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43,オペラの夜

 昼が過ぎ、夕刻へと差し掛かろうかという時にレナの元へ贈り物の箱が運びこまれた。


「レナお嬢様、ヴィクター・アークウェイン卿からです」

従者が届けてくれたのは、大きな箱に華やかな色とりどりの花束と、それからジュエリーボックスだった。

「まぁ、とても綺麗」


ミアが思わず、といった風にレナよりも先に声をあげた。

「華やかでそれでいて愛らしくて、お嬢様のイメージに合いますね」

にっこりと微笑みかけられて、レナはその花を見つめた。

ローズカラーとオレンジ色のバラ、小さな品種のピンクのバラ、ピンクとオレンジのカーネーション、パープルのデルフィニウム、それから花を引き立てるかのような綺麗なグリーン。

淡い色合いだけれど、同じピンクとオレンジでも花の種類が様々でとても美しくまとまっている。


「こちらも」

ミアが開けてみせたジュエリーボックスの中には、金の細工がリボンのようなモチーフと花のようにパールとダイヤ、それにガーネットが配置されていてとても綺麗なネックレスとイヤリングが入っていた。


「今日のドレスにとても似合いそうです」

満面の笑みのミアに、レナは準備されているドレスを見た。確かにボリューム感といい誂えたようにしっくりと似合いそうに見えた。


そういえば、とレナはミアがドレスをどれにするかと尋ねてきていた事を思い出した。

「ヴィクターに今夜のドレスを知らせたの?」

「いいえ、まさか!」

ニッコリと頬笑むとミアは

「ぴったりなものを贈れるほど、きちんと考えていらしたのですよ」

ととんでもない、とばかりに否定した。

「……ヴィクターには知らせてないけど、他の誰かには知らせた?」

「私がお嬢さまの事を、ペラペラと話すとお思いなのですか?」

ミアが悲しそうなので、レナはそれ以上問うのを止めた。

「わかったわ、そんなつもりは無かったの」


ミアはいえ、と頷くとドレスを広げてレナの手をとりその輪の中に足を通させて、背中のボタンを一つ一つ丁寧に留めていった。

「楽しみですわね、オペラははじめてでいらっしゃるのでしょう?」

「ええ、そう………でも、昨日の今日だと思うと」

「緊張されてるのはきっとヴィクター卿の方ですわ。そうでなければこんなに贈り物をして、レナお嬢さまの気持ちを和らげたいとは思わないものでしょう?お嬢さまはいつものように、鷹揚に構えていらっしゃいませ」

ミアのしっかりとした言葉に、なんて上級のメイドらしくなったことかと感心してしまった。レナがこの半年で変わったようにミアもまたとても変わったのだ。


身支度の終わる少し前に、従者であるサージェントがヴィクターの来訪を告げてきた。ミアは焦る様子もなく、柔らかな曲線を癖付けたレナの髪を結わえていく。白い肌に巻き髪が幾筋か曲線を描いて女性らしい髪型に仕上げていった。

どうやらさっきから、神経質なほどに整えているのは待たせるつもりのようで、それはミアが少々主人であるレナと同じく主人の婚約者としては思うところがあるらしい。


「ミア、もう髪はこれでいいわ」

「ええ、では最後にこちらをお付けして終わりですわ」

こちら、とは今夜届いたアクセサリーたちだ。


「ええ、それでお願い」

ミアの手で、オペラへの完璧な装いが整いレナは手袋をして扇とレティキュールを手に持ち部屋をでて、階下にヴィクターを見つけた。


同じように階段上にレナを見つけると、迎えるようにヴィクターが階段を上がってきて、手を取った。


「こんばんは、今夜は……お誘いをありがとう。それに、これも………とても綺麗ね」

レナはネックレスに指先で触れながら微笑んだ。

「ああ、よかった。思った通りよく似合う」

ヴィクターにはどこかホッとしたような色が見えて、ミアの言葉を裏付けている気がした。

昨日の態度を思えば、謝罪の気持ちであるジュエリーを着けていることには許すという意味があるわけで、そもそも宝石類を贈るのは親族を除けば婚約者となる。


この夜のヴィクターの装いは、オペラへ出掛けるらしくブラックのテールコートでさりげなく施された刺繍が時おり艶を放ちとても質の高いものだと分かり、自分への気遣いだと思うとほんのり嬉しくもあった。

肘に手をかけて並んで歩きながらふと見上げれば、ヴィクターはいつもの通り完璧な外見とそれを引き立てる装いであるのに、目の下にうっすらとした隈を見つけた。

レナと同じく眠れない夜を過ごしたのだろうか?


素直にそんなことを聞けないままに、馬車乗り込み、そしてグランヴィル邸を後にした。

目の前に座ったヴィクターの頬に変化はなく、頬を打った形跡が無いことに良かったようでなんとなく少しは残っていて欲しかったような気もして、後ろに流れて行く景色に目を向けていた。


劇場に着き、ボックス席へと続く扉を開けると、そこからは舞台とそれから階下の席が一望出来、状況も忘れて思わずこれから始まるオペラへの期待感が高まる。


だが、話をしなくてはならない。


「ヴィクター、昨日は本当にごめんなさい」

今日は何ともなくても、昨日は赤かったままに違いない。

「立派な一人前のレディならあんなことをしたりしないわ」


「いや、悪いのは……」

とヴィクターが言いかけレナは首を振った。

確かに、レナがあんなことをしてしまったのはヴィクターの方にとある事があったからだけれど……


「わたし………きっとまだヴィクターに対しては4歳の頃と少しも変わっていないんだわ。いつだって振り向いてもらって、手を引いてもらう事が当たり前だと思ってる。後を追えば待っていてくれる。でも………それでは今はいけないわ。だから……後を追いかけるような真似は、もうしないわ。ちゃんと大人の女性として居られるように努力するわ。すぐには無理かも知れないけれどゆっくりとでもちゃんとする」

「レナ」

驚いた顔をしてる。

こんなことを言い出すなんて、考えもしていなかったに違いない。


「本当の事を言えば、わたし以外の誰かと噂になることすら、頭がおかしくなりそう。でもお父様が信じなさいと、わたしに言ったの。だから、それが正しい事なの」

「グランヴィル伯爵が……、閣下の言うことなら全て信じられるのか?」


全て?

レナは少し逡巡したけれど、軽く頷いた。

「ええ、お父様はわたしの為になる真実をいつも伝えてくれるわ。だから、今回の事もそうなの」

「それで、後を追うような事は止めるとか……なんだろうな。振られた様な気がしてしまうのはなぜだろうな」

ヴィクターがほんの少し困ったような表情にも見える。

「振るなんて!!」

レナは驚いて思わず高い声が出てしまった。


「そうじゃなくて……しなくてはならないことがあることもわかったし、それはもちろんヴィクターが居るからわたしは頑張らないとと思っただけなの。ヴィクターが誰かと話している度に屋敷に乗り込んでいてはそのうち本当に愛想をつかされてしまうわ」

「そうか、それで何をするつもりなんだ?」

「時間はあまり無いの」


ヴィクターが聞いてくれた事で、レナは仮装舞踏会の計画を話すことが出来て、二人の間に昨日とは違う空気が作られた事で、間もなく始まったオペラに心から楽しむ事が出来のだ。


そして、そうして会話が成立したことにレナが安堵したように、ヴィクターも安堵したに違いない。

例の女性の事を思い出さなければ、二人の間は順調だとそう思えた。




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