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14,僅かに…

 ブラッドフィールド公爵家の舞踏会の翌日、ヴィクターは約束通りにレナを尋ねてきていた。


昨夜の話通りに、父であるジョルダンの名代として、フレデリックはキース・アークウェイン伯爵とヴィクターとレナの婚約を取り纏め、国王 シュヴァルドに許可を申請して、それは間もなく許可をされるだろうという事だった。


アシュフォード家の庭に面した広間で、向かい合って座るとお互いに視線は華やかな花の咲く方へと自然と向いてしまう。


婚約を決めたからと言っても、ヴィクターを正面から見つめることなんてやはりなかなか出来ることではない。


「怪我はなかった?」

「靴擦れと、かすり傷くらい」

「それで済んだなら、良かったと言うべきかも知れないな」


ダークグレーのフロックコートを着こなしているヴィクターは、そう言って立ち上がると、レナの手を取りそこへ煌めくピンクダイヤの指輪を差し入れた。明るい日差しに、光の粒が動きに合わせて瞬いてとても綺麗だった。

側に近づいたせいで、仄かに香るのはシトラス系の深くて甘い香り。それがとても爽やかなのに男性的な香りでが惹き付けられてしまう。二人だけの部屋だからよりその香りが際立っている。


「ちょっと緩いな。直してくる」

ヴィクターはそう言うと再び指輪をポケットに仕舞い、元の椅子に座り直す。


「わざわざ、良いのに。直さなくても」

少し緩くてもきっと問題ないはずだ。

「婚約者の為に直すのは当たり前だろ、借り物じゃないんだ」

何となく現実感の無かったレナは、これが自分の物だという実感はなくて、借り物じゃないという言葉に息を詰めた。


「ヴィクター……ほんとに本気なの?」

レナが自信なくその端整な顔をようやく見つめると、真っ直ぐな瞳が見つめ返す。その瞳は昔と変わらないはずなのに、今はどこか責められている気がする。


「今のレナを見てると、苛つく。疑われて嬉しい奴なんていない」

厳しい口調に肩がびくりとしてしまい慌てて言葉を並べ立てる。

「ごめんなさい。でも、ヴィクターなら誰だって選べるのに。それに、きっと選ばれた相手は舞い上がってしまうはずだから」

レナはつい、慌てていたが故に口が滑ってそんな事を言ってしまう。

「それは、レナもそう思ってると俺は思っていいんだな?」

えっ!と、一拍おいてレナは真っ赤になったのが分かる。


「なら、良かった。どれだけ女性に囲まれたとしても、自分の気持ちがない相手が想いを寄せてくれないなら虚しいだけだから」

ヴィクターは、昔を彷彿させる優しい笑みを浮かべてレナを見つめていた。


「それは……本当?」


「俺の知ってるのはまだ子どものレナだから、これからは16歳のレナを近くで教えてくれないと。避けられたままじゃダンスにも誘えない。あれ、結構落ち込んだ……俺の誘いは断ったのにジョエルとは踊ってた」

「ごめんなさい。ヴィクターには……緊張してしまってジョエルは、兄みたいな存在だから」

そう言うとヴィクターは、レナを蕩けさせるような笑顔になった。そうすると、どこか無邪気で一気に馴染みあるヴィクターがそこに存在していてつられて笑顔になる。


「兄じゃ仕方ないな、これからは断られた分は利子をつけて返してもらう。それに……緊張するのは、特別な存在だからだという事?」

「利子って……特別って……」

特別に。

確かに特別な存在なのだ……だから……平静でいられない。


「簡単に返せるよ。これからは……堂々と婚約者として側にいられるんだから」


テーブルの上で、ヴィクターはレナの指先に触れる。

「側に、いられる……」

その事にレナは今更ながらドキドキとしてしまった。


触れた指先が熱くて、痺れるようでなのにもっと触れてほしくて………それでいて、どこか怖いような気もする。


「やっと……話せたな。ちゃんと」

ヴィクターの声にレナはその形よい唇に釘付けになる。

「今日の夜は……避けるなよ?」

ニヤリと笑うとヴィクターは椅子から立ち上がり、この時間の終わりの時だとレナに気づかせた。

そろそろ、そんな時間だった。


「来週、うちで晩餐会をしよう。母がレナとゆっくり話したいと」

「レオノーラ様が、そんな事を」

ついレナは嬉し声を上げた。

「相変わらずみんな、うちの母にはそんな声を出すんだよな……」


綺麗で格好いいヴィクターの母のレオノーラは、レナでなくてもそんな声を出させてしまう人なのだ。女性だとはもちろん分かっているが、とにかく側にいるとドキドキさせられるような凛々しくて素敵な女性(ひと)


そのひとの息子である彼ももちろん、そんな所は受け継がれているとそう思う。


「ヴィクター……本当に、助けてくれてありがとう。これからは……どうやったら隙をみせずに済むか、考えて行動するわ」

レナが言うとヴィクターは、眉を少し厳しくした。


「そうした方がいい。今は、誰がどう動くか、本当に、読みづらい。俺だって、レナを取り巻く状況を全く知らない訳じゃない。だけど、守ろうとしてることは知ってて欲しい」

その言葉にレナは頷いた。

それは、疑いもしていない……。それだけは、疑えない事実であると信じていた。


「じゃあ」

こんな時は……何と言えばいいのだろう。

「また……」


未婚の二人。部屋に二人きりで話をすることは出来ない、だから開けたままの扉と、そして付き添い夫人のミス ジェネヴィアが監視をしているからだ。

その目があるからこの距離は縮まらない。

その目が無ければ、この距離はもっと変化を見せただろうか?


そんなことを不意に考えてしまうと、より恥ずかしさは増してしまう。

「そうだ。次のエディントン家の舞踏会には一緒に行ってくれるだろ?」

「もちろん」


エディントン伯爵家はヴィクターから見れば叔母にあたるステファニーが伯爵夫人であり、身内とも言えるから、はじめてヴィクターのエスコートで出掛けるなら最善とも言える。


「じゃあ、今度こそ帰る」

ヴィクターは笑うと、広間の扉を開けて広い歩幅で出ていった。たったそれだけなのに、所作がうっとりするほどの見映えしてしまう。

ヴィクターが去っていって、ジェネヴィアも役目は果たしたとばかりに彫像から人間に変化した。


 この夜もいつものように舞踏会がある。

ジョージアナは、何もなかったことを証明するべく参加するべきだとそう告げた。何よりもウィンスレット公爵家の舞踏会なのだから、はずすことが出来ないと言うのもある。それに、ヴィクターも今日の夜と、言ったのは、ここで会うというのが確認せずとも分かるからに違いない。


出来れば…アドリアンと近づかないでいたい。


空気に溶け込みすぎるジェネヴィアは、これまでの経験から本当に名ばかりの付き添い夫人だ。これまではそれがいいと思っていたけれど、今はそれが心許ない……。


でも……今夜は、どれだけ邪魔が入ろうとヴィクターとダンスを踊りたい。きっと申し込んでくれると信じて………。


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