27,社交界の女王
コーデリアとカードを全てチェックし終えて、招待する令嬢を貴族名鑑をみながら吟味をする。その名前をリスト化するだけでかなりの時間を要してくったりとしてしまう。
「これをいつもしてる伯母さまは、やっぱり尊敬せざるをえないわ」
グランヴィル伯爵家はアシュフォード侯爵家の系列という位置付けであるから、王都のアリオール・ハウスでは内々の晩餐くらいしか開催されておらず大きな舞踏会へはもっぱら、招かれる側となる。ジョルダンがジョージアナに預けたのも、レナが嫁ぐ先の事を考えれば正しいことだったと、痛感せずにはいられない。
北方の土地で育ち、結婚後もその半分を領地で過ごした母のグレイシアは王都に疎くレナのリストが正しいか、判断が難しかっただろう。
「慣れよ、レナにだって出来るようになるわ。伯爵夫人と呼ばれるようになる頃には」
ヴィクターと婚約の決まったレナはアークウェイン伯爵夫人になる未来が待っている。アークウェイン伯爵家は、武門派の中では上位に入る名家なのだ。
社交の盛んな家柄ではないが、必要だと言える。
リストを見たジョージアナは、まずまず合格だというように軽く微笑んで、コーデリアとレナに一息の安心を与えた。
「場所はどこに?グランヴィル伯爵家?それともアシュフォード?いっそデュアー公爵家?」
「普通ならグランヴィルの邸だと思うのですけれど」
レナはおずおずと言ってみた。
ただ、タウスハウスであるアリオールハウスは貴族の邸の中では中くらい。
アシュフォード侯爵家や、デュアー公爵家と比べれば、よく言えば落ち着いていて、悪く言えばこじんまりとしている。
たくさんの人を呼ぶには不向きと言えた。
「デュアー公爵家でうちの使用人を使えばいい」
背後からそう言ってきたのはジョエルだった。
「お茶会の終わりごろに独身の若い男たちを引き連れて、令嬢たちをもてなししよう」
「それは……」
「それでいい。……グランヴィル伯爵から話は聞いている。私はその件に賛成だ、兄ももちろん」
話というのはデュアー公爵家の事だろう。
ジョルダンは、デュアー公爵にすでに了解を得たのだろうか?
それにしても、何もかもがとても早く事が動いている。
コーデリアとレナに話した時にはすでに何もかもが、決定していた事のように思える。
「コーデリアに社交界に君臨していてほしい理由はもちろんある。レナの事を除いても……。だから、デュアー公爵家を存続させたい。ジョルダンの話はまたとない機会だ」
「わたくしに君臨してほしいと?」
「コーデリアに足りないのは、次のデュアー公爵家の継承とそれから財産だ。そのどちらもうちなら、問題なく助ける事が出来る。その分、たくさん働きをみせてもらうけれどね。この数年、引きこもっていた分だと思えばやりがいがあるだろ?」
ジョエルの言葉にコーデリアは、にっこりと微笑んで見せて
「雑な令嬢たちを従えればいいのでしょ?やるわ。牧場がホールに変わったと思えば良いのよ」
「それにしてもレナが君に目をつけるなんてね。私にも意外だった。それに、後継者の件ではジョルダンの目の付け所はさすがというべきだ。うちにはまだシアンがいるから」
「レナは、わたくしを利用しようとはしなかったわ。ただ友達として頼ってくれたの。あなたとは違うわ」
「分かっている。時には無欲が活路を見いだすという実例だな」
祖先を同じくするためか、こうして話しているのを見ていると何故だかとても似て見える。
それは二人ともが感じているかも知れなかった。
「今、マリウスがジョルダンと共にデュアー公爵閣下と対面しているはずだ。閣下が了解すれば使用人たちを送る手筈だ。それから領地の方にも人を遣わせる。報告は全て公爵閣下と君に、マリウスは手続きが済めばすぐにデュアー公爵家へと引っ越す予定になっている。………広いから同居は大丈夫だろう?」
「手回しがいいのね、シルヴェストル侯爵。年下の叔父と年上の姪という訳ね?」
「もちろん血縁はないから、婚姻という形もとれる。デルヴィーニュの直系の血を残せる」
「それは、一旦は保留するわ」
コーデリアの言葉に、ジョエルは頷いた。
「それで構わない」
「だから……デュアー公爵家でお茶会を?」
「どういった客人が来るにしても、うちの使用人なら教育が行き届いているから安心出来るはずだ。あらゆる事に対応する」
ジョエルはあの夜の事を余程悔いているのだろうか?別な人達の思惑がレナを窮地に追いやったこと。それは危うい所でヴィクターに助けられた事を。
それならばジョエルの言うように申し出を受けた方がお互いの為なのかも知れない。彼のせいではないのに、失態だと感じているのだ。
「お祖父様も……再び華やいだ屋敷を見て、喜んで下さるかも知れないわね」
「デュアー公爵家の存在を、再び知らしめるいい機会だと思う」
「その話に乗るわ……あなたがなぜ、そこまでしてくれるのか……わたくしには疑問が残るけれど」
「何も疑問に思うことはない。ウィンスレットなりに考えてデュアー公爵閣下のお役に立ちたいからだ」
ジョエルは、薄く微笑みを浮かべて真摯に言った。レナにとっては、優しい兄のようなジョエルだけれど、コーデリアにしてみれば、すぐには信じがたい相手なのだろう。
「ジョエルはいつも、わたしを助けてくれるの。だから大丈夫よ」
「レナがそういうなら……」
コーデリアはにっこりと微笑むと、ジョエルの方をしっかりと見た。
「聞いての通り、レナがそう言うから信じるのよ。裏切ったりしたら許さないから」
「神に誓って」
ジョエルはまた神妙にそう言ったけれど、ジョエルは少しも信心深そうにはレナにすら思えなくて、それはコーデリアも同じらしかった。けれど、ジョエルはきっと必要な嘘はついてもレナたちを裏切るような嘘は言わないはずだと、不思議とレナは信じられた。
「神に誓って……ね。そうね、近頃は神の采配というものも有るのかも知れないとそう思うわ」
コーデリアはゆっくりと、自分に言い聞かせるように軽く頷いた。その気持ちは、人生経験の浅いレナにもそれは、人生の大きな出来事への戸惑いと期待だと想像が出来た。
それはコーデリアにとって、とても大きな変化なのだから。




