7,令嬢たちは語らう
シャンテルは、レナを約束通りにベイクウェル子爵家に誘ってくれた。同じく招待されていた、デビュタントのキャスリーン・ブルック クレイトン子爵令嬢をはじめとして同じ年頃の少女たち数人といわゆるお茶会というものだった。
「災難よね、レナは。アニスに目をつけられて」
シャンテルがレナに、お茶菓子を出しながらそう言った。
「レナは、王子妃になりたくないの?」
キャスリーンの言葉にレナは、首を振った。
「無理だわ、そんなの。私なんて……」
「なぁに?謙遜してるの?」
ロレーナ・コベット ドーソン伯爵令嬢だった。
少し派手なドレスを好んで着ている彼女は、ジョージアナなら眉をひそめて苦言を言いそうだった。
「後見人は、アシュフォード侯爵で、家は伯爵で家は安泰だし。外見も金髪に青い瞳で可愛くて男性たちに人気があるし。お母様は美人だし」
ロレーナは一つずつ数えるかのように言った。
「人気だなんて」
「ほんとよ?」
シャンテルがくすくすと笑った。
まさか、とレナは微笑んだが少女たちはそんなレナを見て、もったいないと笑った。
「そういえばねクローディア。かなり本気で殿下を狙ってるらしいわ」
ロレーナが言うと
「クローディアね。アンスパッハ侯爵家も先祖代々の浪費がかさんでかなり困窮してるとか噂だもの」
シャンテルが頷いて同意した。
「でも、ギルセルド殿下はかなりかわすのが上手いもの。どうするのかしら?」
キャスリーンが言うと
「お手並み拝見だわ」
シャンテルがね、とレナを見た。
クローディア・アンスパッハは、黒い濡れたような艶のある巻き毛とそれから魅惑的な体つきをしていて、女性らしい色気のある令嬢である。
「ギルセルド殿下は女性と絶対に一対一で話したりしないの」
ロレーナが言うとシャンテルも頷いた。
「踊るときも儀礼的で」
確かに、レナも思い返してみれば優しくはあったけれど何を話したかといえば当たり障りのない挨拶のような会話だけだった。
「だからこそ、どの令嬢が射止めるのか……みんな注目してるの」
「王太子殿下の時もそんな風でしたの?」
キャスリーンが目を輝かせて言うと
「王太子殿下は、………わかるでしょう?どこか近寄りがたいのだもの。ギルセルド殿下のようには囲まれたりはなかったわ。だから……妃殿下に一目惚れされたというのは、その場にいたみんながわかったくらい。だって本当に目を奪われておいでだったそうよ」
「ええ~ロマンティック」
キャスリーンがまたうっとりとしている。
「あれほどお似合いだもの。すぐにご結婚されたのも仕方ない話よね」
「それよりも、レナ。あなた、ヴィクター・アークウェインと話した事はある?」
シャンテルの口から、ヴィクターの名を聞いて、やはり反応してしまって平静を保つのが難しくなってしまう。
「ええ、あるわ……少しだけ」
なんとなく子供の頃の事は言いづらい。
「いいなぁ~。そっか、レナのエスコート役はほとんどマリウス卿がしてくれているものね。マリウス卿はヴィクター卿とも仲が良いものね」
「なんと言っても、ウィンスレット公爵家は別格」
キャスリーンの言葉にシャンテルが言うと、
「確かに。他の家……私の家とは全く比べ物にならないわ」
ロレーナが肩を竦める。
「そもそも比べるのが間違い」
くすくすとシャンテルが笑う。
「いいな~」
とキャスリーンは連発してきて、レナはなんとなく居心地が悪くなる。
「ほらキャスリーンったら。もう、レナが困ってるわよ」
シャンテルが嗜めると
「ごめんね、レナ」
と謝られて、レナは首を横に振った。
やはりヴィクターとの幼い頃の話はしない方が良さそうだ。それに第一、本当にそれは記憶に埋めるほどの過去に過ぎないのだから。
時々居心地が悪くなるけれど、こうしてお茶をしながらの他愛のないお喋りは、少しだけ楽しい。
声をかけてくれたシャンテルに、感謝するしかない。
「ね、レナのお部屋も今度ぜひ見たいわ」
キャスリーンが無邪気に言う。
「ジョージアナ伯母さまに、聞いてみるわ」
「絶対よ」
にこっと可愛いらしく笑顔で言われて、レナも頷いた。
ジョージアナは、どういう反応をするだろうかと少し不安にな
る。
けれど……。
シャンテルたちはやはり王都の少女という感じであり、どこか馴染めない。そこに何がなんでも説き伏せてでも招待したいという気持ちが沸き上がらない。
そして、やはりジョージアナはシャンテルたちを邸に呼ぶことを二つ返事では了解しなかった。
「レナ、あなたはまだデビューした所なのだからお招きする側としてはまだまだ未熟だわ。もう少し待ちなさい」
そんな風にたしなめられた事に、少しだけホッとしてしまった。
「わかりました、伯母さま」
「それに……彼女たちはいきなりあなたに近づきすぎるわ」
「え?」
「わたくしも、あまりよく知らない令嬢をあなたのお友達として招くのはもう少し様子を見たいの。今は……色々とややこしい時期なのよ。レナ」
ジョージアナのその言葉。それにレナは気付きたくない事を、確かめる、そんな言葉を呟いた。
「ややこしいって……それは、ギルセルド殿下のということ?」
デビューしてから彼の事が話題にならなかったことがない。
「その通りよ。あなたは有力な候補の一人だとそう認識されているの。もちろんわたくしも、そのつもりで殿下にご紹介したわ」
「無理です……」
レナのそんな様子にジョージアナは首を横にした。
「この国の貴族である以上……それぞれの役割は無視することは出来ないのよ」
「伯母さまには申し訳ないけれど、その期待には応えられないわ」
「……あなたのお父様だって、わかっていらっしゃる。ジョルダンは、王の臣よ。伯爵である今も……忠実な」
「お父様は………本当の父じゃないわ」
レナはつい、その事を言ってしまった。
「いいえ、ジョルダンはあなたの父親です。誰がなんと言おうと、彼はそうであろうとしてきたの。わかってるのでしょう?」
「いくらお揃いの、Lから始まる名をつけたとしても……。わたしはお父様の娘じゃないの」
そう言った所で、ジョージアナの手がピシャリと頬を打った。その事にレナは驚いた。この淑女である人が……そんな事をするなんて信じられなかった。
「これはあなたのご両親に代わってよ。今のわたくしは親代わり。あなたはずっとジョルダンの娘。そして、わたくしの姪なの」
真剣な眼差しに、レナは唇を噛み締めた。
ジョージアナが、貴族的で高慢な人だと思い込み過ぎていたのかも知れない。レナなど血筋の怪しい姪だと思っているのじゃないかと、心のどこかで思い込んでいた。
「ごめんなさい……。色々と、ありすぎて」
軽く打たれた頬をそっと押さえながら、素直に謝る事が出来た。
「いいのよ。わたくしこそ叩いたりしてごめんなさい、レナ」
いつもは苦手であったはずの伯母に抱き締められて、レナは涙を堪えた。
「苦しいとしても、あなたの代わりには誰もなれないの」
「伯母さま……」
「知らないわけでも……見て見ぬふりをしてるわけでもないの。でも、あなたが上手く振る舞わなくては、何も解決出来ないの」
微笑んだジョージアナの顔は、心配が見え隠れしていた。
「その代わり、わたくしを悪者にしなさい。厳しいから家には呼べないと……」
「わかったわ。うんと、怖いの。って愚痴を言うわ」
レナは微笑んだけれど、きっと変な顔をしていたとそう思った。