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4,王子は結婚適齢期

 ここ数年あまり王都へ出てこなかったレナは、ジョージアナの付き添いが無くては、あまりにも世間知らずだった。


「緊張することはないわ」

そう言われても、つい先週に行われた、クリスタ王妃への謁見も緊張しすぎて記憶に残らないほどで終わってしまっていた。ジョージアナが居なくては、レナは足を動かすこともままならなかったに違いない。


 そしていよいよこの夜は、王宮でのデビューを迎えていた。大人の世界へと足を踏み入れるのだ。


 デビューのエスコートはウィンスレット公爵の弟にあたるマリウスで19歳。伯母であるジョージアナの弟でもあり、年が離れているのは、母親が違うからだ。

マリウスは金褐色のさらりとした髪をしていて、瞳は紫色で美しくて、まだ若いのにどことなく匂い立つような色気がある。

王都に来てから、レナはこのウィンスレット公爵家の兄弟たちと度々顔を合わせていた。エスコートを頼むジョージアナの計らいだった。


「デビュタントのエスコート役としては、まだまだだけれど……」

マリウスは穏やかに微笑みながらレナの前に立ってすこし見下ろしながら、話しかけてくる。

「私は君からみれば叔父のような立場だから」

いたずらっぽく言い、レナを笑わせる。

「だから遠慮しないで腕に掴まって。ウィンスレットを狙う女性たちは、兄のジョエルだし私は気楽な身分で……エスコートされる君は嫉妬に晒される事もない。適役だろう?」

レナを安心させようというマリウスの心遣いに、

「よろしくお願いします」

と、ようやくレディらしく、笑みを浮かべた。


王宮の大広間の扉が開いて、デビュタントの少女たちは招き入れられる。レナもまたマリウスと共に拍手で人垣に迎え入れられた。

デビュタントは一目見ればそれとわかる、白のドレスと花冠だ。

一人ずつその意匠は違っても白はデビュタントの色。


そして会場に華を添える人々の中に紛れると続いて王族の方々の入場してくる。

そのきらびやかな高貴で美しい家族に、レナは目を奪われため息をついた。

国王 シュヴァルドとそして、並ぶのは美貌の王妃のクリスタ。

そして王太子のエリアルドとその隣にはすらりとした肢体に美しい顔をもつ少女、

「フェリシア……っと……妃殿下……とても綺麗」

レナは幼馴染みでもある、王太子妃 フェリシアを見て呟いた。彼女はもう、名を呼び捨てにして良い身分ではなく、レナは妃殿下と言い直した。

「ああ、そうか。幼馴染みだったね」

「はい」


たった一つ年上なだけで、フェリシアはとても大人びて見えた。

凛としたその美しさは、隣に立つエリアルドの冴えた美貌の王子と相まって完璧な一対に見えた。

「婚礼はさぞ素晴らしかったでしょうね……。見れなくて残念だったわ」

去年は社交シーズンを領地で過ごし王都へは来なかった。それはローレンスが生まれたばかりだったからだ。


「確かに……王族の方の婚礼は、特別なものだね。しかし、ギルセルド王子の妃の座は空席だ。君はそこを望まない?」

ギルセルド王子、と聞いてはっと助けてもらった時の事を思い出す。しかし黒髪の青年の姿は無かった。

もう、人々の頭の向こうに行ってしまった王族の方の方をレナは視線だけを向けたがもちろんもう、見えるわけもなかった。


「まさか……そんな」

レナは小さく首を振ってあり得ないと笑った。


「女性なら、そこを望む人は多いのだけれどね」

「それは……そうなのでしょうけれど」


 年頃の近い王子が、独身でありしかも婚約もまだという状況があるとすれば、ほとんどの貴族女性がその地位をほのかに夢見ても珍しい事とは思えない。

この国の王子とあんな風な形で言葉を交わすなんて、想像もしなかった。


 舞踏会の幕開けを告げる王族のダンスは、見惚れているうちに終わりレナはマリウスに促されてダンスの輪へと足を運んだ。


ギルセルドと思わしき男性は、助けてもらった青年と結びつかない。それは彼が黒髪ではなくて、金髪なのと服装もそして堂々とした王子らしい振る舞いもまるで別の人のようだったからだ。


マリウスと手を取り合い向き合うと、はじめてジョルダン以外の男性と踊る事を思い出す。熟練者らしく洗練されていたジョルダンと少し違い、マリウスはどこか溌剌としていて若々しいステップだ。


「良かった、緊張しすぎて足を踏まれなかった」

くすっとマリウスは笑って、レナの表情を柔らかに綻ばせる。


デビュタントの少女のなかには、緊張のあまりエスコート役の男性の足を踏んでしまう事があるのだとレナも知っていた。マリウスはそういう軽い冗談で緊張を解すのが上手だとそう思った。


 さぁ、次のダンスの相手へと意識を向けた時、レナはジョージアナに声をかけられる。

「レナ、少し殿下にご挨拶に行きましょう」

「え?でも」

デビュタントの少女の場合、ほとんど全ての曲にダンスの相手はほとんど決まっていて、自分でダンスの相手を探すことはなくて、逆を返せば突発的に他の予定は入る余地はないとも言えた。


「ダンスの相手の事なら、私がきちんと説明しておくよ」

肘に置いていた手をそっと、送り出してマリウスは笑みを見せた。



ジョージアナとフレデリックに案内されて、レナはギルセルドの居る辺りに向かう。そこは紳士たちの集まりで、レナは気後れをしてしまう。

そして、

「ギルセルド殿下」

とそうフレデリックは、談笑していたギルセルドに近づき呼び掛けた。


「こんばんは」

ギルセルドは今夜は金髪であり、この前の黒髪は(ウィッグ)だったのだ。近くで見ても髪の色が違うだけでまるで別の人の様。この前はお忍びの装いだったのだとレナはそう判断した。


「こんばんは……今日はいい夜会ですね」

フレデリックがどこか愛嬌のただよう人好きのする笑みを見せた。

「そうですね、アシュフォード侯爵」

「殿下……先日は姪がお世話になりました」

ギルセルドの目がレナを捕らえてそっとお辞儀をする。


「いや……たまたま居合わせただけで」

ギルセルドは少し声を低くした。そこには無かった事にしていないフレデリックへの合図が込められているのだろうか?


ジョージアナにそっと背を押されて、レナはフレデリックの少し後ろにならんだ。

「ギルセルド殿下……、ありがとうございました」

緊張して、きちんと微笑む事が出来たかどうか……。

「いや……私は何も………お気になさらず。今日は楽しんでおいでですか?」

「はいとても」

王子らしく華やかな容姿と、高貴な男性らしく美しい発音とそして漂う雰囲気はあまりにも完璧に見えて、レナは前に立つのが一気に恥ずかしくなってしまった。

「では……デビュタントのレディ……私と踊っていただけますか?」

礼儀としてそう言われたのだと思いながらも、断れる訳がない。

「喜んで」

レナは差し出されたその手を取った。


ギルセルドが突然デビュタントをエスコートしたからか、目線が集まり、レナの緊張は最高潮に達していた。


だから、彼の顔をまっすぐに見ることは難しくて、ちらりと袖口から覗く青く輝くカフスボタンが目に入る。

「素敵な……カフスですね」

上品で、趣味が良いとそう思った。

「ああ……気に入っているんだ」


そう言ったギルセルドがどこか冷たいような綺麗な笑みを浮かべたので、レナは余計な事を話してはいけない気がして、それ以上言葉を無くしてしまったけれど、代わりにギルセルドは笑みを浮かべてレナを優雅に踊らせてくれたのだった。


「殿下とは、上手くお話が出来て?」

ジョージアナにそっと尋ねられる。

「いいえ、緊張してしまって……」

「そう……でも、とても素敵に踊れていたわ」

珍しく褒められたような気がして、レナは更に何故か緊張してしまう。


ジョージアナにまたマリウスの元へと帰されて、

「マリウス、レナをお願いね」

「もちろんです。姉上」


マリウスは、ジョージアナに笑みを向けてそれからレナを見る。

「さ、レナ。これからが本番だ、今日は足が限界になるまで踊らなくてはならないよ、覚悟して」

と美しい表紙のダンスカードを渡してきた。


深い紺色の表紙に、金色の紐飾りがついていてそれはとても綺麗な物だった。曲名の横には男性の名前が書いてあり、レナが誰と踊るのかが分かるようになっている。


その……名前の中に[ヴィクター・アークウェイン]のサインを見つけて、レナは思わず周りを見渡した。

たくさんの着飾った紳士淑女のいるなかで、今の姿を知らず少年の面影を探すのは、無茶というもので……。もちろん見つからないものだった。


けれど……。


再会の時は、すぐそこに迫っていた。

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