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中編

王立学院の貴族生徒はその多くが王都にあるそれぞれのタウンハウスで暮らしている。

中にはタウンハウスを持たない者もいるがそういう者は学院と隣り合わせの学生寮に暮らしているのだ。

辺境伯令嬢であるシビルもその例に漏れず、通学に付き添うメイドのアシュリーとともに馬車で帰宅した。

シビル付メイドのアシュリーは辺境伯領で幼い頃から彼女の近くにいつもいた気軽な存在だ。


入口ホールで使用人たちの出迎えを優雅に受け、階段を軽やかに駆け上がり自室に入る。背後でメイドのアシュリーが扉を閉める音がした。

「あの顔だけいいアホ王子。コロス!!いつか必ずこの手でやる!!なぁにが私の天使ぃだ。ざっけんな!!アホ王子、ヘボ詩人が!」

「シビルお嬢様、いくらお屋敷の中とはいえあまりに地を出されるのはいかがなものかと思いますが。」

アシュリーの眼鏡の奥のアイスブルーの瞳がすっと細くなる。そこに学院女生徒のアイドル、凛として美しいと評判のシビルの姿は欠片もない。

「あの場で暴れなかった方を褒めなさいよね。アシュリー。ここで暴れないと明日顔見たらカチこむわよ。」

「シビル様の場合は本当にやってしまわれそうですから。それならばここで発散してください。」

シビルの答えにアシュリーは注意するだけ無駄だとため息をつく。


王立学院で知的でありながら控えめ、ミステリアスな雰囲気で女生徒の人気を集めている辺境伯令嬢シビルのこれが素の性格。彼女の正体は猫かぶり令嬢だった。

シビルは今でこそ専属メイドに傅かれ、辺境伯令嬢として暮らしているものの幼い頃は『庶民として』辺境伯家の魔法討伐部隊家族宿舎で成長した。

生まれ育った辺境伯領に戻れば男装の軽装で馬だって乗り回すし、市場で買い物だって普通にしているのだ。


母は生粋の伯爵家の令嬢だったが、父は辺境伯領で魔物討伐部隊員として戦いにあけくれた生粋の武人である。色々諸々事情があり実家を追放された母が辺境伯領に流れ着き行き倒れになっていたのが二人の出会いだ。

聞いた話によると伯爵家令嬢でありながら魔獣を飼い馴らすスキルを持っていた母は貴族らしからぬと実家で嫌われ思いつめて家出をしたのだという。

母は家事こそ苦手だったけど魔獣アラクネを飼い慣らし、辺境伯家の魔獣問題を解決し、アラクネ糸の養殖に成功し財までなした。

その後また諸々色々事情が発生し、辺境伯はシビルら親子を気に入ってついに養子縁組を結び、庶民から富豪子女ついには伯爵令嬢となってしまった。

母は優しいが厳しい人でもあったので、もしもに備えて幼い頃から社交マナーは厳しく仕込まれたし、本人も元が負けず嫌いで今や学院女生徒の憧れまで上り詰めてしまったのだ。


今、王立学院で女生徒たちのアイドルとして祭り上げられている現状がシビル自身にはどうしても理解できないのだけれど、アシュリーに言わせれば女生徒たちは自分にないものを察知してシビルに惹かれているんだそうだ。

曰く、育ちの違いであり秘めた本来の大雑把な性格からくるおおらかさ。なのにそれを隠そうとする振る舞いが神秘性を高めているのだ、と。

ほんと、この学院で平和に暮らしたいなら背負った猫は大事にしとけ、なのだそうだ。



「アシュリー、お腹がすいたよ。なんか持ってない?」

筋トレにサンドバッグを利用した仮想第三王子パンチングマシーンをひとしきり殴ったシビルがアシュリーに尋ねる。

「フルーツタルトに生チョコ、ケークサレにクッキーまでいただいていたのでは。あれだけ食べて足りないと?」

喉元までキッチリとボタンが止められた白いカラーに落ち着いたブルーの服を身につけたアシュリーには寸分の隙もない。

「育ち盛りなんだもん。足りるわけないじゃんよ。それにさあ、みんな一口だよ。あんなタルトくらい二口で食べれるのにさ。」

「それはわからんでもないが。少食の質、なんでございましょ?」

背筋は伸ばしたまま、ニコリともしないでアシュリーは素っ気ない。

「あんな騒動があった後にご機嫌とりつつ食べたら食べた気しないもん。」

シビルが口を尖らせる。

「まったく。なぁにがあなたがたの唇は可愛らしい、だ。口が曲がるぞ口が。」

ため息をつきつつ、いつの間にか用意されていたワゴンの上には一口サイズに切り分けられたサンドイッチやお茶のセットが並んでいる。

「あ、持ってるじゃん。ん~。美味しい!!アホ王子!!くたばれ!!」

シビルは嬉々として手を伸ばすとあっという間に2切れ口に放り込んだ。


「今日もなんだか騒ぎに巻き込まれそうになったらしいけど大丈夫なのか?」

「あぁ。あれねぇ。どんどん面倒になってきてる。シャーロットが気の毒すぎる!!あの女豹がぁ!!」

「食い物を口に入れたまましゃべるんじゃない!!」

「痛いっっ!!!!」

頭に手刀を落とされ、勢いで舌を噛んでシビルはしばし無言でのたうち回るがそれを見たアシュリーはほんの少し痛そうに手を振っただけで涼しい顔をするだけだ。



「アシュリー、メイドたちの間では最近どんな話になってる?」

学院内では一応自分のことは自分である程度行ってはいるもののメイドや従僕が待機室に控えて授業時間以外はそれぞれ世話をしているのだ。彼らの情報網を侮ってはいけない。

「やっぱり玉の輿狙いかな。子爵や男爵、中流階級は鼻にもかけてないてもっぱらの噂だ。」

実際に入学当初キャロルに近寄ろうとした男爵子息はけんもほろろに振られたらしい。

「狙い撃ちか。」

確かに王子の周りには高位貴族の子息が多い。宰相の甥とか騎士団長の三男とか、財務大臣の長男とか。

はっきり言って彼女が狙うハイスペ男子は見掛け倒しだ。そんなこと、学院でまともに生活していればすぐわかる。分かってないのは本人たちくらいだ。

本当に有能な子息たちはすでに多くが兄王子たちの側近とその候補に取り立てられていて、そこに入ることが出来ないで彼を取り巻くレベルは推して知るべし。


「まったくキャロル嬢にうつつを抜かしてるだけならば誰も迷惑をこうむらないし勝手にしといてほしい、というのがメイドたちの認識だな。

ただシャーロット様の御付きの者はもうキャロルも第三王子も呪うレベルに恨んでるよな。あのお嬢様、使用人にも評判がいいんだそうだ。」

「当たり前でしょ。シャーロットは猫も脱帽の本物のお姫様なんだから。」

猫かぶり令嬢シビルと違ってシャーロットは父母両方を辿ってもたびたび王家の人間とも婚姻を結んでいる生粋の『青い血』だ。


「ついでに言うとキャロル嬢のメイドは・・・実家の資金力も問題なのか田舎出でな。最初はみんなあの女の関係者ってんで遠巻きだったけど最近は逆に同情されつつある。」

どうやらキャロル嬢は若く田舎出のメイドへのあたりも強いらしい、それこそ周囲が同情するレベルになるくらいに。


「本当にこのまま進んだらシャーロット一人が不幸になっちゃうよ。いっそ母上にアラクネを・・・」

「やめんか!お前が言うと本当にやりかねん。辺境伯家潰す気か!!」

「いったーい!!!」

特大級のアシュリーの雷と本気の拳骨でシビルの物騒な計画はとりあえず発動せずに終わりそうだ。


自宅では猫はいらない、ってことで。

実はアシュリーも猫を被っているわけでw


次で終わりです

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