59,パーティーの幕開け
レナはメイドたちの手でアロマオイルを使ってマッサージをされていた。
バスルームは蒸気で立ち込めて、ラヴェンダーの香りが漂っていた。
「コルセットをはずしても随分細くなられましたね」
ミアの言葉に他のメイドたちも同意した。
「こちらではほとんど毎日なのだもの」
昼のデイドレスでさえ、ウエストは細いデザインなのだ。はじめは息苦しかったはずなのに、今ではないとむしろ心もとない。
それに、王都のメイドたちがレナに施すマッサージから脱毛からトリートメントまでをずっと受けていると、肌や髪はまるで大人になった気がした。
「それにしてもようございましたわ。ギルセルド殿下が王宮追放を解かれて」
メイドがにこやかにそう言った。
彼女の言うように、リリアナ王女誕生を受けてシュヴァルド王はギルセルドを王子として復権させる恩赦を出したのだ。
「ええ、本当に………良かったわ」
誕生したのが王女だったこと、それに、フルーレイスの軍事的活動が激化していることから、次の軍総帥となるギルセルドを求める貴族たちの声が大きかったらしい。
その発令と共に、レナが携わった〝ジュエリーボックス〟が発売されて一気にレナが流させた噂はほぼ真実かのように社交界へと広がっていった。
親王派であるウィンスレット公爵家やグランヴィル伯爵家も、武門派であるアークウェイン伯爵家も、リリアナ王女の誕生からずっと王宮へと出仕していた。
夜会へと行けばヒソヒソと話されるのはやはり、ギルセルドとセシルの事。収まっていたはずの二人への批判的な声が少しばかり混じる。レナにも、なぜもっと上手く、ギルセルドを惹き付けられ無かったのかと無遠慮に言う人も居て難しさを感じたけれど、レナは笑顔で答えた。
「レディ セシルは殿下が選ばれた女性です。決められたわたくしよりも、自分の意思で見いだされたのはとても次期総帥らしい行動をされたのだと思いますわ。それに……」
「それに?」
「結婚式から花嫁を拐うなんて、情熱的で素敵です」
こそこそと扇越しに言うと
「……実はわたくしも……少し想像いたしましたの」
既婚者の彼女は、10歳年上の夫がいて貴族らしい結婚をしている。
彼女の言葉に笑顔を向けて
「もう読まれましたの?」
「ええ、そっくりな話ですわよね?」
「わたくしもそう思いますわ。とても素敵な小説ですわ」
夜会へと行く度にレナはこうして、噂話に積極的に混じりに行き、批判的な声を変えるのに努力した。
そしてこのシーズンの終わりのレナたちの主催するパーティーが成功すれば、来シーズンのレナの立ち位置は高くなり、発言力は増す。だからレナの意見は社交界の意思となり二人への批判的な声は確実に押さえ込めるというわけだ。
そしてその日はいよいよ今夜へと差し迫っていて、メイドたちはアークウェイン邸の部屋でレナを磨きあげているというわけだった。
客人を迎える為に、レナの部屋には一緒に準備をしてくれたコーデリアたちも身支度をしていて、珍しくコルセット無しのドレスを着るのだ。
ミリアの作ったドレスは、素晴らしく素敵な仕上がりだった。
デビュタントらしく白っぽいドレスばかり着てきたレナにとってはとても新鮮であるし、それはきっと今夜参加する男女にも当てはまるだろうと思えた。
コーデリアは、上は薄いピンクに中のスカートはミントグリーンを合わせて、赤い長衣を重ねてとても華やかであるし、特に驚いたのはエリーだった。
地味な様に思われがちなエリーは、深い赤の民族衣装を身に纏うと、それに合わせた化粧をするとがらりと印象を変えて華やかな美女に変貌していたのだ。
これにはレナも驚いたし、コーデリアやジェールもとても驚いていた。
「エリー、あなたものすごく綺麗。今夜はきっと貴女が視線を集めるわ」
「……やだ、そんなの。恥ずかしいわ」
恥ずかしがっているけれど、くっきりとした褐色の目元は色っぽい。
アークウェイン邸の使用人たちが準備をしてくれた舞踏室は、異国情緒溢れる飾り付けがなされ、そして香りが立ち込める。
呼び寄せた楽団と踊り子がよりその雰囲気を高めていて、
「レナ、今シーズン一番楽しそうな夜会だわ」
ジェールが少し興奮しながら言った。
「わたしも、そう思うわ。それに……なんだかすでに開放的な気分だわ」
衣装一つで、がらりと変わってしまえた気がする。
エリーを見ればそれは一目瞭然で、アニスやメリッサも。それにシャンテルもキャスリーンもいつもよりもはしゃいだ声をあげている。
今夜は趣向として、エスコート役などは存在していない。それぞれが自由に話す相手を選べば良いのだ。
ただ、今回は招待客は厳選したし警備も厳重にしてもらっている。この邸でどんな些細な事件も起こしたくないからだった。
そろそろか、と思っていると馬車がやってくる気配がある。
今日はレナが主役として入り口で挨拶をするわけだ。
「頑張って、レナ」
コーデリアのエールを受けてレナは頷いた。
ジョルダンの言うように、この邸で女主人の様に振る舞う事は、未来を決定づけるような事である。気恥ずかしさはもちろんあるけれど、若い客人ばかりとあって緊張をする必要はないはずだ。
レナはホールへと到着する客人たちの方へと目線を向けた。




