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36,密談

 フェリシアの朝は早い。


その時間に侍女たちは本当に爽やかな表情で起こしにやって来る。

デビューして以来、夜にはほとんど予定があったレナはすっかり夜更かしになっていたから眠たい顔をすっきりとさせられないままに彼女の散歩に付き合っている。


「朝は侍女たちは忙しいじゃない?それにいつも忙しいエリアルドを付き合わせるのはやっぱり気が咎めるの。レナがいる間だけでも付き合ってくれたら嬉しいの」


妊婦だというのにフェリシアの足取りは力強く軽やかだ。

それに、歩きながら歌を口ずさむのだがそれが何とも楽しげで、レナは欠伸をかみ殺して王宮の庭を散歩………というよりは、いささか優雅さに欠ける速さで軽く汗ばむほど歩き続けた。


やっとフェリシアが、足を止めてガゼボにある椅子に座ろうとした時にはホッとしてしまったくらいだ。


毎日の習慣なのか、そこには従僕が用意したフルーツジュースと小さめに作られたサンドイッチが用意されていてレナはレディらしくなくかいてしまった汗を気にしながらも、ジュースで喉を潤した。


「本当は乗馬がしたいの。さすがにそれは無理でしょう?だから代わりに歩いているの」

「それにしても、フェリシアったら速いしかなりの距離を歩いたわ」


見た目は可憐な美少女だが、さすがは武勲で高名を手にした名門ブロンテ家の令嬢と言うべきか、甘やかされた令嬢たちとは一味も二味も違いそうだ。

コルセットがきつすぎて倒れるなんて事は無さそうだ。


「知ってる?レオノーラ伯母さまがヴィクターをお産みになった時、私の父が打ち合いの相手をさせられたのですって。そうしたら……ものすごく安産だったのですって」

「でも、流石にフェリシアは無理でしょう?レオノーラ様は騎士でいらしたのだもの」


「伯母さまには敵わないでしょうけれど私だってそこそこ扱えるわ。ブロンテ家の女だもの」

あっさりと言うその姿にレナは少しばかり圧倒されてしまった。

「アークウェインではどうか分からないけれど」


王宮に滞在をしている間、レナはヴィクターとしばらく会えていなかった。とは言えここまでがほとんど会っていたという事なのだけれど……。だから、アークウェインと聞いたらすぐにヴィクターと結び付いて最後に忍び逢った時の、ヴィクターの香りや逞しい腕や胸、それに綺麗に整った顔を思い出して会ってそれを、確かめたくなってしまった。


「………帰りたくなったの?」

突然、返事の間を空けたレナをフェリシアは顔を覗きこむようにして見つめた。それに首を軽く振って頬を押さえた。


「違うの、ただ……少し……会いたくなってしまって」

「あら、レナはヴィクターの事を昔から好きで離れたがらなかったものね。ヴィクターとの結婚式の夢を一生懸命絵に描いてたことを思い出すわ」


くすくすと懐かしむように軽やかに笑うフェリシアに、レナは恥ずかしくて頬を熱くさせた。


「今はもう……小さな子供じゃないもの。しばらく会えなくても……泣いたりしないわ」


フェリシアもそして、ヴィクターもレナの幼い頃の記憶と言えばこの美しい友人たち。その中でもヴィクターは特別だった。会えればそれだけで天にも登るような気持ちで、会えない日はそれこそ暗雲が立ち込める。だからこそ、しばらく会えなくなるレナの為に婚約の真似事なんて事を決意させて、そして今それが真似事ではなくなった。


けれど、自分の中の気持ちもはっきりとわからなかった数ヵ月前とは違い、16歳のレナはヴィクターに恋をしてる。その事を自覚している……。

だから、泣いたり騒いだりしなくてもやはり会えないのはレナにとって輝きの少ない日々なのだ。


「そうね、貴女は今やこの国の大切な社交界の花だもの。レディたるもの計算以外で泣くものではないわ」

クスッと笑いながらフェリシアは呟いた。

「社交界の、花………」

「そうよ、王妃さまもそのようにお考えよ」


フェリシアがそう囁いた時、そっと近づく夫人たちが見えて、それがクリスタ王妃とアンブローズ侯爵夫人 シエラ・アンブローズだと気づいた。銀髪の美貌の王妃と金髪の美貌の夫人は、ただ歩いているだけの姿がその場を支配してレナの呼吸をわずかに乱した。


「ご一緒してもいいかしら?わたくしたちも」

「はい、王妃さま」


フェリシアがにっこりと微笑み、レナは立ち上がりお辞儀をした。


「もうすぐわたくし、おばあ様になるの」

フェリシアに優しく微笑みながらクリスタが言うと、

「羨ましいのは少しだけよ。わたくしだってきっともうすぐだわ」

シエラがそうすかさず返して、レナはアンブローズ侯爵家の子息たちを少し考えたが、ショーンもセスも未だ独身で婚約の噂も聞いてはいなかった。


「それを実現させるためには、もう一頑張り必要ね」

クリスタが言い、レナに視線を向けた。


「アンブローズ家の令嬢の事は知っているわね?」

その質問がレナに向けられたものだと、ハッと軽く瞬きを忘れた。


「はい、ギルセルド殿下の婚約者でいらっしゃる……」

「次のシーズンで、セシルをデビューさせ式を取り行うわ。その為にも貴女の協力が欲しいの、レナ・アシュフォード」

「わたくしの、ですか?」


「貴女はギルセルドの最も有力な妃候補で、しかも今は社交界の若い女性の中心の花。元々貴族社会で過ごして来なかったセシルには貴女が必要よ」


口調はとても穏やかであるのに、レナに否を言わせはしないという、真意がそこにあり、レディらしからぬ率直な言い回しでもあった。


「根回ししている時間は限られているわ、フェリシアの出産と共にギルセルドを王宮に戻すの。そうすると、二人の婚礼の準備を急いで進めるわ」

「なぜ………お急ぎなのか、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「それを、聞いては断る事は出来ないわよ?貴女はこの国に身を預けてくれる?」

そうやんわりと優しく言ったのはシエラだった。

聞いてしまえば、レナは王宮の意思を受け動かざるを得なくなる。そうまでする覚悟はなくあくまで伯爵令嬢としての立場は守り通したいとそう咄嗟に思った。


「………いいえ、そんな………大それた事は出来ません、わたくしには」

「………思った通り、賢いのね。さすがはジョルダンの娘と言うべきかしら」

クスッとクリスタは笑いながら、レナの瞳を捕らえた。青い瞳が絡めとる様で軽く瞼を伏せてそれを外した。


「フルーレイスの新しい王は、好戦的でエリシュアとすでに一触即発の状態なの。我が国も、安穏としては居られない。ギルセルドを復権させ盤石だと示さなくてはならないわ。その為にもセシルを社交界に上手く入れなくては。その役目を貴女に命じます。出来ないとは言わせない、貴女をこの国のレディとして称号を与えたのはわたくし」

出来ない、と言ったにも関わらずクリスタはさらりと言ってしまった。覚悟があると言ったのならまた別の話があったのだろうか?

そして、この話の為にレナは王宮へと招かれたのだろうか?


「わたくしの、話し相手が欲しかったのもあるの」

考えを読んだかの様に、フェリシアはそう言った。


「もちろん分かっているわ。逃げることも可能だと言うことは」

ギルセルド、ほんの数回しか対面はしていないが王子らしい外見で、何よりもレナを助けてくれた人だ。


「わたくし………ギルセルド殿下には助けて頂いた事があります。殿下の大切な女性の為に………わたくしで力に成ることが出来るのなら………お引き受け致します」

そう、クリスタの頼みでないと宣言するので精一杯だった。


「ありがとう、レナ。貴女の決断を有り難く思います」


セシル・アンブローズは、社交界にデビューしていないシエラの遠縁の娘だという。シエラ・アンブローズの生家はエアハート子爵家で、親族が多い。その遠縁と言えば貴族というのさえ怪しい身の上だ。それ故に例え王家が認めたとしても、侮る貴族は多いだろう。

そこで社交界で影響力のある人物が必要となるわけで、その役目はレナに白羽の矢が当たったわけだけれど、それほど今のレナに力があるものだろうか?


しかしながら、こうして王太子の住まいに招かれ過ごしている今を思えば頷かざるを得ない現状だった。

幾重にも取り巻く思惑や、政治的な絡みが感じられて、とても疲労感が押し寄せ口を重くさせた。


 あの日、ジョルダンに自分で為すと宣言したその道が、ここまで導いてしまっていた。想像もしなかった。またその日に、思いが戻る。そして、レナの働きはセシル・アンブローズの社交界での未来を左右する。



「難しく、考えることはないわ。ただ、笑顔で会話をしてくれればいいの」

「はい、よく、分かりましたわ」


次のシーズンまでは、まだ時がある。

それまでに、レナにも備えを、ということだ。次のシーズンでも、君臨するために………。


「それから………コーデリアの事。というよりは、デュアー公爵家の事も貴女のお陰ね」

「わたくしは何も、致しておりません」

「それでも、貴女がきっかけよ。デュアー公爵家は生き残る道が出来、ウィンスレット公爵家は男子を一人と財産を減らした。どちらも取り戻すには時が必要だわ」

「良いこと、なのでしょうか?」


「ええ、そう………誰にとっても、良い選択だった。デュアー公爵家の事はみんな分かっていた。けれど、積極的に誰も関わろうとはしなかった。助けを求められなかったし、手を差しのべる必要も感じなかったのね。レナはレディの称号に相応しい大人になるわ」


そう言うと、クリスタは立ち上がり続いてシエラが立ち上がった。親愛のこもった抱擁をシエラから受けてそこに、ありがとうの意思を汲み取ることができた。


「セシルは貴女よりも年上だけれど、可愛らしい子なの。きっと仲良くなれると思うの……お願い、するわね」

「はい……レディ アンブローズ」


立ち去るのを見送り、レナとフェリシアもゆっくりと歩き出した。

何も言わずに、フェリシアはレナの腕をとり並んでゆっくりと歩き出した。


「産まれたら、また会いに来てくれる?」

「ええ、もちろん。良いでしょう?」



この日王宮を後にして、レナは久し振りにグランヴィル伯爵家のタウンハウスに足を踏み入れた。


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