アウレウス騎士団
「倒したの……?」
「ああ、たぶん……」
俺はミカを地面に下ろすと、そのまま動けずにいた。
未だに心臓はドクドクと脈打ち、剣のぶつかり合う音と黒騎士の叫喚が鼓膜を漂っている。
「ン…… シン!」
ミカの声でようやく我に帰る。
「早くみんなを治療しないと!」
「そうだった…… 急ごう!」
俺たちは、木の下で気絶していたガーネット、一番重傷と思われるウルフ、そして最後に加勢してくれたサーシャを、できるだけ平らなところに運んで寝かせた。
「まずはウルフからだ。 ミカ」
ミカはただちにウルフの身体に手をかざし、回復魔法を行使し始める。
「あれ……」
「どうした? 何かあったの?」
「魔力が…… さっきみたいな回復力がなくなってる」
「え?」
まさかと思い、俺はすぐに画面を開いてみた。
好感度ボーナスはHPの+24000の他、全体的に約1.5倍ほど上がっていた。だが、そんなものでは到底、黒騎士とは渡り合えていなかったはずだ。さらに、あのルクスという名の強力な魔法は消えている。
「一時的な好感度ボーナスだったのか……?」
脳裏に先ほどのアナウンスが響く。
「相思相愛……」
口に出すと、心臓が締めつけられるような錯覚がした。
ミカは俺のことを……
「で、でも、ミカが使ってるその魔法って、新しく取得した魔法だよね?」
俺は話を戻すことで、気を紛らわせる。今は目の前のことに集中せねば。
「うん。 レベルが上がったのかな? さっきのに比べたら全然だけど、それでもこんな難しい魔法今まで使えなかった……」
「ウルフ、治る?」
いつのまにか、ベスティアの子供たちがすぐ近くまで様子を見に来ていた。
「うん、大丈夫。 絶対に治すから」
ミカは治癒を続けながら、自身に満ちた声で宣言する。数刻前の彼女とは、まるで別人だ。
彼女の言葉通り、ウルフの腹部に空いた穴はゆっくりと閉じていった。
「すまない、私がお前たちを巻き込んでしまった」
ウルフの隣で、依然ぐったりとした状態のサーシャが力のなく言った。
「しょうがないよ。そっちも仲間を守るために必死だったんだし。 最後はサーシャに助けられたしね。 ありがとう」
サーシャは口をもごもごさせるが、最終的に何も言わずそっぽを向いてしまう。
気に触ることでも言ってしまったのだろうか。
「ウルフさんはもう大丈夫。 次はガーネットの番」
「頼んだ」
額に汗をにじませ、ミカが再び回復を行う。魔法を使い続ければ、MPとは別に気力も削がれていくのだ。
「動くな」
知らない男の声。
俺は咄嗟に剣を握り、声の方に構える。
「誰だ!」
「動くなと言っただろ。 俺はアウレウス騎士団副団長、ローレンス。 ラーパスより救援要請を受け、ここに参上した」
鋭い目を向けるのは、黒い短髪の、がっしりとした体躯の男。
銀色の重厚な鎧と純白の鞘を身につけている。そのどちらにも、植物のツタをイメージした、金色の複雑な紋様が施されていた。
「アウレウス騎士団……?」
「ラーパスが属しているラガルディア王国の騎士団だよ」
小声でミカが説明する。
ということは、ルノワールが送った伝令は無事に王都へたどり着いたということだ。
影になっているせいか、光のない無感情に見えるローレンスの瞳は、ぐるりと左右に向き、それから俺の方へと戻った。
「報告にあった戦闘の跡、三人の負傷者、怯えるベスティア。 貴様らが、この森で殺しと盗みを繰り返す野党か?」
「違う違う! 俺たちは勇者だよ! その野盗とやらに友達をさらわれて、ここまで追いかけてきたんだ」
俺は大げさな手振りで、身の潔白を説く。確かに側から見ればそうも見えるかもしれないけど。
「ほう? 弁解の余地を与えてやる。 続けろ」
「弁解って…… えっと、まずはその野盗だと思ってやつが、実は堕天使?とかいうやつでーー」
「おい、待て。 今なんて」
急に話をさえぎるローレンスの顔に微かな驚きが浮かぶ。
「堕天使だよ。 魔王イブリースの僕だって、黒い騎士がそう言ってた」
「騎士の姿をした堕天使…… そいつはここにいたのか? 何をしに来ていた? どこへ行った?」
「たぶん倒した、さっき」
「なんだと?」
ローレンスは表情を変えず、けれど、困ったというように頭をかく。
「おい、こいつの言っていることは真か?」
ローレンスの身体がベスティアの子供たちに向く。身を縮こまらせる彼らは、図ったかのように一斉に頷いた。
ローレンスはしばし瞑目した後に、口を開く。
「レイラ」
「はっ!」
ローレンスの呼びかけに応じ、姿を見せたのは彼より幾分軽装をした女性だ。
「急ぎ、負傷者の応急処置を」
「承知しました」
「あ、私が……」と、いつのまにか俺の袖をそっと摘んでいたミカが小さく声を出す。おそらく、最後まで自分の手で皆を回復させたかったのだろう。
しかし、話をする暇もないほど、レイラは迅速に回復行為をしていった。
「負傷者三名の処置は完了しました。 この内一名に、高度な呪術による傷を確認。 しかし、効力の大部分が失われていたため、術者は死亡または瀕死の状態にあると思われます」
ものの一、二分でレイラは報告しにきた。
「ふむ、死んだか…… こいつの話の真偽がどうであれ、俺たちの任務は完遂されたというわけだな」
ローレンスは再び俺を睨む。
「おい貴様、名は何という」
「シン…… だけど」
「シンか。 常なら貴様のその戯言は国への反逆罪とみなされ、この場で斬首されるものだが…… 此度はその罪、不問としてやる」
まるで、感謝しろとでも言いたげだ。
俺は本当の事を言っているのに……
「お言葉ですが、ローレンス副団長」と、口を挟んだのはレイラだ。
「なんだ?」
「そもそも、その程度のことでは反逆罪には値しません。 さらに、斬首とは国の最高刑。徹底した審議の元、王の許諾を経て、相応の場所で執り行うもの。 副団長の意思一つで、行えるものではありません」
「…… そのくらい知っている。 ちょっと怖がらせてやっただけだ」
「民を救う立場にあろう方が、そのような事を…… これは団長に報告した後、きっちりとした罰が必要なようですね」
レイラのセリフには、屈強な男をも容易に黙らせる威圧感があった。立場的にはローレンスの方が上でも、実質的な力関係ではレイラに頭が上がらないらしい。
「と、いうわけだ」
ローレンスは開き直る。
「いや、何が?」
「俺たちは負傷者を医療施設へと運ぶ。 貴様らも一応ラガルディアの民であり、俺たちの庇護対象。 後ろに続け、離れるな」
「あの、待ってください」
ミカが呼び止める。
「どうした、小娘」
「ここのベスティアの子供たちはどうなるんですか?」
「近頃ベスティア族は定住地を持たず移動を繰り返しているのだろう? 一日、指導者がいなくなったところで、そう易々と死に絶えはしない」
つまり、ここに置いていくということだ。
ミカの表情が暗くなる。
「いや、でもみんな子供だし、この辺にはオークがたくさんいるんだ。 一晩だけでも泊まれる場所はないの?」
俺も抗議するが、ローレンスは面倒くさそうに眉をひそめるだけ。そんな彼の前に進み出たのはレイラだった。
「ラーパスにもそのくらいの建物はあるはずです。 私がルノワール所長に打診しましょう。 承諾してもらえるはずです」
レイラはローレンスの時とは打って変わり、優しい口調で言う。
「決まったか? なら、さっさと行くぞ」
そう言うと、ローレンスは負傷者三人を両肩に一人ずつ、ウルフを腕で抱え上げ先に進んでいく。あんな運び方でいいのだろうか。
「あなた、名前は?」
「ミカです」
「そうですか。 ベスティアの男にかけた回復魔法、まだ未熟ではありますが、丁寧に止血されていました。 なかなかに筋はいいと思いますよ。 良い勇者になれそうですね」
それだけ言い残すと、レイラは柔和に口角を上げ、ローレンスに合流する。
あっけらかんとするミカだったが、その横顔は徐々に決意じみた色合いを強くしていった。彼女はしばらくレイラの後ろ姿を眺めていた。
・補足
現在シン達がいるラーパスは、ラガルディア王国の領地内にある一つの街です。王都からは離れた位置にあり、ルノワールにある程度の権限が与えられている状態にあります。
わかりにくい文章で申し訳ありません




