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3,王都への旅

 王都には領地のウィンスティアから何度か旅をした。

けれどそれは決して一人ではなく父母に連れられての事だった。


御者とミアと馬車に乗り、ただそれだけで王都へ旅立ててしまう。新年の王宮の舞踏会にデビューするレナはまだ寒い時期に領地を出立して途中できちんと宿を取りながら、ゆとりのある旅をしてきた。


まだ若い女性であるのに、そんな風に簡単に旅が出来てしまうのは、レナが伯爵令嬢という身分で、その体面を保てるだけの財をジョルダンが為してくれているから、その事をレナは理解していた。

馬車に乗っているだけとはいえ揺れるその中で過ごすというのは、やはり疲労するもので、レナは責任感からくる緊張とそれからはじめての事への緊張でより疲弊してしまっていた。


 そして辿り着いた王都のその中心部に差し掛かかりやや安堵の息を吐いたとき、突如異変が起きたのだ。


 馬の(いなな)きが悲壮な響きを乗せて伝えてきたかと思えば、何事かと脳裏に浮かぶうちにガタン!と音を立てて馬車が傾いだ!


「………っ!」

意思で動かすのでもなく、抗えない力によって体に衝撃が加わり、レナは座席から投げ出されてしまった。

衝撃から立ち直ると、レナは座席から投げ出されてミアと重なりあっていた。


「ミア……、大丈夫?」

「お嬢様こそ、大丈夫ですか?」

「たぶん」


まだ心臓がばくばくとしていて、頭が正常に働かない。


そんな混乱の中、光が馬車の中に差し込んだ。

「大丈夫?怪我は?」

馬車の扉が開いて、黒髪の美青年が声をかけてきてくれのだ。

「ええ、大丈夫です」

反射的に大丈夫だとは言ったものの、動転していて大丈夫ではないかも知れないが……。


差し出された手は、しっかりとしていて大きくて、頼りがいがありそうに見えるのはこういう時だからだろうか?

「ミア、先に出なさい」


「いえ、お嬢様から」

ミアが気丈にきっぱりと言うので、

「……分かったわ」


レナよりも先に出て後から咎められても可哀想だと思いレナは先に手を借りて外へと出た。

降りた所で、やはり怖かったのか足に力が入らずへたり込んでしまう。後から出てきたミアはしっかりと立っていた。


乗ってきたグランヴィル伯爵家の紋章入りの馬車は、片方の車輪が外れていて、王都の通りであるからちょっとした騒ぎになってしまっている。

 すでに駆けつけたらしい王立騎士団がきびきびと馬を助けたり、周りの人たちを近寄らせないようにしている。


「何が起こったの……」

呆然と呟くと、

「馬が転倒したみたいだ。路面が凍っていたから滑ったらしい」

「怪我人は……」

「わからないが、騎士団がいるからそちらは対応してくれている。それよりもあなたの方が」

艶のあるバリトンの声は響きがよくて耳障りが良い。

よく見れば、装いは街の青年風だが発音やその他は上流のそれで、

「私の馬車を使われるといい。グランヴィル伯爵令嬢」

そう薔薇の紋章を見てグランヴィルと分かるのならやはり、貴族かもしくは貴族に属する青年なのだろう。

「わたくしはレナ・アシュフォードですわ。感謝します」


彼の言うように貴族の令嬢がいつまでも路面にへたりこんでいる訳にはいかないし、ここにいても馬車の修理を手伝える訳でもないとそこまで考えて、彼の提案を受けることにした。


間もなくすると、黒の箱馬車が近くにやって来てミアとレナをそこへと乗せて、青年はその場でアシュフォードの御者に指示を伝えて、彼自身は御者台に座る。

「あの、アシュフォード侯爵家へお願い出来ますか?」

御者台との小さな窓を開けて告げると

「グランヴィル伯爵邸でなく?」

意外そうな言葉にレナは付け足す。

「ええ、両親はこちらへ来ておりませんから。伯父の邸へ」

「なるほど……それはさぞ、心細かったでしょう」

青年の言葉には労りがある。


間もなくして馬車はアシュフォード侯爵家へとたどり着く。

その頃には立てないことはもうなくて、しっかりと歩けていた。


「ありがとうございました。お名前をお聞かせ下さいますか?」

青年は少し躊躇った風で

「名乗るほどの事はしてません」

「ですが……」

「さぁ、早く邸へ。どこか怪我をしているかも知れない」


戸惑っているうちに、内側から扉が開いて伯父のフレデリックが出迎えにやって来た。

「レナ?どうした」


そこまで言った所で、フレデリックは隣に立つ青年に目を向けた。


「伯父様、馬車が事故を起こしてしまって、こちらの方が助けてくださったの」

「助けたとは大袈裟です。ここまで馬車でお送りしただけですから」

青年はそういうと、再び馬車に乗り素早く立ち去ろうとした。

「お待ち下さい、殿下」

そうフレデリックが丁寧に話しかけた事にレナはやや目を見開いた。

「……やはりばれたか」

殿下、と呼び掛けられた青年は苦い笑みを浮かべフレデリックを振り返った。


「姪をお助け下さりありがとうございました」

穏やかな口調だが、少し探るような目線で彼を見ている。


「礼の代わりに街にいたことは知らないふりをしてほしい」

やや早口だが、青年の声には力があり指示を出し慣れていると感じさせた。

「心得ました」

フレデリックは微笑みを返した。


「伯父様、あの方は」

レナは馬車を見送って、それからようやく尋ねたかった事を聞いた。

「ギルセルド殿下であらせられる」

ギルセルドとはレナの住む、イングレス王国の第二王子である。

侯爵であるフレデリックなら、その顔をよく知っていても不思議ではなかった。

そんな身分であるのに、少しも嵩にきたりしない好ましい人物に思えた。それなのになぜあの場所にいたのだろうか?

「そんな方が……なぜ街なんかに」

「だからこそ、口止めをされたのだろう。レナもくれぐれも人に漏らさぬように」

「はい、わかりました」


邸に入るとフレデリックの妻のアシュフォード侯爵夫人 ジョージアナがレナにたおやかな笑みを向けた。美しい金の巻き毛もそしてまだまだ衰えを感じさせない美貌は、初対面であっても高貴な夫人だと人に思わせるだろう。


「レナ、無事について良かったわ」

「それが、無事でもないらしい。馬車が事故を起こしたそうだ」

フレデリックの声には憂いが滲む。


「まぁ、レナ。怪我は?」

「無いと思うわ……ミアは?大丈夫?」

「わ、私は平気です」

「もうすぐデビューだというのに……すぐに部屋で見てみましょう」


ジョージアナはレナの肩をそっと抱いて、部屋まで連れていく。

伯父夫婦には女の子はおらず、息子が二人いる。

その二人も寄宿舎に入っているため、今は夫妻で過ごしていた。


レナは女性らしい明るい色合いの部屋に通されて、メイドの手で旅用のドレスを脱いで見てみれば、ぶつけた腕が青くなっていた。

「治るかしら」

ジョージアナがそこを見ながら心配そうに言い、レナは少し肩を竦めた。

「手袋を外さないようにするわ」

「そうね……。でも大した怪我をしなくて良かったわ。他に怪我人は」

「わからないの。騎士団がすぐに対応をしてくれていたから、問い合わせないと」

グランヴィル伯爵家の馬車で怪我をさせたとなれば、きちんと対処しなくてはならない。

「伯父さまにそれは任せて、レナは少し晩餐まで休みなさい」

「ありがとう、伯母さま。実はとっても疲れたの」

「そうでしょうね」


頬にキスを受けて、ソファに座り休むことにした。

アシュフォード侯爵のメイドはさすがに洗練された動きで、てきぱきと身の回りの世話をしてくれる。


こんなところに居ては、毎日が本当に何もしないうちに全て終わってしまいそうだわ、とレナはそう思った。


ジョージアナは、元々はウィンスレット公爵家の高貴な令嬢で現王家とは近しい血筋なだけあり、素養の全てが完璧と言っていい。だから正直、ジョージアナと席を同じとする晩餐はとても緊張させられるのだった。ソファで寛ぎながら、レナは少しだけだらしなく、ソファの肘おきにそっと体を持たせかけた。


王都での生活は波乱じみた幕開けではじまったのだった。


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