TWO:スレイヴ京子
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さくらふちきょうこ【桜渕――京子】
奴隷。
十四歳。
売春少女。
幼い頃に家庭の方針に反発し家出。その後、裏社会の人間に散々使い古された挙句、生活のため、身体を売る羽目に。
*
驚くことに、女は弟子願を認可してくれた。
「でも、アタシに弟子入りだなんて……世間知らずもいいところだわ、ニーチャン。――見ての通り、アタシは殺し屋さ」
「殺し屋……?――それは、頼まれて殺す、ビジネスとしての殺人ということですか?」
淘汰はなるべく相手の機嫌を窺いながら訊ねた。
「ああ、そういうときもあるな……――でも、今殺ったこいつはただの趣味だぜ」
親指を後ろに向け、ベッドの上を示す女。
もちろん、そこにあるのは、文字通り完膚なきまでに叩きのめされた、不運な男の成れの果てだ。
未だに淘汰は、すぐ近くに置かれたこの死体が気になって仕方ない。
淘汰はあくまでも表社会の人間であり、ましてや高校生の年齢だ。血生臭さに嫌悪感を覚えるのは普通である。
対して女は、煙草を美味そうにふかしながら、まるで物か何かを見るような視線で、“それ”を見ていた。
「名前」
「え?」
急に沈黙が破られ、淘汰はとっさには反応できなかった。
「名前だよ名前。――ホワット・イズ・ユーァ・ネーム?」
「……八角淘汰です」
「へぇ、トータくんねぇ……聞かない名前だ。――今までこの世界で何やってたの?」
まるで業界の先輩のように、馴れ馴れしく声を掛ける女。
「……僕、捨て子で……間違って、歓楽街に入り込んじゃったんですよ」
「…………」
女は、呆気にとられたように、口をあんぐりと開けたまま静止した。
そして、いきなり噴き出した。
「あっはっはっはっはぁ!――いやぁこいつぁ愉快愉快。まさかボク、根っからのトーシロ君だったとはね!」
「あ、あの……」
「いいのいいの!」
淘汰の肩を、女は痛いくらい強くべしべしと叩いた。
「アタシがあんたを闇の住人にしてやるよ」
「…………」
「二度と表に出られないようにしてやる」
その言葉を発した時の彼女の表情には、妙な凄味があり、淘汰は少し冷や汗をかいた。
「五十嵐律音――それがアタシの名前だ」
「…………」
「巷じゃ『屍姦の律音』と呼ばれてんだぜ」
煙草を口に咥え直しながら、五十嵐律音は言う。
「アタシの凄さ……そのうち判るさ」
「あの、すいません」
「あ?」
煙草に火をつけたところに邪魔をされ、少し怪訝そうにする五十嵐律音。
「少しお願いがあるんですが……」
「あーあー、何でも言え。――ただし金以外な」
「やっぱり駄目ですか……」
「ぶはっ」
げほげほ、と、五十嵐律音は可笑しそうに咳き込んだ。
「師匠に金を借りる弟子がいるかよ」
*
神奈川県、横浜。
時刻は深夜十一時半。
首都圏の高速インターチェンジを走る、一台のスポーツカーがあった。
白銀のボンネットで、街灯の朱色の光が、群れを成すように次々と通り過ぎていく。
あたりには他に車は見当たらない。
「で?弟子。――そのオンナノコ誰」
運転席の五十嵐のサングラスから覗く眼が、ミラー越しにぎろりと睨む。流石慣れたもので、淘汰はさほどぞっとしなかった。
「桜渕京子ちゃんです」
「アタシの言う『誰?』はフーじゃなくてホワットだ」
「昨日、外で買ってきたんですよ」
「ね?」と、同意を求めるように、淘汰は横に座る桜渕京子を見た。
京子は、黒い髪を肩のあたりでカットした、おかっぱのような髪型だった。
学校に通っているはずもないのにセーラー服を着(おそらく客寄せのためだろう)、その頸には、悪趣味な赤い首輪が嵌っていた。飼い犬の印なのだという。
――コロシの師匠から借金した上にその金で小娘を買うとは……。
変に肝の座った野郎だ、と五十嵐は内心呆れていた。
「まだ、下種に体を汚されたわけじゃないんだろう?」
淘汰はどこか楽しそうだった。
「……はい」
京子は若干居心地の悪そうな声を発した。
「ふふん。……よかった」
「何がよかったんだよ」
五十嵐が訊く。
「そりゃ、初めては自分が教えたいに決まってるでしょう」
「…………まさかその小娘に乱暴はたらく気じゃあねえだろうな」
「いいでしょう。僕はこの娘を買ったんですよ、お金で」
「それはお前の金じゃねぇ」
「お金の主導権を握る人間なんていません」
「極悪人の言い分だなそりゃ」
五十嵐が苦笑すると、
「殺人鬼の師匠に言われたくはありませんよ」
と、淘汰がシニカルに笑った。
京子はあからさまに不快感を示していた。
「で?僕は今どこへ連れていかれてるんですか?」
「馬鹿野郎。ちゃんと話聴いてたか?」
「ええ……」
「そんな困るような話じゃねぇだろ」
五十嵐の額には若干青筋が浮いていた。
高速道路を抜け、一般道へ下りる。コンビニや飲食店が軒を連ね、歩道では人々が寒そうに両手に息を吐きかけ、擦っていた。
「これから向かうのは、とある宗教団体の事務所だ」
「何でそんなまた」
「匿名で依頼が来たんだよ」
五十嵐はあからさまに面倒ごとを抱えているような顔をした。
「ほんとやんになっちまうよ。朝起きてポストを見たら人を殺せって手紙があるんだから」
「それは師匠が殺し屋だからでしょう」
「けけけ、まぁな」
五十嵐は笑ったが、淘汰は無表情だった。京子に至っては、興味がないという風に外の景色を眺めていた。
「オリオン星芒教会……つーんだけどよ」
「ああ、芸能人とかでもそこの信者の人が多いってよく聞きますね」
「そう――で、今回はそのそのオリオン星芒教会の十三事務所って所にいる人間を皆殺しにして欲しいって依頼なんだけど」
「酷いですね……ん?」
――ん?
淘汰は軽く首を傾げた。
「どうして十三事務所だけなんですか?他にも事務所はあるでしょ?――その宗教団体に恨みでもあるのなら、まず本部を潰すべきじゃないですか?」
淘汰がさもありなんな疑問を口にすると、
「ああ……まぁ、この業界では依頼人の事情に深入りしないのが暗黙の了解だからな。あんましその辺は気にせず、アタシたちはただ殺すだけでいいんだよ」
「そしたら警察に追われませんかね?」
「いや。オリオン星芒教会は少なからず裏に通じた組織だ。――自らの汚点も晒すことになりかねないから、きっと権力でもみ消すに違いない」
五十嵐はそう、断言した。
「あの……」
と、ようやくここで京子が口を開いた。
「私はなんで、ここに連れて来られたんですか……?」
この質問には淘汰が答えた。
「ペットはご主人様に付き添うものだろ」
「おい、お前らうるさいぞ。もうすぐ着くからな」
五十嵐はハンドルを操りながら、言った。
*
十三事務所は、案外質素な場所にあった。
大通りから少し裏に抜けたところの、鼠色の鉱石のような柱が特徴的な建物だった。一見何の変哲もない貸ビルだ。
淘汰が先頭に立ち、その堅い階段を上る。ガラス張りのドアを押してみるが、開かない。
「どけ」
五十嵐が前に立ち、二本の細い針金のようなものを取り出した。それを鍵穴に突き挿し、一分ほどがちゃがちゃとやっていると、『かちん』と、錠の上がるような音がした。扉を押してみると、案の定開くことが出来た。
「ピッキングも出来るんですか」
「まぁね」
五十嵐は何でもないというようだった。
なかには人がいないようで、電気がひとつも点いていなかった。
すぐに人が出てきてもいいようにと構えていたのに、これでは若干肩透かしだ。
懐中電灯も点けず、暗い中を歩く。
右には殺人鬼が。
左には奴隷が。
中央には捨て子が。
壁は磨かれ切った大理石で出来ており、外観の割にはしっかりした建物だった。
『管理室』と書かれた札の下がったガラス張りの部屋があったが、誰もいない。
上を見るとなぜか防犯カメラの黒い半球体が壊されていた。
人の気配はまったくといっていいほどない。
と、――そのとき。
「ん?――」
足に何か引っかかるものがあった。
重いシートか何かだろうと思い、淘汰は歩みを止め、その“何か”に手を伸ばした。
「なっ――⁉」
「おい、淘汰。どうした?――て、おいおいまじかよ」
五十嵐も、それを見てようやく察したようであった。
「きゃっ!」
京子も、初めて見るそれに、思わず目を塞ぎ、後退りした。
それは―――死体だった。
女子高生と思われる、少女の死体。
長い髪の隙間から覗く、その顔。血の気が引いて真っ青で、瞳だけが恨みがましくきっかりと開いていた。
そしてその腹。――制服の上からでも判るほど、その矮躯な身体は、完全に破壊され、血液が溢れだし、見るとここ一帯の床を覆っていた。
「誰だ!」
「「「‼」」」
五十嵐と淘汰と京子は、一斉にその声のした方向を向いた。
そこでは、青い制服姿の老警備員が、自分たちに懐中電灯の光を向けていた。
「何をしている!」
「あ、いや……」
淘汰が狼狽える。
「逃げるぞ」
五十嵐は、淘汰の耳元でそう囁くと、すでに走り出していた。
「待ちなさい!」
警備員の懐中電灯の光が、人魂のように暗闇で揺れる。
淘汰も京子を抱え、走り出していた。
詰まらなかったという方は、次の話まで読んで頂けると嬉しいです。
そこから面白くなると思うので。