48,水面下の動き [victor]
キースの手配により、ジョルダンとの対面はすぐに実現した。ヴィクターがグランヴィル伯爵邸を訪れた時、ちょうど玄関ホールにレナが立っていて、客人たちを見送っていた。
若い令嬢たちのお茶会らしく、レナの装いは流行のすっきりしたウエストラインを強調した愛らしいデザインの物だった。キースと共に、ジョルダンの部屋へと通されると、挨拶もそこそこに話は始まる。
「話というのはリディアーヌ・モンフィスの事であってるかな?」
無駄を省いているのは、これが社交の場でないからだろう。
スピード感のある言葉運びが新鮮でさえある。
しかし、この人はどういう頭の構造をしているのか?そんな関心をさせられる。
「ああ、その件だ。ジョルダン・アシュフォードの力を貸してほしい。その件を片付けたいが、今のところ策は上手く行っていない。八方塞がりだ」
キースがあっさりと言ってのけてしまい、分かってはいたが情けなくなる。
「すでにご存知だろうが、レナとの仲もそのせいで拗れそうです。私としては伯爵閣下を頼ってでも早くに解決させたい」
ヴィクターは覚悟を決めて、気持ちを伝えた。
「ヴィクター、悔しいかもしれないが、今回はもしかすると、私たち全員が見当違いをしていたのかもしれない」
これまであまり、挫折というものを知らないヴィクターが、人を頼る事を悔しく感じているのをジョルダンは分かっているようだった。
「見当違い?」
聞き返したのはキースだった。
「リディアーヌ・モンフィスは、フルーレイスの意思に沿って動いてる、またはイングレスの内情を調べてるか、機密を持っているかなんにせよ、国にかかわる人物だ、と考えた事が」
そうだとすれば、リディアーヌは単なる一女性に過ぎない、という事になる。
「つまりは、ヴィクターが彼女の誘いに乗ったのは全くの無駄というわけか?」
キースの回答は、ヴィクターを渋面にしてしまった。順調だったはずのレナとの関係をぎこちなくさせられて、それが全て無駄だとは……。
「彼女はレナに接触をしてきた。なぜそんな必要がある?そもそもなぜヴィクターに近づこうとしたのか……。確かに、ヴィクター・アークウェインは武門派で有力貴族の一人だが……はっきり言えばまだ成人前の若造だ。近づくメリットと言えば、ヴィクターを通して、他の友人へ渡りをつけるのが目的だと考えられた。ヴィクター、レナは何を話したと言っていた?」
「何も、ただ、ルージュの色が合ってないと言われたとか……」
それに、何の意味があるのか、それともないのか、ヴィクターにしても混乱するばかりだ。
レナに聞いたのなら、何を話したのかジョルダンは知っているはずだが……。
なぜリディアーヌがレナに接触をしたことを知っているのか?
あの場に、いたのはあと一人。
レナの付き添い人だ。となれば、あのアドリアンによる危機があった時あれほど早くに王都へこれたのか、納得もいく。
ヴィクターたちが自分達の事で手一杯だった時、彼女はいち早く報せを出したのだ。
「……本当に、純粋にヴィクターと一緒に居たかっただけなのか……。少し調べる必要があるな」
ジョルダンはそれだけを言うと、
「少しだけ時間をくれるか?それまではこれまで通り彼女との接触は避けずに居てほしい」
現状維持に、ヴィクターは軽くため息をついた。
それにジョルダンは困ったように笑うと、
「出来るだけ急ぐ。だから待って欲しい。だけど本音を言えば、レナの為に頼ってきてくれた事は親としては嬉しいと感じる」
それにヴィクターは、何も言えずにただ頭を下げた。
「ヴィクター。お前は先に帰っていい」
キースがそう言えば一人先に部屋を出るしかない。そして、自分には聞かせられない内容を話すのだろう。
「分かりました」
対面を終えて、再びホールに出てみるとそこにはレナの後ろ姿と、その目の前にはジェイラスそれにジョエル、ルーファスの3人の男たちと手には花束と傍らには贈り物の箱があり、その状況を察すると、一言で言えば『不愉快きわまりない!』だが、何と言えばいい?
別に妻や婚約者でない相手に花や小物を贈ることは、いけないことでも何でもない。まして彼らは、レナの身内といっても差し支えない間柄だ。
ただ嫌なんだ、そう言うにはジェイラス、ルーファス、何よりもジョエルの前で言うのは子供っぽく思えてヴィクターは何も言うことが出来ずにいたが、その事がまた自尊心を傷つけた。
婚約者だという立場を強く押し出す事は可能だ。
だが、彼らを相手に真っ直ぐに迷いなく宣言出来ない事をするべきではない。三人は今、敵には回らない。もしも、今心の赴くままにレナに近づくななどと示せば、彼らの信頼をも失う。それはもっと悪いことだ。
―――――落ち着け
ヴィクターはそう自分に唱えた。
事態はそう、悲観するほど悪くないはずだ。
一見、何も変化は無くとも、父もジョルダンもすぐに動くはずだ。
もしも……戦いが起きれば、その時はまた自分の力を尽くすだけだ。国同士のぶつかりを不必要なまでに恐れはしない。
血が騒ぐ心地さえ感じる。
今のイングレスの王宮の方針は出来るだけ無用な戦いをせずに内政で解決するといことだ。
今回実際に、その役割をせよと言われて試みたが、それは容易い事ではなかった。今回は、相手が女性で、それも本当に敵かどうか?だった。
自分には向いてない、そもそも腹芸に長けていない。情けない、歯痒い、力不足だったと痛感している。
けれど今は、それが分かっただけ、その分努力すれば良いと鼓舞した。力を、つける。
足りない分は今は、借りるしかない。今はただ、それだけだ。
成すべき事を成せ。高貴なる責務を、忘れてはならない。




