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57,結末[victor]

 貴族院の終わったあと、ヴィクターはジョルダンを呼び止めた。


「グランヴィル伯爵」

「あぁ、ヴィクターか。私に用事が?」

「はい、少しでもお時間を頂けないかと」


「……うん。そうだな、今日はレナが王太子妃殿下にお会いしていて王宮に来ているんだ。帰りを待つつもりだから、その間話をしようか」

ジョルダンの返事に頷き、揃って王宮の方へと足を向けた。


王宮の外宮には、爵位のある貴族たちがこうした時に利用できるフロアがあり、そのうちの一室ジョルダンはヴィクターを伴って入っていく。


「さて、話をしようか」

何を話したいのか、探るような視線だ。


「聞きたいのは、ラモン伯爵夫人の一件がどう処理されたのかです」

「うん。気になるのは当然だ。……まずは座って」


ジョルダンは手ずから水差しの水をグラスに注ぎ、一口話飲んだ。

「ここから話すことは、必ず内密に出来ると約束をしてほしい。私は今回の君の行動を見ていて、そう出来ると確信してきちんと話すことにする。リディアーヌは、どうやら姉の恋人だった私に思い入れがあったようだ。その上、私と同じ年頃の夫は妻に無関心で……余計思い出は美化されたんだろう」


「確かに閣下に恋心を向けている感じでしたね」

そう言うと、ジョルダンは苦笑した。

「だが、イングレスに来てみれば、私は妻帯者だし、彼女と子供たちを大切にしてる。だから、直接的な行動は意味を成さなかった。そこで、彼女は娘の婚約者である君に近づいたわけだ」

確かに、ジョルダンはほとんどの時を領地で家族と過ごしていて、今シーズンはレナのデビューがあり、そしてトラブルが起こったから駆けつけて来たのだ。

王都へ出てきてからも、貴族院と最低限の社交のみの行動ではなかなか近づけなかったはずだ。


「確かにそれは成功したというわけですよね」

「そうだね。娘の婚約者に近づく女を無視をすることは出来ないだろうと、そうすれば目を向け関わりが出来る」


「じゃあ、本当に国に関わる事案ではなかったと」

全てが彼女の思惑に振り回されただけだとすれば、何となくやりきれない。

「いや、そんなことはない。現にリディアーヌがヴィクターに渡した情報は利用できる」

ヴィクターが得た情報は、ほとんどが主要貴族たちの噂話の域を出ないようなものだった。


「どこが、ですか?貴族の噂ばかりで」

「そうではないよ。あの情報を元にすれば内部からあちらの国を揺らがす事が出来る。すでに手は打ち、国王に不満を抱く貴族の一人に資金援助を、向こうに潜り込ませている商人にさせている。上手く行けば、外国に目を向けている状況では無くなるはずだ」

一見すればなんてこと無い噂話と変わりはなさそうに思えていた。それがそんな風に利用できるとは、考えてもいなかった。


「これが私たちの戦い方だ」

「たち……というと、ルークもそう(・・)なんですか?」

そう(・・)だ。分かってるだろうがレナにも決して悟らせてはだめだ」

「結婚したとしても、ですか?」


「そうだね、知っていると判断して接して良いのはアルベルト殿下、それにグレイ侯爵それからブロンテ伯爵。あとは宰相閣下だね。もしも諜報部の一員だと知られれば私は塔の中へ一生幽閉かすぐさま処理される」

そんな重要な事を、話すのはなぜかと……。信頼されていると思えば光栄だが、恐ろしくもなる。


「どうして信じられるんです?」

「君は独身で、まだ若く衝動に駆られやすい年頃だ。そしてリディアーヌは美しくて後腐れのない既婚女性でしかも外国人だった。並の男なら誘惑されて、そうでなくてもそういう機会を拒絶し続けるのは難しいだろうと思っていた。けれど君は、仕事として彼女を相手にしていたのか、それとも違う理由からかは知らないが……何にせよ、リディアーヌと関係しなかった。そうすれば、情報を得るのも簡単にいったかも知れないのに」

確かに、それが一般的な考えだろう。

だが、ヴィクターはそういう遊びはしたくないし、ましてや役目が有る身では出来ないし、そして何よりもレナという婚約者がいたからだ。


「なぜ、それを知っているのか……聞くのは愚問ですね」

きっと誰かがずっと見張っていたのだろう。


「まぁね。仮にも伯爵家の跡継ぎを簡単に失う訳にもいかない。君たちの動向にはずっと注意が向けられていた」


「そう、ですか………

―――――もしも私が情報得たいが為に、関係を持ったとしたら、閣下は私を信頼は出来なかった、という事ですね」

「いいや、その時はその時で、役目を果たそうとしたのだと判断したよ。それもまた相手との距離を縮める有効な手段な訳だから。だが、そうしなかった君のその真面目な堅さが、リディアーヌ・モンフィスの信頼を得た訳で、今回の事での働きは何も意味がなかった訳じゃなく、極めて良い判断だった。王太子殿下もそう思われるだろう」


「それは……褒めて下さってると」

「そうだ、私の言葉だけでは不服か?」

微笑を見て、いいえ、とヴィクターは返すしか無かった。

「ただ、父としては別の意見になったかも知れないな」

その付け加えられた一言に、やはりこういう方面の役割に対する結果というのは分かりづらく性に合わないと思った。


「もう一つ……立ち入った事を聞いてもいいですか?」

やや緊張はほぐれて確かめたくなった事があるのだ。

「あのあと、リディアーヌ・モンフィスとどうしたか、と聞きたいのなら。妻子に顔を向けられない事はしてない、という所だ」

何となく上手くはぐらかされた気がするが、これ以上は答えてもらえないだろう。



 ヴィクターは聞きたい事はあらかた終わったとそう判断して、そして、リディアーヌの件が片付いたなら話す事がもう一つある。


 だから、椅子を立ちあがり一歩近づいた。

「グランヴィル伯爵閣下、お願いがあります」

ヴィクターの変化に敏感に気づいたらしくジョルダンは体の向きを正面に向けた。

「……聞こう」


「貴方のご令嬢、レディ レナ・アシュフォードに求婚する許可を、頂けますか?」

「許可を与えよう」

それは澱みのない許可だった。

「ありがとうございます」

ヴィクターはきちんとお辞儀をした。


すでに婚約が成立している事は、お互いに分かっているが、その時はきちんとした手順を踏んではいなかった。そうしなかったことを、後々後悔したくないのだ。


「レナを幸せにしてやって欲しい」

「もちろんです」


「レナは近頃では、少しは頼ってくれるようになったけれど、本当の父親のようは甘えてくれたりしない。ずっとどこか我慢している。だから、今、心からレナに求婚しようとしてくれていて本当に嬉しく思ってる。レナは昔から君の事が特別だったから」


「ですが、はじめは反対されていませんでしたか?」

領地からこちらへやって来た時、婚約にはあまり賛成ではなかったように思えた。


「あの時はヴィクターもレナも、どちらも昔約束したから、それだけを理由に婚約したように思えたからかな。

結婚を急ぐ必要も無い状況だったし、うちやウィンスレットの力を使えばアンスパッハくらい押さえられる。

互いに互いじゃないといけない事もないと思えた。武門派はこれから中心となる派閥、うちよりも裕福な家の娘を選んでも良かったし、家柄良いの娘を選んでも良かったはずだ。レナだって後ろ楯を考えれば他にいくらでも考慮する相手はいたからね」


「それは……そうだったかも知れませんが」

「けれど、レナが白紙にはしないとはっきりと意思を持ったとき、確固たる望みが根底にあるのだと分かったし、ヴィクターにしてもとっさにそれを口にしたのは、約束をしたことへの責任感だけでも無いのかも知れないと様子を見る事にしたわけだ。簡単ではないが婚約は破棄することも出来るから、いざとなれば外国の大学にでも送り出すつもりだった」

「は?」


「悪いね、私は娘が大切なんだ」

微笑まれて、ヴィクターはゾクッとしながらジョルダンを見た。


「そうなってたら……」

「まぁ、色々とやりようはあった」


外国へ行って、何年も約束を果たそうとしない婚約者。それなら仕方なく破棄しても無理は無いように思える。男性はともかく女性の婚期は短い。


目の前のこの人なら、ヴィクターに罠に嵌めて外国へ自然と向かわせる事も可能だろう。

例えば、ちょっとした罪を作るとか、国内に居づらくされるのだ。


「それじゃあ、良い報告を楽しみに待つことにするよ」

「はい」


今回はきちんとした求婚をしたい。順番があべこべなのも、どこか自分らしいかも知れない。

まさか同じ相手に3回目の求婚をするとは、なかなかないだろう。


「さて、レナはそろそろ帰る頃かな」


そうして、従者に訊ねると

「グランヴィル伯爵さま、ご令嬢はただいま妃殿下の出産に立ち会われています」


という返事が返ってきた。

「閣下、私がレナを待ちます。送らせて下さい」

「分かった、任せよう」

ヴィクターはそうして、レナを待つことにしたのだ。

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