アウレウス騎士団の誘い
歳は四十代、はたまた六十代くらいだろうか。
確かにその温和な顔には、歳を感じさせるシワが散見される。だが、ローブから覗く彼の、岩を思わせる腕と首元の隆起した筋肉。そして、その青い瞳からは、今がまさに生物としての最盛期というような、力強い生気が感じられる。
「構わん。 それより、そこの者たちを解放してやりなさい」
「ですが団長殿、まだ身元の確認が……」
「そんな必要はなかろう。 彼らは自らの命を顧みず、惨劇を最小限にとどめてくれた勇気ある者たち。 それを無下にするような歓迎をするのが、我がラガルディア王国のやり方だったか?」
声音は一切変わっていないのに、その声はひどく重みのあるものだった。
先ほどまでの尊大な態度から一転、衛兵たちは「申し訳ありません」、と叱られた子供のように肩を落とす。
「ここの衛兵たちの非礼、どうか容赦してやって欲しい」
「だ、大丈夫ですよ。 特にひどいことされたわけじゃないですし……」
気の抜けたような声が出た。
「寛大な心の持ち主よ。私はアウレウス騎士団団長、グラディウス。 全ての兵士たちの代表として、民衆を救ってくれたことと重ねて感謝する」
グラディウスは深く目を閉じ、頭を前へ傾けた。まさに騎士道という感じだ。
再びまぶたを開けた彼は、不審そうに俺の腕あたりを見つめる。
「はて…… 君の持っているそれは?」
「あー、お店に立てかけてあった木材です」
「まさかそんなオモチャで戦っていたというのか……」
呆れられでもするのかと思った。しかし、グラディウスは考え深げに顎に手を当てる。
「面白い…… 君たち、少し王宮に来てはみないか?」
「うわぁ…… 王宮おっきい……」
ミカはすぐ側に見える巨大な王宮に感嘆している。
「まさかこんな中心部に来られるなんて思いませんでした……」
ガーネットも圧倒されたように口を抑える。それは当然の反応で、俺もサーシャでさえも驚きを隠せなかった。
「そんなに驚いてくれると、ここに連れてきた甲斐があるというもの」
俺たちはそのまま入り口へと向かった。
入り口付近では四人の騎士がそこを守るように配置されていた。その内の一人は、こちらに気づくと、慌てた様子で近づいてくる。
「グラディウス団長!? 一体どこへ行かれてたのですか! 今朝から姿が見えないと、皆心配していたんですよ!」
騎士は咎めるように言う。
俺たちがグラディウスと会ったのが、数十分前で、今は昼過ぎ。遅れた原因は俺たちと話していたからではなさそうだ。
「すまない。 少し散歩をしていて」
そんな理由で遅れていいのか……
謹厳実直な人かと思っていたが、意外とルーズなのかもしれない。
「はあ。まったく、団長ともあろう方が…… して、そちらの方々は?」
「私の客人だ。 少し王宮内を案内してくる」
「そ、そんな勝手なことを! 王室からの許可は取ったのですか!?」
「なに、本当に少しだけだ」
それから、しばらく押し問答が続いたが、結局中に入れたもらえることになった。
王宮は驚くほど広くかった。
さすがに重要な部屋には行けなかったが、それでも荘厳な王宮内を見れて、俺のテンションは終始上がりっぱなしだった。
「話をしたい」と、グラディウスは俺たちをある部屋に連れてきた。団長室と呼ばれる場所らしい。
「そこの君、サーシャと言ったかな?」
「な、なんだ?」
いきなり名指しされ、サーシャは少し戸惑っているようだ。
「言い忘れていたが、フードは外して大丈夫だそ。 この王宮内にベスティアを邪険に扱う者はいない」
「……わかっていたのか」
「もちろん。 フードだけでは、私の目は誤魔化せられんよ」
グラディウスは自分の目尻をトントンとたたき、気さくに笑う。
やはり、良い人なんだろう。
不意にドアがノックされた。
「ローレンスです」
たしか、昨夜会った騎士の一人だ。
「はぁ…… 入りなさい」
弱ったという顔をするグラディウス。
「失礼します」、とドアが開きローレンスの姿が見える。彼はすぐに俺たちの存在に気づき、目を細めた。
「ん、貴様ら……」
「なんだ、知り合いなのか?」
グラディウスが意外そうに言う。
「ええ、まあ…… それよりも、今日は一体何をしていたのですか。 こんな時間になるまで、あなたらしくもない」
俺たちに対する、ローレンスの興味は既に消え失せていた。
「少し散歩をだな」
「そんな子供だましの嘘が俺に通じるとでも?」
「まったく…… 面倒な部下を持ったものだ」
頭を抑えながら、グラディウスが言う。
「白状すると、少し古傷が痛んでな。 今朝はそれでしばらく動けんかった」
「古傷…… まさか七年前の?」
グラディウスは「そうだ」、と神妙な面持ちで首を振った。
「あの…… お身体は大丈夫なんですか? 」
ミカが心配するように言う。
「ああ、これはすまない。 客人にそっちのけで話をしていた挙句、無用な心配までかけさせてしまった。 本調子とはいかないまでも、もう痛みは引いたよ」
「古傷って、何があったんですか?」
気になって俺は聞く。
ローレンスは一瞬何か言おうとしたが、グラディウスがそれを手で制した。
「なに、別に隠す必要もないことだ。 昔、堕天使とやり合ったことがあってね」
「堕天使……!?」
「そうだ。 オノケリスという…… それは美しい女だった」
記憶を探るように、グラディウスは天井に目をやった。
「他の依頼で我々騎士団が遠征していた最中、奇襲をかけられた。 一六の精鋭がいた我が部隊は、たった一人によって、私を残して全滅。 さらに、仲間は全員狂ったように私を襲ってきた」
「操られていたんですか……?」
ガーネットが聞く。
「おそらく。 私は仲間の命をこの手で絶った。 そして、孤軍奮闘の末、彼女をようやく退けることができたのだ。 かなりの深手をおったがな」
グラディウスは自分の左胸をさすった。
「恐ろしい呪いだ。 治療を受けても完治はしなかった。呪の力は今も少しずつ私の命を蝕んでいる。 今まで、傷が痛むことはなかったんだが、私ももう歳だな」
自虐的に笑うグラディウス。
なんとなく、しんみりとした雰囲気が漂う。そんな空気を破ったのは、女性の声だ。
「失礼します!」
扉が勢いよく開く。
「レイラか。 まったく客人の前で騒がしい部下たちだ」
「はっ、申し訳ございません! ローレンス副団長が職務中に逃げ出し、団長室に行ったと報告があったため……」
慌てて釈明を始めたレイラと視線が交わる。
「あれ、あなたたち……」
「なんだ、お前も知り合いなのか?」
グラディウスはいよいよ呆れ返った様子だ。
「はい。 昨夜、夜直だった私たちの元にラーパスからの救援要請が入って、駆けつけると既に彼らが目標を仕留めた後でした」
「なんと、そんなことが」
「はい。 それに、そちらのシンは、ヘルドレイクを一撃で倒したとルノワール所長から報告がありました」
「なに?」
驚きを示したのは、壁にもたれかかっていたローレンスだった。彼の黒い瞳が俺をまっすぐに捉える。
「初耳だぞ?」
「帰りの馬車でお話ししました。 僭越ながら、副団長の硬い頭の中にいらっしゃる、脳みそさんのご年齢をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
やけに真面目くさった口調。
「なっ…… レイラ、貴様。 俺の記憶力がこの老いぼれより低いと思うか?」
「老いぼれとは、私のことかな?」
グラディウスの顔は静かな怒りと悲壮が混濁しているように見えた。
なんだこの茶番劇は……
「だが、そうか。 やはり私の目は間違っていなかったようだ」
そう言うと、グラディウスは居ずまいを正す。
「君たち、我がアウレウス騎士団に入団する気はないかな?」
「え?」
「何をおっしゃるのかと思えば…… なぜこいつらをいきなり騎士団に?」
ローレンスは反対の姿勢だ。
「これ、話し方くらい慎みなさい」
「副団長の口の悪さは今に始まったことではありません。今さら矯正など無意味なこと。 ですが、副団長の言う通り。 どうしてそんな性急に?」
「第一に、来るべき時に向け、アウレウス騎士団には良き人材が不足している。 第二に、彼らの実力は騎士団に入団するに値する。 これで十分だろう」
騎士の頂点に立つ人にそんなことを言われると、少し嬉しい。
「年に一度の過酷入団試験を経て騎士団となれる。これがアウレウスのしきたりです。 いくら団長の推薦でもそれは……」
レイラも納得していないようだ。
「それもそうか。 なら、ローレンス。 シンと模擬戦をしなさい。 その勝敗で決めよう」
「は?」
話は、俺たちが関与する間もなく、勝手に進んでいく。
「団長、本当は入団させる気なんてないのでは……? ラガルディア王国で副団長に勝てるのはあなたくらいですよ?」
「そんなことやってみなければわからないぞ?」
「俺は構わないですよ。 どうせ一撃で終わるんです。 それの方が手っ取り早い」
ローレンスは俺の方をちらりと見ると、含み笑いを浮かべた。
俺の闘争心がメラメラと燃え上がる。




