隠されたチートスキル
異世界に転生して半年。
ここにはレベルやスキルといったゲーム的な概念が存在する。
俺は小さな辺境の村で、レベル一の少年として転生した。生前ぼっち高校生だった俺は、この世界で最強になり、魔王を討伐し、美少女に囲まれたウハウハ生活になることを夢想した。
だが、現実は甘くなかった。
「おい、シン! 薪割りは終わったのか?」
第一村人で、居候させてもらっているところの家主であるダンテの、おっかない目つきと声が近づく。
「も、もうちょっと待ってください! もうすぐ終わるので」
「ったく、薪割るのに何時間かかってやがる…… 終わったら、森で薬草を取ってきてくれ」
「はーい……」
俺は愛想笑いを浮かべながら答える。
「はあ……」
俺は最後の薪を割り終えると、目の前の何もない空間を指でタッチする。
すると、現れたのはこの世界には不釣り合いな液晶画面。
「レベル8、物理攻撃3 、魔法攻撃0、防御はどっちも1。 スキルはおろか、勇者的な特性みたいなものもない」
この画面は自分のステータスを確認するもので、なぜかこの世界の住人は、何の疑問も持たずにこれを使っている。
「半年経ってレベル8って! ていうか、俺のステータス低すぎるだろ! ダンテのおじさんが、レベル18で、物攻が209とかだったはず……」
つまり、60倍超の差があるのだ。
さらに、ダンテの話では、俺のステータスは異常に低いらしい。
「俺は何なんだ…… あれか? 大器晩成型なのか? レベル後半になったら一気に最強になるとか!?」
そんなわけないか、と俺は一人で森に向かった。
この森は、魔物最弱のスライムすら滅多に現れない、超安全地帯だ。
俺も何度か薬草を取りに来てるが、一度スライムが走っていくのを見ただけ。異世界に来たのに、竜などの大型モンスターは話に聞いたことしかない。
もちろん戦闘経験はゼロ。レベルは日々の労働で上がったものである。
「確かここら辺に薬草が生えてたはず…… お、あった」
俺は水色の花が咲いた草を引っこ抜くと、無造作に巾着袋へと入れた。これで任務完了。
村に戻る前に、俺はもう一度画面を開く。
「経験値が3上がったな。 次のレベルまで290……」
ため息が出るばかりだ。
だが、そんな俺のステータス画面にも、他の人と違うところがある。
それが、各能力値の横についた+の文字。+値は0になっている。
「この+って、多分、素の能力にボーナス的なものが付与されると思うんだけど……」
どうすればそれが増えるのか未だに不明だ。
「お先真っ暗だよ、もう。 まあ、この世界には面倒な勉強もないし、人間関係も…… それなりだし。 このままのんびりと暮らすのも悪くないか」
一種の諦めである。
簡単な仕事にも時間がかかる無能な俺は、村の皆にあまり好かれていない。
これも俺の画面にしかないのだが、相手からの好感度が個別にわかる。
一番高くてダンテの39。
因みに100が最大だ。つまり、嫌いな方の部類に入る。
「まあそうだよな…… 1ケタにならないだけましか」
俺が転生した村は閉鎖的で、当初はあまり歓迎されなかった。俺は労働力になると約束した代わりに、なんとかこの村で生活することを許されたのだ。
だが、正直俺より小さい子の方が役に立っている。
本日二度めのため息をついて、俺は踵を返す。
「きゃあぁぁぁ!」
女性の悲鳴だ。
「なんだ?」
俺は反射的に声の方を向く。
姿は見えないが、声はだいぶ近くから聞こえた。
「……行ってみるか」
鬱蒼と茂る獣道を、俺は全力でダッシュした。
やがて見えてきたのは、地面に手をつき座り込む、銀髪の一人の女性。歳は俺と同じくらい。
その目の前には五体のゴブリンがいた。皆小柄だが、手に持った棘のついた棍棒は、当たれば大怪我になるはずだ。
「なんでこんなところにゴブリンが……!」
俺は草陰に隠れ、様子を窺う。
ゴブリンは四方に広がり、ジリジリと女性との距離を詰める。
女性は恐怖のせいか、その場から動けずにいた。その瞳からは今にも涙が溢れ出しそうだ。
「どうする? 戦うか? いや、俺のステータスじゃスライム相手でも怪しいのに…… 助けを呼ぶ…… それじゃあ、間に合わない」
俺は汗の滲む手を強く握りしめた。
「ま、待て!」
俺は草むらから勢いよく飛び出した。
「グルルル……」
ゴブリンは恐ろしい唸りを上げ、俺を睨みつけてくる。
「ひっ……」
俺はすくみ上がりそうになるのを必死に抑える。
そして、近くにあった太い枝を手に取り、素人丸わかりのへなちょこな構えをとった。
「は、早く逃げろ!」
「足をくじいちゃって、動けないの……」
「まじかよ……」
どうする?
彼女を連れて逃げるなんて無理だ。
でも、俺だけなら、まだ逃げられる…… こんなところで死にたくない……
「くそ!」
だが、俺の足は意思とは関係なく死地に向かっていった。
彼女とゴブリンの間に割って入る。
「俺が時間を稼ぐから! 這ってでも逃げろ!」
「で、でも、あなたは……?」
「お、俺なら大丈夫。 後で追いつくから」
あれ? 俺、盛大にフラグ建てちゃった?
死亡確定してない?
「そんな木の棒じゃ無理よ!」
「早くしろ! 君はまだ死にたくないんだろ? それに、俺なんかより生きる価値がある!」
ガタガタと震える脚で、俺はいっちょ前に叫ぶ。
だが、不思議と胸の中には、恐怖以外に満足感のようなものが湧き上がっていた。
彼女を逃すことができれば、俺はこの世界で初めて人の役に立てるんだ。それで死ねるなら本望ではないか。
「グルルルァァァァァ!」
棍棒を振り上げ、ゴブリンが突っ込んでくる。
「早く! 俺なんて肉壁にしかならない! 頼むから、最期に誇れるようなことをさせてくれ!」
俺はゴブリンの一体に狙いを定め、思い切り棒を振り下ろす。
しかし、それはゴブリンの棍棒にたやすく粉砕されてしまった。
「うぐっ!!」
脇腹に強い痛み。
俺はそのまま近くの木まで吹き飛んだ。
「痛い…… 苦しい……」
意識はまだあった。
腹部に手をやると、生暖かい液体に触れた。
「血……」
怪我の具合がどれほどか、見なくてもわかった。
このままだと、出血多量で死ぬ。いや、その前にゴブリンが俺にトドメを刺すか。
ふと前に目をやると、まだ逃げきれずにいた女性の姿がすぐそばに。俺の顔を覗き込んでいる。
吹き飛ばされたのは彼女の近くだったようだ。
「逃げろって、言ったのに……」
「なんーー 私ーー ために」
彼女は何か言うが、くぐもってよく聞こえない。
これでは彼女が死んでしまう。
俺は膝をつき、ゆっくりと彼女の前まで移動する。
ゴブリン達が迫る。
「俺が助けるんだ…… 絶対に……」
長い瞬きをすると、棍棒はもう目の前。
結局、役に立たなかった……
「だめーーーー!」
女性の叫び。
その直後だった。
不意にステータス画面が呼び出される。それが眩しい光を発し始めたのだ。
ゴブリンは警戒して後ろに下がる。
「レベルアップ……? いや、違う……」
『好感度ボーナス 魔法:イビルフレイムをアンロック。 魔法:アイスブラストをアンロック。 魔法……』
画面のナレーションが淡々と読み上げていく。この声はレベルアップの際にしか聞いたことがない。
そして、その声が聞こえると同時に、俺の中に知らない知識が入り込んでくる。まるで最初から記憶されていたかのように。
俺はゴブリンに向け手をかざした。
「イビルフレイム……」
途端に目の前を、天高く上がる黒い炎が覆った。
俺、初めて魔法を……
そんな喜びを覚えながら、俺の意識は遠くなっていった。
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