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前編

一度婚約破棄ものを書いてみたくて。

ギザント王国王立学院の昼休みのカフェテラスは華やかな声で溢れている。

「シビル様、こちら私の屋敷のシェフが作りましたフルーツタルトですのよ。」

一人の女生徒が可愛らしいタルトを差し出せば、

「まぁ、私はベルから取り寄せました生チョコです。まだこちらでは珍しいものですわ。」

もう一人が繊細な細工をされたチョコがいくつも入ったかわいらしい箱を差し出す。

「甘いものばかりはシビル様が困りますわ。私はケークサレをお持ちしましたの。我が家の菜園で採れた野菜ですのよ。栄養満点でございます。」

「ありがとう。皆さんのお心遣い嬉しゅうございます。」

花のような女生徒たちの貢物に囲まれてニコリとほほ笑むのはシビル・トゥモンド辺境伯令嬢だ。

女性としては少し高め、涼やかな目元にスッキリとした鼻筋と整った顔立ちをしているが目を見張るほどの美貌というわけではない。

髪型もハーフアップを様々にアレンジした華やかな少女たちが主流の中でキッチリと結って垂らした髪は艶やかでも華やかさには欠けどちらかと言えば地味ですらある。

だが、その立ち居振る舞いが女生徒を引き付けてやまず、今だって彼女がにこりと笑めば女生徒たちはじっと見とれてしまう。

「ああ、素晴らしい。」

「尊い、これこそ尊い、ですわぁ。」

「シビルお姉さま、ステキですわぁ。」

キャッキャと嬉しげなご令嬢たちは年よりも可愛らしい。


「まぁまぁ。皆さまなんと可愛らしい。それにとても美味しそうなものばかり。私もご一緒で構わないの?」

シビルの隣でそう言って柔らかい笑顔を見せるのはシャーロット・ロングヴィル公爵令嬢だ。

中性的で硬質な容貌のシビルと異なりウェーブのかかった金色の髪を複雑に編み込んだ髪と夢見るような深い青の瞳の薔薇のように華麗な美貌の持ち主だ。

二人は学院入学時に同じクラスになってからずっと仲がいい。硬質な印象のシビルと柔和な印象のシャーロットは最高学年の今学院女生徒のアイドルなのだ。

「ぜひ!シャーロット様もお召し上がりくださいませ。」

「お口に合うか心配ですわ。」

「カトラリーを持ってこなければ!」

令嬢たちの笑い声でカフェテラスは一層華やぎを増す。


女生徒達がシビルに熱を上げるのも言ってしまえば疑似恋愛。シャーロットへのそれは純粋な憧憬だろう。

彼女たちも卒業し社交界に出ればそれぞれそれなりの家庭に嫁いでいく。それまでの夢の時間、いわばモラトリアム。

浮ついていると眉を顰める人も絶無ではないけれど実際に男女の恋愛に走るよりは余程いいではないかと言う人もいる。


そんな華やかでありながら和やかな雰囲気は男子棟の方向から現れた一団の登場で破られた。

こちらは愛らしい女生徒一人をきらびやかな男子たちが囲んでいて彼女の一挙手一投足に男たちが賛美を贈るというパターンで構成されている。

「だから私は言ったのです。今日はこのあたりにしてやるが剣は勝てばよいというものではない。心だ!と。」

騎士志望らしい体格の良い男子生徒が得意げにそう言えば、

「まぁ。騎士道精神に溢れておられるのですね。やはりお血筋は争えないのですね。素晴らしいですわ。」

「近衛を目指すものとしては当然の心構えですよ。」

「まぁ。ご謙遜を」

鼻にかかるような甘ったるい声がシビルたちの方まで聞こえてくる。


彼らはギザント王国第三王子エドワードとその取り巻きであり彼らの中心で甘ったるい笑い声をたてているのはキャロル・エグモン男爵令嬢だ。


昨今の学院の話題はこのギザント国第三王子エドワード殿下にまつわる醜聞騒動だ。

現在女王を戴くギザント王国には3人の王子がいる。第一王子は王位継承者で近頃第三継承者となる息子が生まれた。

顔は地味な部類だが穏やかな人柄で人望もあり女王を助け、将来は安泰だと評される有能な後継者だ。

第二王子は少し険しい容貌で令嬢たちには恐れられているがまだ若く独身で兄の補佐として有能との話である。


で、問題の第三王子である。

この王子とにかくひたすら顔がよかった。産湯を使わせた産婆が見とれて湯に取り落としたという伝説があるくらいに。幼い頃は彼の笑顔が見たいばかりに教育係までもがついつい彼には甘くなって次々更迭されたという噂もある。

彼が生れた頃彼らの父である王配が亡くなり女王が国事に追われて教育に携わる機会がほとんどなかったのが原因かもしれない。

まだ学生の第三王子は役職にはついていないがすでにシャーロットとの婚約とロングヴィル公爵位の継承が決まっている。


ぶっちゃけ王子というものは後継者が定まるまではスペアが多ければ多いほどいい存在だ。

そしてギザントでは幸いなことに二人の有能な後継者候補がいる。王になれないのならばとにかく自分で自分の生活をどうにかしないといけないのだがどうやらその才覚には乏しいことがすでに明らかだ。

歴代王が子沢山で息子に称号や領地を分配した結果めぼしいものが無くなってしまい昨今王子たちは称号枯渇状態である。

甘やかされたので我慢のできない第三王子は自分の称号が儀礼称号で実入りがないのは嫌だとごねた。だがいくら女王とはいえ代々保有していた称号を息子に渡せとは言えるわけもない。

だからと言って新規領地を開拓するわけにもいかない、そんなことをすれば即隣国との戦争状態に突入してしまうのだ。

となると狙われたのが後継者たる息子がいない上級貴族令嬢だ。婿に出してしまってその称号をあてがってしまえばいいというわけだ。


だが上流貴族は王家との付き合いも深い。当然お粗末な中身は知れ渡っている。不良物件を押し付けられてはたまらない。貴族だって死活問題である。

本来本当の婚活は卒業後にこそあって学院在学時に婚約するのは青田買いで当たり外れが出てしまうのであまり好まれることはないのだが、第三王子を押し付けられることが嫌で現在の在学中の彼と年の釣り合う貴族令嬢はほぼ婚約済という前代未聞の状態である。

結果不幸にも後継者である幼い弟が突如病死したため相手を見繕っていなかったシャーロットがハズレくじを引く羽目になったのだ。


シビルにも打診は一応あったらしいのだが、辺境伯の「養孫」であること、「辺境」という言葉を嫌った王子に却下されたという。

まったく何が役に立つのかわからないものである。


で、もう一方の当事者キャロル男爵令嬢は貴族ネットワークでもほぼ知っている者がいない。

おそらく領地育ちの庶子であるか、美貌で買われた平民ではないか?とのもっぱらの噂である。

別に出自をどうこう言うつもりはないのだけれど、一学年下になる彼女は入学後すぐに第三王子に近づいた。


王立学院は入り口こそひとつではあるけれど中に入れば男女は別棟で学んでいる。

教科によっては共に教室を用いることもあるが、教室内では男女ではっきりと座席が分かれているくらいなのだ。

その唯一の例外がみんなで食事をとるカフェであるのだが、それでもだいたいは男女で自然にフロアが分かれているため共に食事をすることなどはほとんどない。

第三王子たちとキャロル嬢はその暗黙の了解を、暗黙であるがゆえにさらっと無視してのけているだけだ。


「ね。あちらの方々は餌付けでもする気なのかしらね?」

鼻にかかった甘えるような声が響く。どうやらシビルたちに、というよりその中にいるシャーロットの存在に気がついたらしい。

見せつけるようにエドワードにしなだれかかる。彼もまんざらではない表情をしているが元が無駄にいいだけにだらしないことこの上ない。

「あぁ。その天使のような瞳につまらないものを映さないでおくれ。輝きが褪せてしまうから。」

「あなた達に相手にされないからあのような男だか女だか分からない者にいれあげているのね。」

「僕らにはキャロルという天使がいるからね。野に咲く花には用がないのさ。」

野に咲く花というが彼女たちはれっきとした令嬢たちである。どちらかと言えば正体不明の彼女が野に咲く花である。が、誰も言わない。

「まぁ、嬉しいことを言って下さるのね。でも、悪いわ。」

どっと盛り上がる彼らを見る令嬢たちの目は冬の風より冷ややかだ。


「家柄ばかりしか誇るものがない方などこちらから願い下げですわ。ね、皆様。」

「キャロル様はいつも慎みがございませんわよね。カフェは共有スペースとはいえ男子部とあのように人前で。」

「シャーロット様のお気持ちも考えずあのような振る舞いをなさるなど信じられませんわ。」

「ねぇ、クラリス様の話を聞きまして?ルーファスからの仕打ちにご登校もままならないとか。」

密やかに交わされた会話だが聞こえたのかこちらを伺う様子が見えた。

シャーロットの青い瞳が悲し気に揺れるのを見たシビルはひとつ息をつくとまだまだ話を続けそうな令嬢たちに、彼女たちが一番好む笑顔を向けた。



「さあ、皆様。そのような会話をされてはいけない。可愛らしい唇が歪んでしまいます。あなた達の唇は可愛らしく歌うため、話すためにあるのでしょう。」

「まあ、シビル様。」

シビルの微笑みに令嬢たちは囁きをやめると、気まずげな表情で黙りこむ。

「私はあなたたちが笑っている顔が好きなのです。ね、皆様が他人を悪く言うお言葉を聞くのは私寂しいですわ。シャーロット様もそうお思いでしょ?」

「え。ええ。シビル様。私は何も気にしておりません。皆様、私のためにありがとうございます。」

急に声をかけられたシャーロットが見せた儚げで悲し気な微笑みは女神も逃げ出してもおかしくない美少女ぶりだ。

シャーロットもそう言うと女生徒たちがうっとりとした顔になる。これならばあと一押しで大丈夫だろう。

「ね。今日もたくさんいただきましたし、私一人ではとても食べきれません。皆様とお分けしてもようございますか?」

差し入れを持って来てくれた令嬢たちに笑顔で問いかければ、彼女たちははにかむ様に頷いた。


「今日はお天気もいいですからメイドたちにお願いしてテラスの席に移動しましょう。」

シビルがそう言うと令嬢たちはきゃぁと歓声をあげてそれぞれが移動を始める。


背後で悔し気な舌打ちと可愛い顔も台無しになりそうなほど歪んだキャロルの顔があったけれどそれには誰も気が付かなかった。










続きは明日投稿予定です。

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