門出
重いまぶたを持ち上げると、目に入ったのは木製の重厚な天井。いつも寝泊まりしている村のそれとは全く違う。
「ここは? ていうか、俺は生きてるのか……?」
気だるさの残る中、俺は空中をタップしてみた。
微かな青白い光とともに、ステータス画面が呼び出される。
「状態異常なし? HPもマックスだ。 でも、確かゴブリンに……」
恐る恐る腹を手でなぞってみる。
しかし、腹筋のない平坦な肌に、予想していた凹凸はなかった。
「お……?」
ふと、ステータスの表記に目が止まる。
「レベル11…… そっか、ゴブリンを倒したからレベルが上がったのか…… ん、待て? 俺、どうやって奴らを……」
その瞬間、頭から電撃でも流されたように、俺の頭は急速に冴えていった。
「そうだ、俺、あの時……!」
寝起き低血圧の俺に、急速に血液が巡る感じがした。強い興奮で画面を触れる手が震えている。
一気に画面をスクロールし、下のスキル欄に目をやる。
「魔法、イビルフレイム…… 広範囲に火属性ダメージ&敵に火傷・呪い効果…… 夢じゃなかった!? いや、それだけじゃない! スキルの数が8個も増えてるぞ!?」
そのどれもが強力な攻撃系の魔法だった。
「ていうか消費MP120!? 待て待て、俺にそんなMPは……」
俺は再び画面を上に戻す。
「最大MP2……」
だが、その隣の+値に異様な数字が載っていた。
「+2750!? どど、どうなってるんだ!?」
目をパチパチさせてみるが、どうやら視界がボヤけているわけではない。
「他のステータスも一通り異常な数値がプラスされてる……」
俺はHPの横にある+15000の部分を長押ししてみた。
すると、吹き出しのような形で詳細が現れる。
「こ、好感度ボーナス? なんだそりゃ」
今度はその不思議な単語をタップ。
「ん……? 総合好感度値76…… 総合って、個別とは違うのか? これがわかればーー」
「あ、あの!」
横から急に声がして、俺は飛び跳ねるように半身を起こした。
顔を向けてみると、引き込まれそうな透き通った碧の瞳と目が合う。
あの銀髪の女性だ。彼女は側にあるイスに腰掛けていた。
見惚れるほど端正な顔立ちだが、柔和というか気弱そうというか、それが第一印象だった。
まあ、一言で表すと、めちゃくちゃ可愛い、だ。
「君は確か…… ていうかいつからそこに!?」
「さっきからここにいたよ……」
彼女はしょぼくれたように頭を垂れた。
「え、あ、ごめん! 気づかなくて」
俺の対女性コミュニケーションスキルが遺憾なく発揮されていた。
「好感度ダウン ステータス低下 魔法:ゾーンをロック」
「ええ!? どういうこと!?」
俺は、突然強く発光しながら喋り始めた画面を見る。
そこにはこうあった。
『ミカ・ダイヤモンドからの基礎好感度−1』
「基礎って何だよ!?」
俺は思わずツッコミを入れる。
応用とかあるのだろうか……
「好感度ダウンってことは、今ので嫌われたのか?そんな簡単に…… これもタップしたら詳細とかーー」
「無視しないでよー!」
ミカが顔を赤くして叫ぶ。
「ご、ごめん。 画面に気をとられて、つい……」
「好感度ダウン ステータス低下 魔法ーー」
「また下がった!!」
俺は再びベッドに倒れこんだ。
「私はミカ・ダイヤモンド。 あの、さっきは助けてくれて本当にありがとう」
ミカは深々と頭を下げる。
「いや! あれくらい、大したことじゃないよ!」
こんな美少女に感謝されたことなど生まれて初めてだった。
こんなにも心地よいものなのか。
「怪我は大丈夫……?」
「うん、平気。 傷跡すら残ってないから」
「……ちょっと確認するね」
「え!? ちょ、ちょっと!?」
ミカは俺の着ていたローブ(多分ここの誰かが着させてくれた)を少しだけめくり、ひんやりとした手で俺の腹をさすってくる。
「ひゃう!」
「よかった。 ちゃんと治ってるみたい」
すんなりとミカの手が離れた。
「どうしてそんなに驚いてるの?」
「いや…… なんでもない、です」
そんな俺のドキドキが冷めやらぬ間に、奥にあった扉が開いた。
入ってきたのは、高価そうな服を見にまとった、見た目三十代前半の女性。
「お目覚めになられたのですね」
「あ、シェリーお姉様」
ミカは嬉しそうに微笑んだ。
「お体の方は大丈夫でしょうか?」
「あ、はい。 おかげさまで、絶好調です」
「良かったです。 ここに運ばれた当初はかなり危険な状態でしたが、どうにか回復魔法が間に合ったみたいですね」
どうやらシェリーが俺を回復してくれたらしい。
「私はここでお手伝いのようなことをしている、シェリー・ローズマリーと言います。名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「えっと、シンです」
「シンさん、先程はミカの窮地を救っていただき、ありがとうございました」
「いえいえ」と、俺はミカの時と同様の流れを繰り返した。
「でも、どうしてあんなところに?」
「それは……」
シェリーは言い淀む。
「わ、私、魔王を討伐したくて! それでレベルを上げるためにあそこに……!」
代わりに答えたのはミカ本人だ。
「魔王の討伐…… 」
「はあ、そうなんです。 それで、この子飽きもせず毎日森へ。 でも、あなた一人じゃ、スライムすら倒せないでしょ?」
「今はそうだけど、いつかは凄い魔法とかを覚えて……」
「その頃には、あなたはおばあちゃんになっています」
ミカはげんなりとする。
「ところで、シンさんはどうしてあの森に? ミカから相当な魔法使いだと聞いておりますが、この辺りには大したモンスターも出ませんし」
「えっと、俺はあの近くの村に住んでいるんです……」
「そうでしたか。 それならこちらで軽くお食事を取ったあと、その村までお送りします」
「村に帰る、か…………」
また。
せっかくボーナス値の意味がわかってきたのに。また、あんな辛くて味気ない労働生活を送るのか。こき使われて、食べて寝るだけ。
強い魔法なんてなんの意味もなさない。
このまま何事もなく俺の人生は終わっていくのだろうか。
いや違う。
何か熱いものが湧き上がってくるのを感じた。
このステータスとミカの言葉を聞いて、半年振りに気づいた。
そうだ。
俺は異世界に転生したんだ!!
ここで後退してどうする!
この機会をドブに捨ててどうする!
俺は一人静かに頷いた。
「いえ、大丈夫です。 実は、俺も魔王を倒すのが目標で、あの時は大きな町を目指しているところだったんです」
俺はキッパリと言い切った。
二人の驚愕に満ちた目がこちらを向く。
「あなたも魔王を……?」
「はい」
「やっぱりそうだったんだ!」
ミカはなぜか嬉しそうだった。
「私も! 私も連れて行って!」
「え?」
俺は耳を疑った。
「ミカ、何を言って……」
「お願い! 足手まといにならないよう頑張るから! お願いします!」
「いや、別に、俺は構わないけど……」
むしろ、こんな可愛い子と共に旅をするなんて、願っても無いことだ。
だが、ミカにはここでの生活があるはずだ。そんな簡単に……
「いいんですか? 本当に?」
シェリーが聞く。
ん? なんだこの流れは。
俺はとりあえず首を縦に振った。
「それなら一週間、面倒を見てもらえますか?」
「え?」
「その間に、シンさんがこの子を足手まといだと判断したら、その場で帰らせてやってください」
「で、でも、そんな急に?」
「どうせこの子も、自分じゃどうにもならないと、途中で投げ出すと思いますから」
つまり、実際に旅をさせることで、無謀な夢に踏ん切りをつけさせるつもりだ。
「シェリーお姉様!」
ミカは目を輝かせ喜びを露わにする。
「わ、わかりました! 俺に任せてください!」
なんだろう。
今まで止まっていた時が、半年の時を経て、急速に動き出したような気がした。
ヨソウイジョウノ、ハンキョウデシタ
頑張ります!
追記:次の投稿は土日になると思います