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56,光りさす

 王太子宮の訪問が叶ったのは、初夏の日射しが爽やかな日だった。

多くの人が行き交う王宮よりも王族の居住区は静かで時がゆったりと流れているようで、明るい日射しが柔らかに降り注ぐように木々が植えられている。さやさやと時折風が木の葉を揺らすのも心地よさを演出していた。


「妃殿下はあちらでお待ちです」


にこやかな侍女に示された場所はガーデンの一画で、木漏れ日の下にテーブルがセットされていた。フェリシアはそこでゆったりとした椅子、というよりはソファに身を預けていた。


先日にあったときよりも間もなく出産とあってお腹は大きくなって見えた。

「ひ」


妃殿下、と呼び掛けようとすると

「妃殿下はなしね。ついでに改まった口調も。もうそれは飽き飽きしてるの。一言でも言ったら扇を投げるわよ」

なんとも過激な言葉にレナは思わずクスッと笑った。

「相当鬱屈してるのね」

元々とても元気な……元気すぎるフェリシアの事だから、大事な王子か王女を身体に宿してる今は、周囲に言われるがまま大人しくしているのはとても辛い事なのだろう。


「分かる?」

レナは頷いて、フェリシアの斜め隣に座った。

「それでも今日はレナが来てくれるっていうから、仕返しじゃないけれど庭に席を用意させたわ」

自分の立場が理解出来るフェリシアはそれでも精一杯の我が儘を言ったのだろうけれど、なんだか可愛らしい。


「もっと我が儘を言っても叶えられそうだけれど」

「あのね、エリアルドはものすごく真面目な人なの。例えば具体的につまらないから本を持ってきてって言えば、軽く書斎を一室隣に作りそうなものよ?」

レナは冴えざえとした王太子の容貌を思い浮かべた。銀に近い金髪や、切れ長の青い瞳は整いすぎていて、どこか冷たく、王族らしくて高貴で近寄りがたい印象をうける。父王譲りで生真面目だという噂も聞いた事があるから、そんな事をしそうには思えなかった。


「そうなの?」

「多分ね」

フェリシアは肩を竦めた。

「結婚して、しばらくはお互い誤解もあったけど、それが解けてからは彼は私に甘いの。例えば美味しいお菓子が食べたいって言ったら、自らお店を買いに走りそうなくらいには」

「それは、また凄い溺愛ぶりね」

でしょ?とフェリシアは微笑むと、どこか幸せそうな表情になる。


「そうそう、レナ。聞いたわ、パーティーの事。仮装パーティーなんて楽しそうだわ、来年是非して私を招待してね、エリアルドも変装させて参加するわ」

「ええっ!?」

「ブロンテの領地のお祭り、とうとう参加出来なかったのだもの。王都でのくらい良いでしょ?」

ブロンテの領地での祭りといえば、女の子は16歳になれば、物語の主人公を模した華やかな仮装をしたりして踊るのだと聞いた事がある。デビューしてすぐに嫁いだフェリシアにはそれは許されることはなくなってしまったのだろう。


「来年、ね」

まだあと、そのパーティーが残っていて、このシーズンはとても大変だったのだから、来年のシーズンの事まで考えたくないのが本音だった。けれど、ここで王太子妃としての務めを果たしているフェリシアの事を思えばそれくらい何でもない。


「分かったわ、フェリシアの為に企画することにするわ」

「ありがとう、楽しみにしてるわ」


そこまで話した所で、フェリシアにカーラの事をどう切り出すか、レナは迷い、思いきるしかないと軽く姿勢を正した。

「あのね、フェリシア。こんなことを聞くのはとてもためらうのだけれど、カーラ・グレイをどう思う?」


「カーラ・グレイ?」

いきなりの話にフェリシアは目をぱちっと開けた。

「―――――正直に言えば、気にくわないひとよ」


「えっ、それは嫌いっていうこと?」

カーラの考えは間違っていなかったのかと、動揺してしまう。


「こう言えばいい?レナはリディアーヌ・モンフィスと仲良く出来る?レナは彼女の事なんてほとんど知らないから好きか嫌いかで言えば、嫌う理由なんてないわけでしょ?でも、自分の夫や恋人が楽しそうに親しく話す女性なんて気にくわないのが当たり前じゃないの?」

それはわからなくはない。

例えばヴィクターが、リディアーヌに限らず、エリーと楽しそうに話していれば、例え好ましく思っていたって焼きもちは妬いてしまうだろう。


「分かる気はしてしまうわ」

「エリアルドに言わせると、幼なじみ。単なる、それだけだそうね」


「カーラは、貴女が嫌ってるからギルモア侯爵閣下と結婚は出来ないと言っているわ」

「ええっ!そうなの?……それは、なんだか申し訳ないわ。まさかそんな風に思うなんて」

「未来の王妃に嫌われてるから、マールバラ公爵家の為にならないって言っていたの」

レナがそういうと、フェリシアは困ったように眉を寄せた。


「誤解だわ……。グレイ侯爵家へ手紙を書くから待っててくれる?一度部屋まで戻るわ」

令嬢らしからぬ行動力のあるフェリシアだけあり、思い立てばその動作はとても素早い。


大きなお腹をものともせずに立ちあがり足取りも颯爽としつつも優雅に歩き出した。

「一緒に来てね」

庭を足取りも軽く、レナの歩く速度と同じくらいの速さで建物の中へと足を踏み入れた。

回廊を歩き、緩やかなカーブを描く階段を上っている最中で、フェリシアは突然歩みをピタリと止めた。


「どうしたの?」


「ん……もしかすると産まれそうかも」

その言葉に慌てて見回し、近くのメイドに知らせるように言いつけた。

「え、大丈夫?部屋まで歩ける?」

「歩いてみせるわ」


部屋までたどり着くと、机へとゆっくりと進んで、

「ちょっと待って、書くから」


「書くって、そんなどころじゃないでしょ?」

「平気よ、すぐには産まれる訳じゃないもの」痛むのか、大きく息を吐くフェリシアを見ながら、レナは腰の辺りをさすった。


「うちの母は、陣痛の合間に水を飲んだり食べたりして体力を回復させなさいって言ってたわ。だから手紙くらい書けるわよね?」

食べるのと書くのはなんだか比べるのが違う気がするけれど、レナはひとまずシンプルながらも質の良いドレスの紐に手をかけた。

「フェリシア、ドレスを脱がせるわね」


身体の強ばりがほぐれて痛みの波が引いたのがわかり、背中のボタンを外した。寝室のチェストから白いネグリジェを出してきて着替えを手伝った。


また痛むのか額には汗が浮かび、苦しそうな声が溢れる。

「思ってたよりもずっと痛いわ、初産は時間がかかるのよね」

「そうね」

レナは母の出産を立ち会ったし、領地で母と共に領民の出産を手伝ったこともある。それはきっとフェリシアも同じで、だからか思ったよりも落ち着いていた。


ベッドに横になったフェリシアに寄り添い、レナは痛みの波にあわせて和らぐ箇所を押した。

「それ少し楽になるわ……ありがとう。お陰でちょっと落ち着いてきたかもしれないわ」


結っていた髪を楽なようにほどいて、一つに編んでいる所で、女官長をはじめとして産婆や医師が続々と白衣を身につけて入ってきて、一気に部屋は産室へと変わっていく。


「妃殿下、少しお産の進み具合をみますね」

産婆と言うにはまだ若そうで、母と同じくらいかと思えた。

「ええ、いいわ」


人が押し寄せ、レナは所在を無くしたけれどこの状況で帰るとも残るとも判断しづらく、隅の方へと立ち尽くしていた。


「レナ……痛いから、何でもいいから話してて」

えっ?と思いつつも女官長たちに視線で肯定されて側に寄ることにした。


「じゃあちょっと、昔の話よ。ブロンテの領地でヴィクターがバッタを籠にたくさん捕まえた事があったでしょう?それをどうしたか覚えてる?」

とっさに思いついたのは、まだ幼い頃のことだった。

「バッタ?」

「そう」


「ん~………あぁ、思い出したわ。それ、ジェールが客室の寝室に逃がしちゃったのよね」

部屋中にバッタがあちこちに飛び回り、メイドたちが悲鳴を上げた。その騒ぎを聞きつけたのは、それぞれの母だったが、こういうときにがっつりと怒るのはもちろん先代のブロンテ姉妹の長女のレオノーラで、当然矛先は……彼女の息子だった。


「そう、それでヴィクターがレオノーラ様にめちゃくちゃ怒られちゃったの」

「そういうとき……ヴィクターって、代表して怒られてくれるのよね」

フェリシアは痛みを逃すために、会話に集中しようとしているらしい。


はじめの方こそ、とりともなくそんな話をしながら、過ごしていたけれど少しずつフェリシアの余裕は失せていく。

そうして、とっぷりと日が暮れた頃ようやく元気な産声が部屋に響き渡り、一同のホッとした息があり得ないほど同時に出た。


「妃殿下、元気な姫君でいらっしゃいます!」

産婆の嬉しそうな声でフェリシアはにっこりと微笑んだ。

「ねぇ、レナ。多分廊下に殿下が待ってるはずよ。顔を見せて来てくれる?」

「先にあなたが抱かなくていいの?」


「はじめては、父親にと思ってるの。だから、私は後で思いきり抱っこするわ」

レナは沐浴を済ませ白い産着を着ておくるみにくるんだ赤ちゃんを侍女から受け取り、廊下へと出た。


そこにはフェリシアの言った通りのエリアルドに、そしてショーン・アンブローズとそれにルーファスが待っていた。

「王太子殿下、おめでとうございます。姫君でいらっしゃいます」


長身のエリアルドは少し屈むようにして、レナの腕から小さな赤ちゃんを受け取った。

「フェリシアは大丈夫だろうか?」

覚束無い手つきだが、すっぽりと腕に収まった。

「はい、お元気でいらっしゃいます。とてもよいお産でした」


「良いとか悪いとか、あるのか?」

小さなルーファスの声にレナは微笑んだ。

「母子ともに無事なのは全て喜ばしい事です」

おくるみにくるまった赤ちゃんは、淡い金色の柔らかそうな髪はふわふわとしているし、皮膚はまだ赤い。目元はまだ浮腫んでいて開いてない。

「うーん、まだなんというか顔がよくわからないな」

ショーンは腕の中を覗きこみながら呟いた。

「まだ生まれて間もないのですから。時間と共にお顔立ちがはっきりとしてきて愛らしくなりますわ」


「ずっと付き添っていてくれたと聞いた。貴女もご苦労様だったね」

エリアルドが心底から幸せそうな微笑みを浮かべて、レナは内心以外に思った。

そうすると、冷たい印象はまるで消え失せていたからだ。

「いえ、ほんの少しでもお手伝いが出来てわたくしも喜ばしく思います」

知らせが届いたのか、国王のシュヴァルドとクリスタ王妃もやって来て、一礼をして一歩下がった。


レナはその場を離れて、フェリシアの元へと戻った。

「お疲れ様ね、殿下はフェリシアが大丈夫かと心配されていたわ。それから先ほど両陛下もいらっしゃったの」

「そう……長く付き合わせてしまってごめんなさい。もう帰ってしまう?」


「ええ、姫君の誕生に立ち会えて良かったわ」

「レナも、じゃあ続いてね」

軽く返されて、レナは目を見開いた。

「それは……」

「前向きに、ね?私はちゃんとしておくわ、カーラの事」

「ええ、お願いするわ」

「レナ、今日はありがとう」


女官長にもお辞儀をされて、レナはとっぷりと日が暮れた王宮を歩いた。

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