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29,花束

 ヴィクターからの花束を手に部屋に戻り、ミアに活けるように頼むと、

「レナお嬢様、カードが入ってます」

花束から小さなグリーンのカードを取り出した。

「気がつかなかったわ、見せて」


カードを広げると、ヴィクターの意外にも繊細さを感じさせる流麗な文字で〝バルコニーにリボンを飾って〟と一言が添えられていた。

「ミア、リボンをちょうだい」

「どうなさるのです?」


正直に言うか迷い、レナはヴィクターの真意がわからずに誤魔化すことにした。

「ヴィクターからの贈り物だから、取っておきたいの」

「幸せの絶頂ですね、お嬢様は」

ミアはにこっと微笑んで、外したリボンを器用に丸めるとレナの手に渡した。


「ドレスはどれにしますか?」

「この花みたいな、色にするわ」

「それは素敵な案ですね!早速持ってきます」


ミアが部屋から出て行くのを見送り、レナはバルコニーの扉を開けて、外側のドアノブにリボンを結びつけた。

目印のリボン。


それは朧気な記憶にある、ヴィクターとの遊び。

大人たちが入ってはいけないと子供たちに注意する部屋に忍び込んだときに、こっそりと成功の証としてカーテンの裾に結んだり、キッチンに忍び込んでお菓子をこっそりと盗み、それを隠した場所の印。


だから、これはヴィクターのイタズラ(・・・・)の印に違いない。


ミアを待つ間にヴィクターの思惑に考えを巡らせていると、ミアがドレスを持って戻ってきた。柔らかい雰囲気のあるドレスは、ヴィクターからの贈り物の花束に似ていた。


「何か良いことが書いてあったのですね、とても嬉しそうですもの」

ドレスを着せながらミアは、レナの顔に視線を走らせた。

「ヴィクターとわたしは、幼馴染みなの。だから、その時の遊びを思い出していただけ」

「そういうご縁なのですね!幼馴染みがあんなに素敵な紳士で、今は婚約者だなんてお嬢様は恵まれてますわ!」

ミアがうっとりとした表情で、ブラシを手にした。


「やっぱり王都というのは、凄いです。お嬢様にしてみれば大変な世界なのでしょうけど、華やかな人達がたくさんいらっしゃるし、何もかもが新鮮です!」

「ウィンスティアとは何もかもが、違って見えるわよね。でもミアだって、シーズンが終わってシェリーズ城に帰れば向こうの素晴らしさもきっとわかるはずよ」

「それはそうですわ!あちらには、奥様もそれにラリサさまもローレンスさまもいらっしゃいますから。でもこの街は刺激的で毎日がお祭りの様に思えます」


ミアは目を輝かせて声を弾ませた。

「それが日常になるのよ?特別じゃなくなるの」

「お嬢様だって、ヴィクター・アークウェイン卿と暮らすようになるのですよ。会うことが当たり前になる日が待っているのですから、今のうちに楽しまれませ」

「ミアったら、言うようになったわね」

レナはクスクスと笑った。


 ヴィクターは一年に一度の祭として例えられるとすれば、いつしかこの今抱いている特別な感情はどう変わるのだろう?

確かに、再会したときよりもその存在に慣れては来ている。だけど、これは褪せる事などないような気がしてしまう。

それくらい、彼はレナにとって他の誰とも違う。


けれど、それは幼い頃に結婚を約束した相手だから、脳に刷り込まれているのか、あまりにも圧倒的な美しい外見に魅了されて正常な思考能力が働いてないのか……。

――――こんな風にいつも、レナの気持ちは頼りなくさ迷う。


「さ、出来ました」

ミアは、この数ヵ月でめきめきと腕を上げた。

複雑に編み込んだ金の髪は、清楚でありながらドレスに合わせてどこか愛らしく、結い上げている感覚のどこにも不快がない。


「ありがとうミア。前よりもずっと上達してる」

「ここに来てからは毎晩ですから、上達するのは当然です」

得意気に姿勢を正したミアを鏡越しにみながら、レナは頼もしく感じた。ミアはシェリーズ城にいた頃よりもずっと生き生きとしている。きっと本人が望んでいた通りに合っているに違いない。


 

 晩餐会はクラレンス・デルヴィーニュ デュアー公爵とコーデリア。それにウィンスレット公爵夫妻とジョエルとマリウス。ジョルダンとレナ、それにヴィクターで、公爵家の晩餐会としては規模は小さいがマリウスとデュアー公爵の顔合わせだから大切な会だった。


長いテーブルの端の方に座ると、爵位をもつ大人たちが話を和やかに進めている。その近くではコーデリアが優雅にナイフとフォークを操って時おり老公爵に微笑みかけていた。

そんな中でレナの意識はもちろんすぐ隣に座っているヴィクターで、メッセージの意味がいつ知らされるのかと意識はそぞろだった。


「今日はお花をありがとう。早速部屋に飾ったの」

「レナの部屋に飾られたら花も喜ぶと思うよ」

ヴィクターはそこで一度言葉を止めてレナの方を向いて

「今夜は花とお揃いのドレスだね。よく似合ってる」


そんな風に話していると、ふとジョルダンと目が軽く合う。大人たちの話し合いはうまくいっているようで、声の調子はみな穏やかでの表情も明るくコーデリアも柔らかな笑みを浮かべていた。


晩餐の後は隣室に移動して、男性たちはクラレンスを囲み、レナはウィンスレット公爵夫人のルナとコーデリアと座り、コーデリアの詩の朗読を静かに聞いていた。


「フェリシアはもうすぐ出産だし、あなたもジェールも婚約して、子供たちが巣立つのは本当にあっという間ね」

「結婚はまだ先ですから」

ルナの嬉しそうな声を危機ながらレナは〝結婚〟という単語にドキリとした。

まだ現実のものとは感じることは出来ない。


「今はみんなしっかりと準備をしてからというのが主流だものね。自分の甥を褒めるのもどうかと思うけれど、ヴィクターはきっとアークウェイン伯爵に似て、いい夫になるわ」

「ありがとうございます。でもわたしが彼に相応しいのかそれが気になってしまいます」


「今のアークウェイン伯爵夫人はレオノーラお姉様だもの。お姉様は貴族の夫人としては落第だらけの方よ。それでも知っての通り素敵な人よ。誰かに相応しいとか相応しくないとか、それは誰が決めるもの?確かに、今のわたくしたちの世界は好き嫌いだけで結婚を決める事も出来ない事もあるけれど、レナとヴィクターは自分達でお互いを選んで両親もそれを支持してる。不安に思う事は無いわ。今のレナは社交界の一年目、結婚まで準備をする期間はたっぷりとあるわ」

華やかさでは姉たちに敵わないルナだけれど、清らかで高貴な雰囲気で公爵夫人らしく凛としている。そんな彼女に言われると、何故か自然と頷いてしまっていた。


「そうよ、レナ。わたくしはそろそろ焦らないといけない年だけれどね」

本を棚に戻したコーデリアはレナの指輪に触れた。

「まだ指輪すらもらっていないもの。今のレナは社交界の独身の令嬢たちの中で最も憧れられる存在よ」


「婚約者がいるというのならジェールだって」

「ジェールはデビュー前に婚約が決まっていたもの。それにエディントン伯爵家よりも、グランヴィル伯爵家の方が注目度は高いわ。なぜなら両親共にそれぞれスキャンダルがあったもの」

「スキャンダルだなんて」


「知らない?レディ グレイシアは3度目の結婚だし、グランヴィル伯爵は次男でありながら爵位を得た注目の方だもの」

そのどちらも有名な話でレナももちろん、その事はを知っていた。

「いろんな臆測が飛び交ったでしょうけど、レディ グレイシアが滅多に王都に来ない事もあって、注目の家なのよ」

確かに母のグレイシアは人の視線を集める。

けれど、それは美しさ故にだと思っていた。


「レナを脅かさないで、三度目の結婚が上手くいってグレイシアが更に美しさを増したからみんな見てしまうのよ」

「わたくしは直接お見かけしたことがないの。そんなに美しい方なのね」

「わたしを見て、母を見るときっと驚くわ。似てなくて」

「そんな事ないわ。年々お母様に似てきて綺麗になってるわ」


せめて母に似ていれば、そう何度も思った。

けれど、鏡を見るたびにレナはがっかりしてしまう。比べてみればあまりにも平凡な容姿だと。

確かに透き通るような白い肌と顔立ちは母娘だと思わせる共通点だけれど、母の印象的なアイスブルーの瞳は一度見れば忘れられないほどの美しさだ。それだけでなくそれが美しい顔に収まっている。


「そうだと嬉しいのですけど」

レナは躊躇いがちに微笑むと、ルナは優しく笑みを浮かべながら頷いた。

「あと数年もすればお母様よりも綺麗になるわ」

「疑っては駄目よレナ。まだまだこれからなのよ」

コーデリアも笑顔で肯定して見せた。


男性たちはまだまだゲームを楽しむようだが、ルナが席をたったのを機にコーデリアとレナも部屋に戻る事にしたのだった。

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