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55,刺繍糸

 お馴染みとなりつつある顔ぶれでのレナのサロンで、めいめいが刺繍を刺しながらいるとキャスリーンが思いもしない噂を口にした。

「レナ、例のフルーレイス美人次はルーク・ゲインズと親しくしているみたいよ」


「例のって……じゃあ」

エリーが心なしかホッとしたような表情を見せた。

「じゃあもう、ヴィクターとは会ったりしていないのね」

コーデリアがレナの方をそっと窺った。


ルークと言えば、ヴィクターとは同じ年頃の美青年で、さらに言えばヴィクターと同じくらい女性を惹き寄せる。ただ家柄がヴィクターの方が高い為にルークの方が、より幅広い女性たちに近寄り易いとも言えた。


「そういえば……最近は会ったの?」

シャンテルの言葉に

「ええ、勿論」

会うには会ったけれど、それは本当にそれだけ。アークウェイン邸で、執事にお礼の品を渡し、そして打ち合わせをして帰る時に「来てたんだ?」「ええ、もう帰るところなの」と言葉を交わしただけだ。


レナにしても、顔を合わせにくい事情はある。それはやはり、後ろめたい事があるからで……。ジョエルとの間にあったことを割りきれるほどの時はたっていない。

例えヴィクターがリディアーヌと会わなくなっても、二人の関係がそれ以前と同じようにはいかなくなっている。


「そう、レナは妃殿下のお見舞いに行くのよね?」

エリーがさりげなく話題をすり替えた。

「ええ、そうなの。もうすぐご出産も近いご様子でしょうし」

「若いのに妃殿下は重圧でしょうね」

メリッサが手元の刺繍を少し確かめるようにしてみながら、そう言った。


「王子がお生まれになるか、王女がお生まれになるか。今の王家には早く王子が必要ね」

アニスがハッキリとそして続けて核心をついた。

「だって、ギルセルド殿下は社交界にもデビューしていないような令嬢と婚約して、追放されておしまいになったのだもの」

現在の状況としては、王宮から追放されたギルセルドは王位継承権から外されている。つまりは、エリアルドの次の王位継承者はウィンスレット公爵家のフェリクスに、そして次いでジョエルとなってるわけだ。


「でも今回の追放は……その、結婚式から花嫁を拐ったからで、セシル嬢のせいでは無いでしょう?」

シャンテルがセシルの事を擁護したかのように思えてレナは少し驚いた。


「社交界に出てなかったのは、ご家族が病弱だったせいだとか」

キャスリーンがそう食いついて話を繋いできた。やはり思った通り話したくてウズウズしていたようだ。


「まぁ、キャスリーンは詳しいのね」

エリーがゆったりとした口調で話を持ち上げた。こういう所は、エリーの貴重な才能だといえる。


主人(あるじ)が病弱だと、貴族らしくはいられないものですものね」

コーデリアが切々と相槌を打った。

「ええ、近頃はそんな話は珍しい事でもなんでもありませんわ。なんでも、殿下との出会いはさる高貴な方のお屋敷だったとか。その時は身分の違いに何も約束もせずにお別れになったそうですけれど、殿下はお忘れになれずに探されたそうですわ」

ほぅとキャスリーンは吐息を吐いた。

「こういうのを聞きますと、わたくしのような目立たない家の娘も高貴な方に見初められる事があるのだと思うことが出来ますわ」

にこにこと話すキャスリーンの手元は、お世辞にも美しい薔薇は出来ていない。


「周囲の方が、釣り合う方と結婚させようとされたのを知って、まさか式の最中に花嫁を拐ってしまうなんて………わたくしもその場に居たかったものです」

「呆れたわ。貴女、妃になりたかったのではないの?」

シャンテルがそう言い、もはやその手は針を持っているだけになっている。


「それは……あわよくばとは思っていたわ。けれど……レナが居たものね。でも、いいのよ。レナはさっさとヴィクター卿と婚約が決まったのだし、わたくしたちにはまだまだ将来有望な独身の貴公子たちがいらっしゃるもの」

キャスリーンはちらりとエリーとコーデリアに目を走らせた。

20歳の適齢期の二人に含みのある視線だった。


「レディ エリーなら、王太子妃も望めたでしょうに」

アニスの言葉に

「身分だけでその立場に立てるわけではないわ」

「心が広くていらっしゃるのね。侯爵家の令嬢が…ろくに社交界も知らない令嬢の下になるのに?」

「アニス、レディ セシルのお母君はレディアンブローズよ」

「もう前時代のレディではないの?」


確かに、若い世代とはあまり交流は無いとはいえ、アンブローズ家の力は大きい。そして少し年長の夫人たちには絶大な信頼を得ている。


「アニス、アンブローズ家のご子息は王太子殿下の側近よ。レディ セシルはその妹、そんな事を言うべきではないわ」

レナはやはりそういう意見が出たかと思いつついると、年長者であるコーデリアがやんわりと嗜めた。

「確かにそうね、アニス。それに………そのお二人もまだ独身だし、婚約もしていらっしゃらないわ」

メリッサが上手く宥めた。その言葉にアニスは色めいた目に一気になった。


「確かにそうだわ。妹を悪く言う女性には気を悪くされるかも知れないわね」

そう呟けば、アニスの批判は一気に収まったようだ。


「そういえば今日は、どなたかいらっしゃらないの?」

そわそわとキャスリーンが言うのは、誰かレナを訪ねてくる男性の事だ。

「ええ、今日は……どうかしら」

ここに来れば、高位の貴族男性が出入りするというのはこれまでにもあったことで、それを期待しての言葉だった。


そんな風に話していると、まるでタイミングを見計らったかのようにバレリオがやって来た。

「今日は皆様が刺繍をされているとお聞きしたそうで、シルヴェストル侯爵閣下から贈り物でございます」


美しい艶々の木箱には、色とりどりの刺繍糸がグラデーションを描いていた。

「ジョエルから……今いらしてるの?」

「いえ、使いの方が」


そう、とレナは頷いた。

こんな場では……断る訳にもいかない。

現に今、皆そろって感嘆の声をあげて刺繍糸に手を伸ばしている。


「では使いの方にお礼を」

「はい、心得ております」

レナは刺繍枠をしたままの布を置いて、仕上がりを眺めてみた。


ずいぶん仕上がってきたそれは、ヴィクターのチーフで、白に銀糸で紋章とイニシャルを描いている所だ。ユニコーンがなかなか上手く仕上がったと思う。レナは令嬢としての嗜みで身につけるものの中でも刺繍は割合上達したほうだ。ピアノや声楽や絵画など芸術的なものはいずれも恥ずかしくない程度だ。


「どうしたの?疲れてしまったの?」

コーデリアがレナに聞いてきた。

「そうみたい。休憩した方が良いのかもしれないわ」

針をピンクッションに刺して、レナは刺繍糸の中でも最高級なその老舗メーカーのロゴを見つめた。それも同じ色合いでも何種類も揃えてありかなり品質のよい刺繍が仕上がりそうだ。


刺繍を大得意としているエリーやシャンテルは、微妙な色合いに目を輝かせて今刺している刺繍を続けている。


「レナはもう仕上がってるじゃない」

コーデリアはレナの置いた布を見た。

「そうなのだけれど、もう少し飾りを刺そうかと思ってるの」

刺すなら同色の白で縁を飾る模様をと考えていた。

こんなことをされたら………弓月を見なくても、否応なしに思い出さざるを得ない。

本当に、狡い(ひと)だ……。



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