第4話 出立、冒険者パーティー『士魂』
翌朝、僕と小松さんは遅い時間にメイドさんに朝食に起こされた。体に生活魔法である洗浄魔法をかけ、手早く着替える。どうやら泣き疲れて遅くまで寝ていたようだ。
着替えたところで慌てて扉を開けて席につくと、メイドさんが「寝癖がついていますよ」と直してくれる。少々慌て過ぎたようで恥ずかしい。
それから少しして小松さんも出てくる。小松さんも慌てていたようで、服装の乱れをメイドさんに直してもらっている。
朝食を終えてしばらくすると、「リリアーヌ王女殿下がお呼びです」とメイドさんに言われ、昨日の部屋まで案内された。
今度は2人とも入室時に「失礼します」と言って頭を下げる。リリアーヌ王女はそんな僕たちを見て満足そうな顔をする。どうやら緊張がほぐれたのを見て取ったらしい。
席につくように促されて座ると、リリアーヌ王女は優し気な表情で、しかし目は値踏みするように僕たちを見て、要件をきりだした。
「昨日は有意義な話し合いは出来ましたか?私たちはあなた方を尊重し、今後の事が決まるまでは保護するつもりです。ですが、身の振り方が決まったならば教えてください」
そうは言うものの、リリアーヌ王女は結論を知っている。あの客室には対盗聴、対透視魔法は施されていない。つまり、専門の魔術師にかかれば2人の会話は丸聞こえだったのだ。
そうとは知らず、僕はリリアーヌ王女に報告する。
「はい。僕たちは2人で冒険者として世界を旅して生きていこうと思います。この世界の事を知りたいですし、何より元の世界に帰る方法が見つかる希望もないわけではありませんから」
「そうですか。それは私たちにとっても嬉しい事です。今は魔物も活発化しています。それを討伐する冒険者はいくらいても足りる事はありませんから。ですから、我がベラト王国からも支援をさせてください。何も知らないあなた方が悪人に騙され、命を落とすような事があっては悲しいですからね。冒険の仲間に2人用意しました。入りなさい」
リリアーヌ王女がそう言うと、背の高い、短い金髪に茶色の瞳を持った若い男性と、同じ年ごろの、ブラウンのセミロングの髪に金色の瞳を持った女性が入室する。
「カール・ベックです」
「ルチア・アミーチです」
男性と女性はそれぞれ名乗る。
僕はこれに困惑した。確かにこの世界の信頼できる人が仲間になってくれれば心強い。だがこれはリリアーヌ王女の監視ではないだろうか?
しかしそう僕が思案している間に、小松さんが立ち上がって「よろしくお願いします」と挨拶してしまった。こうなると後に引けない。予定外ではあったが、僕も立ち上がり、挨拶する。そして再び座ると、リリアーヌ王女の目を見た。彼女は笑みを浮かべて答える。
「別に他意はありませんよ。強いて言えば、あなた方の名声を我が国にもおすそ分けしてもらおうかと思っただけです」
全面的には信用できないが、得られる利益とリスクを天秤にかけたら、リリアーヌ王女の厚意を受け取った方が賢いだろう。
「さて、私がいると緊張して話もできないでしょう。別室に資料を用意していますから、そこで今後の方針を話し合いなさい。今夜の宿は、宿代を2人に持たせてありますので、この街で宿を探してください。そして明日、出発するといいでしょう」
リリアーヌ王女の言葉に仲間になる予定の男女が彼女に礼をして、僕たちに退室を促す。僕たちもここは決して居心地がいいとは言えなかったし、リリアーヌ王女の目の届かないところで話しをしたかったので、彼女に「ありがとうございました」と礼をして退室した。
そしてカール・ベックを名乗った男に先導されて近くの部屋に入室する。中には地図と、何冊かの本が机に置かれていた。
「さて、ミウラにコマツだったな。改めて、俺はカール・ベックだ。カールとでもベックとでも好きに呼んでくれ」
「私はルチア・アミーチよ。カールとは騎士団の同じ部隊にいたの。下っ端だけどね。私たちは志願で引き抜かれたから、一応今は騎士団とは関係ないわ。私の事はとりあえずアミーチと呼んで。ルチアでも構わないけど」
「あ、どーも。トモユキ・ミウラです。ベックさんにアミーチさんですね。よろしくお願いします」
「リョウコ・コマツです。ベックさんにアミーチさん、よろしくお願いします」
突然フランクな言葉遣いに変わった2人に毒気を抜かれ、自然体で挨拶してしまう僕たち。
「ガハハ、ミウラ、これからは俺たち、一蓮托生なんだ。そんなに改まるな」
そう言ってベックさんが僕の背中をバシバシ叩く。
「い、いや、これが自然体なんですけど……」
「わ、わたしも……」
「ムッ、そうか?なら追々仲良くなっていこうじゃないか」
僕たちの抗議にベックさんは僕の背中を叩くのを止める。
「初対面だから仕方ないわね。まあその内気安い仲になってもらわないと困るけど。とりあえずギルドカードを見せ合いましょう。誰がどんな能力を持っているか、実際に見た方がいいわ。カールの言う通り、私たちは一蓮托生なのだから」
そう言ってアミーチさんとベックさんがギルドカードを差し出す。僕たちもギルドカードを取り出して交換する。
ベックさんとアミーチさんの能力は以下の通りだった。
名前 カール ベック
年齢 19歳
職業 スカウト
レベル 22
所持金 5万リラ
特技 索敵6
剣術6
防御4
投擲4
風魔法3
生活魔法
犯罪歴 なし
名前 ルチア アミーチ
年齢 19歳
職業 火炎魔導士
レベル 21
所持金 5万リラ
特技 火魔法6
水魔法5
土魔法4
棒術4
光魔法2
生活魔法
犯罪歴 なし
年齢は僕たちより3つ上で、レベルはだいたい同じくらいらしい。ベックさんが僕とは違うタイプの前衛、アミーチさんが魔法攻撃役の後衛といったところか。
「お前たち、若いのに結構強いな。さすが、『異世界の旅人』というだけはある」
僕たちのギルドカードを見たベックさんが感嘆の声を上げる。
「ベックさんたちも強いですよ。そう言えば『異世界の旅人』って何か特別な能力とかあるんですか?」
僕の質問にベックさんは頭をかきながら答える。
「そういうところも知らないのか。『異世界の旅人』は異世界からこっちに来る過程で強い能力を得るらしいんだ。それに特技の成長も早い。成長が早いのは色々と真っ新だからだと言われているな」
僕たちが「ほうほう」と感心していると、今度はアミーチさんが地図を指さす。
「ベラト王国は大陸の南東に位置していて、汚された大陸から離れているから、滅多に強い魔物が出ないわ。全く出ないというわけでもないけど、頻度が少ないから、私たちくらいのレベルの冒険者には稼ぎが割に合わないわね。だから普段は騎士団が退治してるの。汚された大陸は神聖大陸の西にあるわ。さすがに汚された大陸に踏み込むのは危険だけど、汚された大陸に近づくほど強い魔物の出現頻度が高くなるから、冒険者ギルドで依頼の難易度を見つつ西に向かいましょう」
やはり現地の人がいると頼もしい。
他にも自分の特技を念じると頭に使える技が思い浮かぶ事や、ベラト王国や他国で出現している魔物や魔族の種類。冒険者の基本的な仕事内容や法律、条約、危険地帯や危険物などを教えてもらっていると、昼頃になった。
「おっと、そろそろ冒険者ギルドにパーティー登録に行かないと飯の時間や宿探しの時間が無くなるな。後は百聞は一見に如かずでいいだろう。実戦が最良の訓練だと上官も言っていたからなぁ」
「まだ不安要素は消しきれていないけど、時間が時間だからしょうがないわね」
「なら飯行くぞ、飯」
そう言って2人は話を切り上げる。僕たちもこの街の大きささえ知らないので、2人に従う事にする。
ベックさんとアミーチさんに連れられて騎士団に挨拶と出発報告をすると、西に向かって歩き出した。もう昼食には遅い時間で、そろそろ小腹が減ったというレベルではなくなってくる。
食堂に着くと、ベックさんとアミーチさんが料理の解説してくれた。想像がつきやすい料理もあれば、説明されても分からない料理もある。とりあえず僕とベックさんは肉料理を、小松さんはアミーチさんが旅に出ると魚料理は頻度が減ると聞かされ、アミーチさんと同じ魚料理を注文した。
そして運ばれてきたのは、僕には何かのソースがかかった鶏肉の揚げ物。ベックさんは豪快にステーキだ。小松さんとアミーチさんは魚の開きの酢漬けだった。鶏肉のソースは甘辛で中々美味しかった。ちなみに値段も手ごろだったところが貧乏くさい。当たり前だが1番料金が高かったのはベックさんのステーキだった。ベックさん曰く、「せっかく国から金をもらったんだから贅沢しないと損だろ」だった。理由があんまりだ。
食後に1時間ほど歩いて冒険者ギルドに到着すると、ベックさんに先導されてカウンターまでぞろぞろとついていく。
「冒険者パーティーを結成したいんだが」
「ではこちらのパーティーカードに必要事項をお書きください」
そう言われてギルド職員から渡されたパーティーカードをベックさんは僕に渡す。
「えっ、僕が書くんですか?」
「当たり前だろ。お前たちがいなきゃこのパーティーは成立しなかったんだから。それに、コマツはリーダーって柄じゃないだろ?だからミウラがリーダーだ。しっかりやれ」
「いきなりそう言われても……。リーダーの柄と言えばベックさんはが1番いいと思いますよ」
「おいおい、スカウトがリーダーとか冗談じゃないぜ。スカウトは1番前を歩くんだ。だから全体が見えないし、怪我もしやすい。ハッタリは俺が利かすから、ミウラが全体を見ろ。お前なら出来る」
ベックさんにこうまで言われては拒否するわけにもいかない。渋々パーティーカードに記入していくが、1カ所は埋められなかった。パーティー名だ。
「パーティー名、何か候補はありませんか?」
そう言ってベックさんとアミーチさんの方を向く。
「私とカールはパーティー名はあなたたちに任せると決めているわ」
そう涼しい顔で言われたので、小松さんの方を向くとこちらもフルフルと首を横に振った。仕方がないのでしばらく悩んでから、思い浮かんだ名前を記入する。
『士魂』
日本を南北分断の危機から救ったと言ってもいい戦車隊から名前をもらった。
必要事項を記入したパーティーカードをギルド職員に渡すと、ギルド職員は箱型の魔法機器にパーティーカードを差し込む。しばらくして4枚の銅色の金属板が生成される。
「これがパーティーカードとなります。パーティーの共有資産の使用権や、お互いの位置確認、連絡に使えるので、なくさないようにお願いします」
受け取ったパーティーカードを3人に渡す。
「シコン?左はお前たちの世界の字か?どういう意味だ?」
「武士の魂、という意味です。武士と言うのはこの世界の騎士に近いと思います。騎士道精神を言い換えたものでしょうか。僕たちの国で昔、立派に戦った部隊の名前にあやかりました」
「そう。じゃあ私たちもこの名前に恥じないように戦わないとね」
「だな、騎士道精神とか言われたら熱くなるな」
「三浦君、いろんな事知ってるね……」
ベックさんとアミーチさんには好評だったが、小松さんは僕の雑学量に呆れたような、しかしどこか尊敬するような複雑な評価をもらった。横文字の方が良かっただろうか?でも外国語はスペルミスが恥ずかしいから、命名権を一任された以上、これにさせてもらおう。
冒険者ギルドを出るともう夕方だったので、急いで宿の確保に動き、何とか男子部屋、女子部屋を確保した。明朝早くに西門から街を出る予定なので、夕食を食べるとすぐに体を洗い、寝床につく。
明朝、開門と同時に西街道へ出る。2時間ほど歩いてアグリニオンを振り返る。思ったより大きな街だった。
「……アグリニオンって大きな街だったんだ」
「当たり前だろ、この国の首都なんだから」
先頭のベックさんが何を今更、という口調で言う。
「それもそうですね」
「そうよ。それから2人とも、息を抜きながら警戒してね。難しいけど、奇襲を受けず、かつ神経をすり減らさないようにする、冒険者の必須スキルよ」
「「わかりました!」」
僕たちの旅の果てには何があるか分からない。だけど、希望は持たないといけない。今はほとんど状況に流されているけど、いつかは自分の足で歩かなければならない。そうでないと、途中で崩れ落ちてしまうだろう。この先に僕は何を見るのだろうか?何をするのだろうか?そう考えていると、ふと背中に冷たい視線を感じて振り返る。視線は僕の後ろのアミーチさんでも、最後尾の小松さんでもない。……たぶんアグリニオン城の方からだ。僕は気を引き締めてもう1度前を向いた。
「あの2人は出発しましたか?」
「はい。パーティー登録は昨日済ませたそうです」
「そう。勇者様ほどではないにしろ、期待させてもらいましょうか。勇者様はまだ姉上が鍛え直している最中ですからね」
リリアーヌ王女は冷たい目で愉快そうに笑った。彼女にとっては、魔王討伐という明確な目標を与えている黒島よりも、適当に放り出した三浦と小松の方に興味があった。完全な不確定要素だからだ。その不確定要素に関与し、監視する。娯楽としても、保険としてもこれ以上のものはない。この世界は混乱しているし、人類も一枚岩ではない。ベラト王国内ですら、政争はある。特に勇者の存在が国内政治にどう関係するか分からない。上手くすれば勇者のカウンターパートに使えるかもしれない。
「どこまでも、どこまでも足掻きなさい。それがあなた方の役目です」
リリアーヌ王女は西を眺めるのをやめると、書類仕事にとりかかった。いつもの退屈な作業だった。