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第3話 アグリニオン城での故郷との別れ

 「お待ちしておりました、勇者様。私はベラト王国王女、リリアーヌです」


 この言葉に僕は顔を強張らせ、小松は緊張で突っ立ている事しかできず、黒島は王女の美貌に見とれていた。


 「お招きいただき感謝いたします。トモユキ ミウラと申します」


 自然、僕が最初の挨拶をする事になる。

 次に復活した黒島、緊張が解けた小松の順に挨拶する。


 「ゆ、勇者のツルオ クロシマです」


 「リ、リョウコ コマツです」


 応接室の多くの目が黒島に向けられる中、王女は僕の目を射抜くように見る。どうやら先ほどの挨拶でなにか僕が腹に一物を抱えている事を察した……ような気がする。この王女様、油断はできない。


 だがそれも一瞬。王女様の顔は即座に元の柔らかい表情に戻る。目だけは笑っていなかったが。


 「そう固くならないでください。どうぞこちらにお掛けください」


 「は、はい」


 リリアーヌ王女の言葉に黒島が素っ頓狂な声で返事をして、右手と右足を同時に出しつつ席に向かう。その緊張ぶりに僕と小松は返事をするタイミングを逸して、黒島の後についていく。結果として奥に黒島、中央に僕、扉側に小松が豪華なソファーに腰かける。

 リリアーヌ王女は僕たちが座った事を確認して満足そうに対面のソファーに座る。


 「いきなりで申し訳ありませんが、ギルドカードを見せていただいてもよろしいでしょうか?」


 「は、はい」


 またも黒島が緊張しながらギルドカードを、何の疑いもなく差し出したので、僕と小松も考える間もなく流れに乗せられてギルドカードを差し出す事になる。

 「ありがとうございます」と言ったリリアーヌ王女は笑顔で僕たちのギルドカードを確認するが、僕と小松のギルドカード、特に僕のギルドカードを確認する時間が若干長いように感じられた。やはり核物理魔法を隠した事が不味かっただろうか?それでもリリアーヌ王女は1度目を通しただけでギルドカードを僕たちに返す。


 「ありがとうございます。皆さんそれなりにレベルが高いのですね」


 「はい!レッサーグリーンドラゴンを倒したおかげだと思います」


 黒島が緊張気味に大き目な声で答える。


 「まあ。それは危ない目に……。申し訳ありません。本来ならここ王城の召喚の間に来ていただく予定でしたのですが、何かこちらに不手際があったようです」


 リリアーヌ王女は優雅に頭を下げる。僕たちは高貴な人に頭を下げさせたことに慌てるが、リリアーヌ王女は僕たちがどうすればいいのか分からず戸惑っているうちに頭を上げる。そして慈母のように、しかし力強く語り始めた。


 「……本題に入りましょう。2年前、魔王がこの世界に現れました。我々人類は力を合わせて必死に戦いました。ですが魔族は強く、魔物も活発化し、多くの国、街が滅ぼされました。多くの人々が殺され、家を失いました。そこで我々は太古より魔王を打ち破ってきた伝説の勇者様に顕現していただくべく、召喚の儀式を取り行いました。そして我々の救世主としてあなた方が現れたのです。全ての人類を代表してお願いいたします。勇者様、我々をお救い下さい」


 今度はリリアーヌ王女は先ほどよりも深々と頭を下げる。リリアーヌ王女の言葉に僕はいよいよ来たかと顔を強張らせる。小松はどうしたらいいのか分からず困惑している。

 そんな中、黒島が立ち上がる。


 「王女殿下、どうぞ頭を上げてください。僕は勇者です。全人類のため、身命を賭して魔王と戦います」


 黒島は元から勇者として活躍するつもりだった。それが先ほどのリリアーヌ王女の演説に酔い、自身の勇者としての肩書に酔って協力を快諾する。


 「ありがとうございます、勇者様。すでにあなたとともに戦う仲間たちは3人用意しております。おそらく戦いは過酷なものとなるでしょう。そのためにこれからの旅で多くの仲間を集めると良いでしょう。どうか私たち人類をお救い下さい。勇者様の勇気に感謝します」


 そう言ってリリアーヌ王女は黒島の手をとる。黒島は感激して涙を流している。


 「それではあなたと旅をともにする方々を紹介します。姉上たち、お入りください」


 リリアーヌ王女がそう言うと、彼女の背後の扉から3人の美少女が現れた。勇者の仲間というよりも、ハニートラップ要員ではないかと思ってみていると、まず軽そうな金属鎧を着た、短い金髪をポニーテイルに纏めた青い瞳の少女が挨拶する。


 「ベラト王国王女、アリアーヌだ。よろしく頼む」


 次にローブを着た、プラチナブロンドのウェーブがかかった長い髪と緑の瞳を持ち、耳が横方向に長い少女が挨拶する。


 「ファニックの森のエルフの里より参りました。族長の娘、クラリッサ・ファニックです」


 最後に神官服らしきものを着た、背中までの青い髪と赤い瞳を持つ少女が挨拶する。


 「アグリニオン大聖堂よりお導きを受けました。修道女をしていたセリア・フイヤードです」


 「勇者様はこの3人とこれからの事について奥の部屋で話し合ってください。勇者様に幸多からん事を祈っております」


 黒島は感激した様子で3人に連れられて奥の部屋に入っていった。




 「さて、ミウラ様にコマツ様。なぜ我々にご助力いただけないのでしょうか?」


 リリアーヌ王女が穏やかに、しかし完全に笑っていない瞳で僕たちを問い詰める。

 この眼力に小松が飲み込まれそうになった時、僕は口を開いた。


 「僕たちは家に帰る事を願っています。まず、帰る方法があるのか否か、ご教授いただけませんか?」


 「?歴代の勇者様は全てこの世界で一生を終えておられます。帰還を願ったという記録も残っておりません」


 リリアーヌ王女は僕の言葉が想定外だったようで、小首をかしげてから答える。


 「僕が聞きたい事は過去の事例ではなく、帰れるか否か、です」


 思わず「YESか、NOか」と言葉を発しそうになったが、高貴な方相手に高圧的な言葉を発して縛り首になりたくはない。

 リリアーヌ王女は僕の目をじっと見る。僕はここが勝負どころと、表情を変えずに目だけで睨み返す。


 しばらく静かな睨み合いが続いたが、とうとうリリアーヌ王女はため息をついて目を逸らす。


 「あなたには嘘や誤魔化しはよろしくないでしょうね」


 そして僕の目を見てはっきりと言った。


 「現状、あなた方を元の世界に戻す方法はありません。今まで必要とされてこなかったので、その技術がないのです。この世界のどこかにその技術が埋もれている可能性は否定しませんが、存在するかどうかも分からない以上、帰す方法があるとは言えません」


 「そう……ですか」


 僕はリリアーヌ王女の言葉に毅然と返事をし、受け入れたつもりだったが、しばらくして頬が濡れている事に気づく。思い浮かぶのは母さん、父さん、兄弟の顔。住みやすかった街。故郷と言える山々や海。街からは雄大な富士の山も見えたし、広大で荒々しい太平洋も望めた。美しい桜はいつも美しい季節の変わり目を教えてくれた。

 それだけではない。考えれば日々の生活を支えてくれた街の人々。住みやすい国を築き、守ってくれた先人たち。僕たちを根底から支えてくれていた国。それが日の丸の背景に浮かび上がる。

 それなのに。それなのに、もう、そんな人々に、地域に、社会に、国に恩返しする事は出来ないのだ。


 気づくと僕は顔をうつむかせ、静かに涙を流していた。隣からは「お母さん、お父さん」と小さな涙声が聞こえる。


 しばらくして隣から肩に手を置かれる。ふと顔を上げると、小松さんが涙目で心配そうに僕を見て、「大丈夫?きっと私たち、大丈夫だから」と声をかけてきた。どうやら僕の方が長い時間涙を流していたようだ。今も頬を涙が伝っている。情けない事だ。いや、女の方が強いという事なのだろうか?


 それからもうしばらくして、ようやく涙が収まって来て、何とか話せるまでになった。


 「小松さん……、ごめん……、ありがとう……」


 僕はハンカチで涙を拭きとり、リリアーヌ王女に言った。


 「身の振り方は、少し考える時間をくれませんか?僕たちには魔王討伐ほどの過酷な旅をする覚悟がないのです。この世界でどう生きていくか、どうお役に立つか、考えさせてください」


 僕の言葉に小松も「お願いします」と賛意を示した。


 「そうですか……。では城の1室を与えます。そこでゆっくり話し合うと良いでしょう。明日また、お話ししましょう」


 リリアーヌ王女は慈母のような声で僕たちに時間をくれた。僕たちはリリアーヌ王女に頭を下げ、案内のメイドさんについていった。




 「王女殿下、あの2人、どういたしますか?」


 近衛騎士がリリアーヌ王女に問う。


 「勇者としては使えないでしょうね。無理やりついていかせる事もできますが、それは奴隷と同じよ。無理やり従わされる者は、喜んで従う者には決して敵わない。無理に連れていかせても魔王との戦いで足を引っ張る可能性もありますし、脱走する可能性もあります。最悪、裏切りもあり得るでしょう。私たちはあの2人を家族や故郷から引き離したのですから」


 リリアーヌ王女は冷徹な表情で言い、コーヒーに口を付ける。


 「それでは殺しますか?放逐しますか?」


 「それは下策ね。せっかく召喚した者たちを殺したとあっては国の名に泥を塗ります。それにあの男の方、何か隠し持っています。失敗しても成功してもリスクしかありません。放逐するのも駄目。寝返られる可能性もありますし、やはり国の名が傷つきます。それにあの男、この世界で生きていくために役に立ちたい、と言ったわ。少なくとも、今は我々の側に立って戦う決断を下すでしょう。あの男はこの世界での生き方を何となく分かっている。女の方は主体性に欠けていますから、あの男の決断についていくでしょう」


 「では我が遠征軍に加えますか?」


 「いえ、あの2人は軍務に耐えられる精神は持っていないでしょう。1から鍛え直す必要があるわ。訓練期間がもったいないです。幸い、冒険者稼業はできそうですから、彼らには彼らなりの貢献をしてもらいましょう。ですが、手綱は握っておいた方がいいでしょう。軍から忠誠心のある適切な者を2~3人選出しなさい。そのうち彼らも大成するでしょう。そのためならこの程度の負担、軽いものです。これが彼らのギルドカードの情報よ。バランスよく選出しなさい」


 リリアーヌ王女は魔法でコピーした三浦と小松のギルドカード情報を近衛騎士に渡す。


 「了解いたしました。すぐに選出作業に入ります」


 そう言って近衛騎士は退出する。




 リリアーヌ王女はコーヒーをしばらく楽しむと、全く手を付けられていない3人のコーヒーを目にやる。


 「勇者様は期待通りの働きをしてくれるでしょうね。問題はあの2人。きっと面白い事をやってくれるでしょうね」


 リリアーヌ王女はそんな予感めいた事を口にする。だがその表情は笑ってはいなかった。




 メイドさんに案内された客室は、ダイニングに寝室が2つある、とても都合のいい部屋だった。大きな城だからこんなニッチ需要に応える部屋もあるのだろう。そんな事を思いつつ、とりあえずダイニングに荷物を置いて、テーブルの椅子に腰かける。対面には小松さんもいそいそと同様の行動をとって腰かける。


 そのまましばらく沈黙が続く。故郷との繋がりが断たれた直後だし、お互いまだきっかけがあれば涙が出そうだったからだ。

 だが、手遅れではあるものの、男は背中で泣くものだ。そんな気概で話しをきりだす。


 「まず、これからの前提条件を確認していいかな?小松さんは僕と離れて単独行動した方がいい?それとも僕たち2人で固まっていた方がいい?」


 小松さんは驚きの表情を浮かべてから答える。


 「え、あの、私は三浦君と一緒に行動した方がいいかな、って思っていたんだけど……。駄目かな?」


 「いや、僕も小松さんと行動したいところだったからむしろ安心したよ。一応確認しておきたくってね。困惑させたならごめん」


 「大丈夫だよ。そう言えばそういうところも確認してなかったね」


 「慌ただしかったからなあ」


 妙な質問から始めてしまい、気まずい気分になって僕は頭をかく。


 「ともかく、僕たちは2人で独立して、この世界で生きていかなきゃならない。そのためにどうやって生きていくかだけど……」


 「現状の選択肢は冒険者しかないよね……」


 2人して肩を落とす。僕たちはこの世界をあまりにも知らなすぎる。唯一取っ掛かりを得られたのは冒険者だけだ。危険は避けたかったが、コネなし金なし知識なしでは、単純労働者すら除外される可能性がある。

 その点、冒険者だけは最低限のギルドでの登録ができた。後は依頼をこなしたり、魔物を狩れば食い扶持は確保できる。冒険者稼業が最底辺の労働である可能性も否定はできないが……。


 「でも冒険者ならこの世界を自由に旅できるんだよね?ひょっとしたら私たちが帰れる方法が見つかるかもしれないよ」


 「そう言えば冒険者ギルドで、冒険者は楽に国境を越えられると聞いたなぁ。確かにその面では1番希望があるな」


 「それに、準備はもうしてあるしね」


 小松さんは荷物を見て苦笑する。武器があるからといって、2人ともカテリキで張り切り過ぎたかもしれない。おかげで所持金が心もとない。


 「当分はこの街を中心に情報を集めながら冒険者稼業だな」


 「そうなるね」


 そう結論が出たところで夕食が運ばれてきた。美味しい食事を終えるとメイドさんたちが後片付けまでしてくれる。食事中もメイドさんたちが侍り、適時飲み物をくれるので恐縮しきりだった。なので片づけが終わってメイドさんたちが撤収したあと、緊張の糸が途切れてしまった。

 そうなると思い出されるのは親兄弟の顔や故郷。どうやらそれは小松さんも同じようで、顔を伏せている。僕はもう寝室に引き揚げる事を提案し、それぞれの寝室に入った。遅くまで隣から小松さんのすすり泣きが聞こえる。僕も腹の中で声を押し殺して遅くまで泣いていた。

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