?」
ふいにローレンスの力が緩んだ。その時、俺の頭にはデジャヴが浮かぶ。
これは、黒騎士の……
ローレンスの、前に出た方の肩がこちらに向く。
ここで剣を押し込むのは罠だ。そして、俺の読みが正しければ、彼は剣を振らないはず。意を決し、俺は上に大きく飛ぶ。
「なに……!?」
やはりそうだ。彼は体当たりをしようとしていたのだ。昨夜の黒騎士と同じ動き。
周りの歓声が一気に大きくなる。
だが、着地には時間がかかる。このままでは、ローレンスの追撃が来る方が先だ。
それなら、と俺は空中で身体をひねり、頭を地面に向けた。
「ふざ…… な……」
空耳だろうか。ローレンスが何事か小さく呟くのが聞こえた。
だが、そんなことを気にしている暇はない。
これで……
「終わりだ!」
剣がローレンスの首元を捉える。
「ふざけるなァァ!」
まるで猛獣のようなローレンスの雄叫び。
「なんだーー うわっ!」
突如、彼の周りから強い突風が発生した。視界が回り、俺は縁の方まで吹き飛ばされる。
「貴様、調子に乗るなよ…… 俺に勝とうなど……!」
すぐに視線を戻す。
ローレンスの持つ剣は赤く発火し、その揺らめく刀身は二倍ほどに伸びていた。もはや芯となる木は消し炭になっている。
「おい、魔法はだめってーー」
「ローレンス副団長!何をしているんですか! 魔法は禁止と言ったはずです! 今すぐ発動を止めてください!」
レイラが焦りの混じった声で叱責する。
「こんな、街から出てきたばかりのガキに負けるようじゃ、俺は、俺は……!」
しかし、ローレンスにその声は届いていないようだ。あの彼の顔が、何かに怯えているように歪んでいた。
よくわからないが、あの目は本気だ。
それなら……
「エンチャントーー イビルフレイム」
新たな魔法、エンチャントを使う。剣を黒い輝きが覆った。
来るというなら、迎え撃つしかない。
「俺は、俺はぁぁぁぁぁ!」
半狂乱になりながら、ローレンスが猪突猛進してくる。
「シン!」
「副団長!」
周りの歓声は、悲鳴に似たどよめきに変わっていた。
「はああぁぁっ!」
俺は剣を振り下ろす。
「やめんか!」
迫力のある声がしたかと思うと、目の前でローレンスの動きがぴたりと止まった。俺も反射的に剣を止める。
彼との距離は一メートルにも満たない。
階段を降り、こちらに向かってきたのは、声の主、グラディウスだ。
「貴様、ルールを破ってまで勝ちにこだわるか! この外道が、騎士の名を汚しおって! その首、ここではねてやろうか!」
あの温厚な性格からは想像できない鋭い口調。その剣幕に、関係ないはずの俺も、縛りつけられるような緊張を覚える。
「お、俺はまだ……」
「わからないか? お前の負けだ」
そう言われ、ローレンスは頭をうなだれた。
「頭を冷やしてこい。そして、自分が何をしたかじっくり考えろ。 それまでここに戻ってくるな」
しばらくの間、何か言おうとローレンスは口をもごつかせていた。だが、最後には病人のように力ない顔をし、覚束ない足取りでその場を後にした。
一体なんだったんだ……
俺は彼から目を離す。その時、初めて気づいた。
石段の方から、サーシャは遠ざかる彼に銃を向けている。闘技場の中には、ガーネットが木の板を持って入り込んでいた。
みんな俺を助けようとしてくれたのだろうか。
「レイラ」
グラディウスの声は小さかったが、まだ静かな怒りのがこもっていた。
「し、勝者、シン!」
慌てた様子でレイラが告げる。
勝つことができた、アウレウス騎士団の副団長に。
そのはずなのに、達成感は全くなかった。




