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33,友情と愛情

 止められた理由は、すぐに理解出来た。それは聞こえてきた会話が……内容が内容だったからだ。


「どうして後を?」

少しばかり呆れた声は、すでに馴染みのものとなっていた柔らかなテノールボイス。

「……貴方と話したかったのよ。ジョエル」

そして応えたのはこちらも馴染みのものである、美しい旋律を奏でるようなコーデリアの声。


「いつでも話せる」

予測不能の会合だと思われるのに、いつもの通りのジョエルの落ち着いた声だった。


「貴方と、レナの事」

「私とレナだって?」


そのコーデリアの言葉に思わず手を引っ込めて、レナはヴィクターの顔を見上げた。

「ジョエルとわたくしは、とても考え方が似てると思わない?だから、貴方の事はなんだか良くわかる気がするの」

「気がするだけだろう」

似たようなタイプなだけに、主導権を奪い合い探り合うかのような雰囲気がした。


「わたくしはね、レナが好き。レナの、穢れない綺麗なままの心が。きちんと人を人として見れる所だとか……だから、貴方もきっとそうよね?」

〝好き〟の言葉に同性なのにドキリとしてしまうしそして何よりも、コーデリアがそんな風に見ていてくれいる事が素直に嬉しかった。


「確かに、そうだな。この世界では生きにくそうだ」

「手に入れようとは、少しも思わないの?」

手にいれる、その言葉にレナの心に戸惑いがたちまち大きく表れた。


「おかしな事をいうんだな」

「……やっぱりじゃあ、自覚してないのね?」

コーデリアは、いっそ優しいとも言える声で、責めるように続けた。

「じゃあわたくしの解説を教えてあげる。

なぜエスコート役はマリウスにさせたの?ギルセルド王子にレナを結びつけようとするのなら、貴方の方が上手く出来たはず、実際にエリアルド殿下とフェリシア妃の時は成功したわよね?そうするのが貴方の立場なら色々と良かったはず。

それに、ヴィクターが婚約を申し込んだときも、正式に決まるまでなら、白紙に出来るとも言ったわよね?それはどこかでレナを誰にも渡したくないと、貴方は思っていたからよ」


「君の勘違いだよ、コーデリア」

コーデリアの言葉に目を見開いて驚いたレナと対照的にジョエルの声はあくまでいつもの通りで、変わりなく。何故かその事にホッとされられた。


「誤魔化すのは止めて。プリシラ殿下と結婚するつもりで動くなら、気持ちの整理をしてからにして。レナも、プリシラ殿下もわたくしにとっては大切な友達なの」


「コーデリア、私はレナの事は姪か妹の様に大切に思っている。ただそれだけだ。そしてプリシラ殿下とはもちろん幼い頃から親しくさせて頂いている。だからいい加減な気持ちで動くつもりはない」

ジョエルがそう言うと、コーデリアは軽く笑った。


「隠すのが上手すぎて、自分の事さえ騙してるのかもね」

「本当の事だ。そういうコーデリアこそ……レナにずっと、現在(いま)と変わらずに友人として居て欲しくて、私にレナとヴィクターの仲を惑わせようとしているんじゃないだろうね?」


ジョエルがからかうように言うとコーデリアは面白そうに笑い声を上げた。


「それはもしかするとあるのかも知れないわね、でも……心配しないで、わたくしはね、レナとヴィクターのあの恋しあっている雰囲気が好きなの。見ているだけでこちらまで幸せになれそうな……」

「……そうだな、それには同感だ」


そんな風に見ていてくれているとはと、レナはヴィクターを見上げた。そんな……雰囲気が二人の間にはあるのだろうか?周りの人を幸せに出来るような雰囲気が。


「話はその事だけ?」


「………レナの為にだったとしても、うち(デュアー公爵家)を助けてくれてありがとう。貴方が公爵閣下を説得してくれたのでしょ?」

「いや、主にはグランヴィル伯爵であるし決めたのは兄上だ。それにまだまだ建て直すにはこれからの話だよ、コーデリア。先を見据えれば、弟が爵位を得る訳だから、私にとっては大きな価値がある。

それに……うちにはまだ、マリエをはじめとするデビューをひかえた姪たちがいるからね、君には頑張って睨みを効かせてもらわないと困る」


「呆れた言い分ね………うちを建て直すには相当な対価を出さないといけないことくらい分かっているわ」

コーデリアは、ジョエルの言葉を全ては正しいとは思えない様子だった。

「それにコーデリアには、マリウスを支えて欲しい。将来あいつを選ぶかどうかは別として」

「それはもちろん、よ。マリウスがわたくしを受け入れるなら」

「あいつは大丈夫だ」


そういうと、お互いに密やかに笑い合う声が空気を震わせた。


「ところで、ここへは何をしに?」

「聡明なその頭脳で考えれば分かるんじゃないか?」


「誰と?」

「………相手を問うとは無粋だな、言うわけがないじゃないか。君が後をつけてきたから、きっとフラれてしまった」

「それは悪かったわ」


「お詫びに戻って次の曲でも相手をしてもらうことにしよう」

「それで詫びになるのかしら?」

「なるね、少なくとも壁と話さずにいられる」

ジョエルの冗談めかした言葉にコーデリアは笑って、そしてその声は次第に小さくなっていった。


 ほぅと、息を吐いたのは二人同時だった。


「いまの………」

「何も、聞いてない。いいな?ただでさえ立ち聞きしてしまって心苦しい」

ヴィクターは笑ってそう言ったけれど、会話の所々がとても気になるといえば、気になって、忘れられそうな気がしない。


「努力してみる」

「二人ともレナに愛情がある、それを聞いてしまった所で、何も悪いことはない。ただ、知らないふりをしておくべきだ。……ここに潜んで居たことも知られたくないしな?」


慎重に扉を開き、部屋に戻るとそこには元のように誰もいない。


「……戻るか、そろそろ」

「戻るの?」


「あまりにも長く隠れてると、怪しまれる」


「まって、ヴィクター」

歩き出したヴィクターをレナはそう言ってひき止めた。

「今日は……後は誰と踊るの?」


「誰にも申し込んでないよ」

「ワルツとラストダンスはわたしのもの……に、してもいい?」

思いきってレナはそう言い、ダンスカードを差し出した。


 ほとんどの空いたままのダンスカードにヴィクターはワルツとラストダンスにペンを走らせた。

本来なら女性から男性には申し込めない。だだ、親や友人が紹介した時には男性はその女性を誘うのが定番だし、女性も男性から誘われれば大抵の場合は断らない。


金の房のついたダンスカードが手元に戻って、レナはカードをじっと見つめて……見せられる表情を作れるように努力した。

「なんて顔してる?」

少しクスッと笑われてレナは思わず顔をあげてしまった。

「恥ずかしい……っの!」


熱くなった頬を扇であおいでレナは先に歩き出した。


「また、抜け出そう」

「………そうしたらまた、誰かの会話を聞いちゃうかも」


「それが醍醐味」

しゃあしゃあと言ってのけるヴィクターは、これまでにもそういう事が何度もあったに違いないとレナはそう思った。


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