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60,重なる忠告 [victor]

 パルヴァン国風のパーティーだというわけで、ヴィクターも友人たちも、夜の正装テールコートではなく異国風のジョードブリという上衣に、それに合わせたズボンを着ている。デザインこそ異国風だが、それほど着心地の差はなく違和感なく着ることが出来る。


「アークウェイン、結婚前からずかずかと入られて大変だな?それもあんな平凡なつまらなさそうな相手に。お前ならもっと美女が捕まえられたんじゃないか?」

そう言ってきたのは、ヴィクターに敵意をむき出しにするフリップ・トーレスだった。

フリップは、同じ年で伯爵家の跡継ぎである。


見た目は色男という感じで、自信家なのだがその自信は方向性を間違えているとヴィクターは思っていた。

このフリップはご丁寧にテールコートだ。嫌なら来なければ良いのに。

そんな風に思っていると……


「しかも金がかかりそうな女だな?大がかりなパーティーを開いて……。まぁ『箱だけのアークウェイン』は返上されるかな」

クスクスと笑うフリップに、

「ああ、お前には無理だろうが、私もこの家も財政に問題はない。婚約者に多少の贅沢くらいさせても大丈夫だ」

ヴィクターはもっといってやりたい衝動にかられる。


「ヴィクター、とても素敵。似合ってるわ」

そうフリップの後ろから現れて声をかけたのはレナだった。


頭からすっぽりと覆っているヴェールは、レナの淡い金髪よりも深みのある落ち着いたゴールドに縁は赤色のもので、額飾りのルビーがキラキラとしている。ドレスは同じくゴールドで、オレンジと柔らかい色合いのグリーンの宝石がちりばめられていた。華やかでいつもよりも色っぽさを感じさせる装いだった。

いつもと違う装いは、目新しさという違和感をかんじさせて、彼女を魅力的に見せていた。


「こんばんは、フリップ卿」

彼の言葉はしっかり聞こえていただろうにレナは微笑んだ。


「招待状に今夜はパルヴァン風にと書いてたのですが、伝わりにくくて申し訳ございませんわ。上着をお預けになってせめてストールを身につけて頂けますか?今夜はその姿では少し……」


「ここはイングレスだぞ、この国の貴族なら装いを疎かにするなど………」

ムッとしたフリップが言い、ヴィクターの背後を見た瞬間にフリップは赤くなって青くなった。

「どうかしたのか?」

ホールに入ってきたのはジョエルとマリウスだった。二人ともヴィクターよりも民族衣装らしさが高いシャルワールを身につけていて、その彼らが伴ってきたのは二人の王女だった。


「お二人がどうしてもと仰せで」

ジョエルがさりげなくエスコートをして、レナの方へと導いた。

王女たちもプリシラは青色をアンジェリンは鮮やかなオレンジの民族衣装を着ていた。その(あで)やかさに場が一気に華やぐ。


「こんばんはレナ。楽しそうで居ても立ってもいられなくて」

プリシラが手にしたストールをひらめかせた。

「こんばんは、今夜はプリシラ様と呼ばせて頂きますわ。どうぞ楽しんでいらして下さい」

お忍びの来訪だ。それゆえにあえての敬称を略するという訳だ。


「あら、フリップ、どうしたの?衣装くらい整えられなかったの?借りるくらいは出来たでしょう?」

アンジェリンが可愛らしく言った所で、フリップは

「都合が悪くなった!」

と言いおいて踵を返して出ていった。


「どうして、あの人にも招待状がいったのかしら」

「一応身分はあるからですわ、アンジェリン様」


「レナ、その衣装とても綺麗ね、素晴らしい作品だわ」

「ありがとうございます。でも、それよりも中にもいる赤色のドレスのエリーを見てください。ビックリするくらい綺麗ですよ」


続々とやってくる客人に挨拶をするレナを見ながら、扉から広間の中を見てヴィクターは驚愕した。

「これは……本当にうちなのか」


「誠にそうでございます」

「ハルか」

使用人たちも同様にパルヴァンの服を着て給仕をするという徹底ぶりだ。


あちこちには敷物が敷かれて、低めの椅子とクッションが置かれて、それぞれが居心地の良い場所を見つけて腰を落ち着けていた。


異国情緒溢れる楽の音が流れ、踊り子が踊っている。

「ヴィクター、まさかこの家がこんなに人を招待したのなんて覚えがないな」

後ろから続いて入ってきたジェイラスが感心したように言った。その隣にはスチュアートが楽しそうに目を輝かせている。

二人とも華やかな刺繍飾りののジョードブリを着ていた。

「夜会に飽き飽きしてきてる時期だから、これは評判が良さそうだな?」

「確かに」

若い世代だけ、というのもあるが、寛いだ雰囲気がしている。


「それに、女性たちが魅力的に見える」

ニコッと微笑んでスチュアートが言った。

「そんな意外そうな顔で見るなよ」

クスクスとスチュアートは笑った。


「俺だって女性を見て綺麗だと思うけど?」

「それにしても、レナの言う通り、あれがエリー・マクラレーレンだとは驚いた」


遠目に見つけたエリーは、とても美しかった。

男たちの見る目が一気に変わっているのがヴィクターにもわかる。


「あれは……危ないな」

そう言ったのは、ルーファスで

「少し牽制しに行くか。エリーは慣れてないだろうから」

アボット家とマクラレーレン家は交流が深い。マクラレーレン家はそれほど社交的ではない一家で、その辺りはアークウェイン家と似かよっていたが、そういう繋がりもありルーファスはエリーをよく気遣っている。


「しかし、今日の女性たちの装いは刺激的だね」

スチュアートの言葉にヴィクターは彼を見た。

「今日のあのドレスの下は、コルセットはしていない」

「なぜそんな事が」

「俺は観察眼に優れてる。少なくとも……君の大切な彼女は……着けていないね」


「ドレスの下を、想像するな」

「嫉妬するくらいなら、ちゃんと掴まえておかないと知らないぞ?怖い敵がいるんじゃないのか?」

からかうようなジェイラスの表情に、咎める視線を送った。


「ヴィクター、女性はね、言葉にちゃんとしないと不安になるものなんだよ?態度で分かれとか、分かってるだろうじゃ駄目なんだよ。俺は女兄弟が多いから断言するよ」

スチュアートが美しく笑みを浮かべて目線でレナを示した。


「これからどんどん、敵は増えるんじゃない?」

このシーズン、ヴィクターはレナを見てきた。

最所は萎縮しているのか、頼りなげだったけれど今では、女主人であるかのようにそつなく振る舞っている。


「このシーズンで随分変わったよね。でも、それは元々しかるべき教育を受けて来たからだろうけど。グランヴィル伯爵もきっと、妃として嫁がせられるだけの事を令嬢にしてきたんだろうね」

「今夜がいくらエスコートフリーとはいえ、隣に行くだろう」

二人の言葉にヴィクターは、もちろんだとうなずいてレナの元へと歩を進めた。


「レナ、そろそろ挨拶も終わりでいいのじゃないか?」

「ええ、でも……あ、来たわ」


微笑んだレナの視線を追うと、そこにクリストファーとカーラを見つけた。


「良かった……二人一緒で」


「やぁ、レナ。遅かったかな?」

「いいえ、ギルモア侯爵閣下、お二人にはちょうど良い頃かと」

ホールはちょうど空いていて、目の不自由なカーラには歩きやすいはずだ。


「妃殿下から、使いが来たの。それから……王宮へ、姫君に会わせて頂いたのよ」

カーラとレナはいつの間にか仲良くなったらしく、親しげに言葉を交わしていた。


「そう、それでは。わたしの想像の通りになったと思っても良いのかしら?」

「ええ。クリストファーと婚約することに決めたわ」

カーラの言葉にレナは悲鳴のような歓声を小さくあげてカーラの手をぎゅっと握って頬にキスをした。

「おめでとう、クリストファー、カーラ」


「その声、ヴィクターね?」

「ああ、嬉しい報せが聞けて安心した」

「ありがとう、ヴィクターにもやきもきさせてしまったわ」

明るい声が、カーラの心を映し出していた。

「いや、俺は何も」

カーラは元々綺麗なのだが、今日は更に表情が明るいせいか輝いている。

「礼をしないとね、レディ レナ」

「お礼なんて。わたくしにするよりも、カーラを思いっきり構って下さい」

「じゃあ、君へのお礼はヴィクターに任せるとして、今夜は楽しませてもらうよ」


「ええ、ゆっくりしていって下さい」


二人が最後の招待客だったらしく、ホールにはヴィクターとレナの二人だった。


「わたしたちも行きましょ」


シャラシャラと微かな音を立てる衣擦れが、ヴィクターの耳を刺激する。


中では、すでにそれぞれの人の輪で会話が盛り上がっているようだ。

レナは、まっすぐにプリシラたちがいる一画を目指していた。


そこには当然、ジョエルがいる。

ヴィクターとレナの間に亀裂を生じさせる男だ。


「ヴィクター……今日は、側にいてくれる?」

不安に揺れる眼差しがヴィクターを見上げた。

「ずっと側にいるよ」


そう言うと、レナは微かに微笑んで左腕にかけていた手に力を入れた。


「楽しんで頂けていますか?」

「ええ、もちろんだわ。でも、今夜の若者たちが羽目を外しすぎないか心配だわ」

クスクスとアンジェリンが答えた。

「あちこちには使用人がいますし、見張りはたくさん配備してあるのです」


「みたいね」

「ねぇ、ジョエル、マリウス。お酒を取ってきて」

プリシラがそう言った。


「はい、わかりましたよ、いけない姫君方」

マリウスがそう言って二人で立ち上がる。

「レナ、あれって何?」

「どれでしょう?」


アンジェリンが向こうの方を指さしてレナが質問に答えている。


「ねぇ、どうする?素敵だけどいけないお兄さんが可愛い子を狙ってるみたい」

プリシラの言葉にヴィクターはまた絶句した。

「どうするも、黙って渡す気はありません」

仮にも自国の王家の姫にこんなことを話すなんて……。無視できないのが辛いところだ。

「どうやって?手強いわよ?」

「プリシラ殿下」

ヴィクターはプリシラを嗜めるように名前を呼んだ。

「今日は殿下はなしよ。幼なじみとしては、応援したい。でもレナの友人としては、毒牙から守りたい。複雑なの」

「忠告をありがとうございます」


「『好きだ、愛してる』ちゃんと言ってる?」

「今夜はそのアドバイスを貰う日のようです」

「あら……」

「ですが、私は忠告を貰わないと女性に好意を伝えられない男だと思われているとは心外です、とても」

「あら、言うわね」


「ジョエルが狙うのは、貴女とかと思っていましたが」

「そうね。相手として不足はないわ。私に相手を選ぶ自由はないと思っていたわ。でも、ギルセルドが風穴を空けてくれた。条件だけで相手を決める時代を終わらせるのはわたしたち王族の務めなのかも。例え無理でもしばらくは足掻いてみたいじゃない?」

「そう、ですか」


「ジョエルだって、父親が最初の条件だけでの結婚が破綻したことを知っているもの………じゃ、話はそれだけ」

「近い内に幼なじみを慰める役目をしていただく事になると思います」

ヴィクターは極めて淡々と言った。


「あら、強気ね」

「はい。誰が何と言おうと、俺には彼女だけなので」

そうに決まっている。

誰にも邪魔をさせないくらいに、自分さえ意思をはっきりさせてそして、行動を起こせば……。


「……わかったわ。その時はその役目をすることにするわ。余計な事を口出しした責任をもって」

プリシラは波打つ金髪に指を絡ませて微笑んだ。それは彼女の父のアルベルトに似ていて、不敵に見えた。


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