11,幼なじみ
レナが仮病を使って、社交という役目をサボりがちなのは、どこに行っても同じ『噂』のせいだ。仮病だとわかっていながら、ジョージアナは何も言わずよしとしてくれているらしい。一つには、ギルセルドとの結婚の可能性が消えたから。そうに違いないとレナは思っている。
そして騒動から3日後の事だった。
「陛下のお怒りはすさまじく、殿下は王宮を追放となられた」
フレデリックがジョージアナとレナに話をゆっくりとし始めた。
「追放……!そんなまさか、そこまで」
ジョージアナが絶句をしている。
「はじめは国外追放を口にされたそうだが、厳しすぎると王妃さまも王太子殿下もとりなされて、王宮追放にとどめられたらしい」
ジョージアナはそれでも顔を青ざめさせている。
「では……」
「このままでは、王位に継承権が……ジョエルが第二位になる。ジーはどう思う?」
「わたくしは……余計な争いは……嫌だわ」
「だろうね……。私も、正直身の振り方を悩む所だ。フェリシア妃のお腹のお子が男子だと良いのだが」
フレデリックとしても、どう動くのがアシュフォード侯爵家として正しいのか悩ましい所なのだろう。
「妃殿下はご懐妊なのですか」
レナはその可能性を考えてなかった。
「まだ公表はされていないが、間違いないだろう」
「道理であまりお姿を拝見しなかったわけね」
ジョージアナは呟いた。
レナとしては、友人の慶事に手放しで喜びたい所なのにこの空気がそうさせてくれない。なんともままならない事なのだろうか……。
「妃殿下をお見舞いしたいわ。伯母さま」
「そうね、妃殿下も幼なじみのあなたと逢えたら気が紛れるかもしれないわね」
ジョージアナは笑顔でそう請け合ってくれた。
そして、レナが王宮 春の棟へ招かれたのは数日後の事だった。
王宮の馬車つき場から降りると、王子妃つきらしい侍女が出迎えてくれ案内をし、フェリシアとのひさしぶりの対面が実現した。
「レナ」
嬉しそうに春めいた庭に面した広間でフェリシアはゆったりと座っていた。春らしい爽やかなイエローのドレスを着ていて、表情はとても明るかった。
母のグレイシアが妊娠中辛そうにしていたので、フェリシアも体調が良くないのではないかと心配になっていたが、その様子にホッとする。
「思ったよりも元気そう」
二年ぶりの対面だったが、フェリシアは以前よりも美しくそして気品に溢れていた。
「ついこの間までは本当に辛かったの」
「今は?」
「朝はやっぱり体がだるくて」
さりげなく体に目を向けても、お腹の膨らみは分からない。
「おめでとうってまだ、言えてなかったの。わたし」
「レナこそ、おめでとう。弟……えっと」
「ローレンスよ」
「そうそう、ローレンスね。それからデビューも」
ありがとうと微笑んで、レナはフェリシアに尋ねた。
「色々と騒がしいけれど、大丈夫?」
「ギルセルド王子の事?」
「そう」
フェリシアは軽く首を傾げると
「私がこの体だから、みんな心配させまいと大丈夫だとしか言わないの。それに、大変なのはエリアルドで私はなにも。むしろレナこそ大変だったのじゃない?」
お見舞いに来たはずなのに、慰められている心地になる……。
「たしかに巻き込まれてる……。でも少し、ホッとしてる」
「ホッとしてるの?デビューの日に、踊ったと聞いたわ」
面白そうにフェリシアはレナを見つめてる。
「周りはみんな、わたしがギルセルド殿下のお相手として釣り合っていると判断していたみたいだけれど……確かに、素敵な方には間違いないけれどわたしには無理だと思ってたもの」
「少し残念。レナが義妹になれば私も嬉しかったのに」
フェリシアの言葉にレナは少し笑った。
「そういえば、お相手の方って」
あの麗しい王子が拐ってまでして手にした女性の事は、レナも好奇心を押さえきれない。
それはなんといっても、美しい恋の物語のようだから…。
「アンブローズ侯爵夫人の遠縁にあたる方みたいで、正式にアンブローズ家の養女にされて、それで婚約を」
アンブローズ侯爵家は、イングレスでも有数な貴族の家で王家からの信頼も厚い。跡継ぎである子息たちも、王子たちの学友となっていた筈だ。
「そうなの。では、身分違いは確かだったのね」
「そう。けれど穏健派筆頭であるアンブローズ侯爵家の後ろ楯があればそれで十分だわ。あとは……このお腹の子が王女だと良いのだけれど……」
確かに、例え血筋が問題があってもアンブローズ侯爵家の令嬢となれば文句のつけようもない。そして、養女となるのを王家が認めたのなら尚更だ。
「どうして?王子さまの方が良いのじゃないの?」
レナが不思議に思って聞くと、
「この状況でなければどちらでも本当はいいの。でもギルセルド王子の追放をといてもらうには、王女の方が説得はしやすいわ。王位継承権で争いが起こらないように……ね?」
「……ああ……そういうことね!」
つまりは、エリアルドたちはギルセルドを王子としての立場を復権させるには、王女が産まれてくれた方が王位継承権の争いを抑える為にも、やり易いというわけだ。
「あなたの後見人であるアシュフォード侯爵やウィンスレット公爵は、今とても複雑でしょうけど。仮に、王位が巡ってきたとしても……ジョエルなら何も不安はないわ。それでも、エリアルドはギルセルドに側で支えて欲しいのよ。兄弟だから」
兄弟、と聞いてレナは弟たちを思い出した。
似ていない、兄弟を。
「そういうの、素敵ね。私は早く離れた方が良いのかも、なんて思ってしまうのに」
つい口がポロリとそんな事を滑らせてしまう。
「レナ?」
「あの家で……わたしだけが違うの。ローレンスも銀の髪を……してるわ。みんな……知ってる。わたしが本当は令嬢なんかじゃないって」
グレイシアが3度の結婚をしたことは、秘密でも何でもなく社交界ではレナがジョルダンの実子で無いことは周知の事実だ。
「それは違うと思うわ、レナ。そのみんなは間違ってる」
「ごめんなさい、お見舞いに来て。こんな事言うなんて、それよりロックハートからアイスを持ってきたの。一緒に食べましょう」
幼なじみの親しさでつい、口が滑ってしまった。
それくらいにはやはり、心ない言葉に傷ついてしまっていたらしい。
「ロックハート!懐かしいわ」
女の子から少女へと変わる13歳の時、14歳のフェリシアと15歳のジェールと大人抜きの3人で食べに言ったことが懐かしいのだ。
ロックハートは、王都で有名なお店でそこのアイスクリームがとても美味しいと評判なのだ。
ジェールが一番しっかりもの、フェリシアはどこか凛々しくて、レナはそんな二人について行っただけだったのだけれど。
フェリシアはもう簡単に王宮からは出られない。
溶けないように運ばせたアイスクリームは、合図さえすれば出してもらえるだろう。
その言葉に侍女がうなずいて、準備をしてくれるようだ。
「わたしも、懐かしいわ。まさか3人で遊ぶのがあれきりになってしまうなんて。想像しなかったわたしは本当に子供だったのね」
「淋しいの?レナ」
フェリシアに言われて、
「ええ、淋しいみたい」
「私も同じよ……」
フェリシアは、レナよりももっと大変なはずだ。
運ばれてきたアイスクリームは甘いのに、どこかしょっぱくて。
「でもね、レナ。ちょっと嬉しいかも知れないわ………だって、私だけ淋しくて、レナが何も思ってなかったらきっと腹が立ってしまうわ」
「それも、そうね」
くすくすとレナは笑いあった。
アイスクリームを食べ終わり、お茶をゆっくりと飲む。そしておもむろにフェリシアが口を開いた。
「それで……、レナはどうするの?」
「どうするのって?」
「ヴィクター」
どくん、とその名を聞けばやはり平静ではいられない。
「どうも……しないわ」
「……ヴィクターがいるから、話が無くなってホッとしたのかと思ったのに」
「ヴィクターは……もう、大人だもの。彼が望めば誰でもその前に体を投げ出すわ」
女性が彼にどんな目線を送っているのかを思い出すと思わず険しい顔になってしまう。
「じゃあ、レナもね」
ニヤリっと笑われて、レナは言葉を詰まらせた。
「あんな約束……もう、無効だわ」
「じゃあ、ちゃんと話してみたら?ヴィクターがどう思ってるのか」
レナは情けなくも、それは勇気がないのだ。
「ちゃんと話さないと、お互いに良くないかもしれないわ。私も……勝手な思い込みでぎくしゃくしたもの。エリアルドと」
「そうなの?」
「そう。政略だったし、お互いに仕方なく結婚したと思い込んでいたから」
「うそ、そんな風に思わなかったわ」
レナは目を丸くしてフェリシアを見つめた。
「自然な出会いを装った政略。でも…それは少なくとも不幸な結婚にはなってないみたい」
それを聞いて思わず笑顔になる。幼なじみのフェリシアの幸せは素直に喜ばしい事だから。
「良かった、本当に」
「そうね」
そろそろ帰らないといけない……。
「そろそろ、帰らないとね」
「また遊びに来て、私あまり社交もしないままに結婚してしまったから、こうして尋ねてくれるのはジェールとレナくらいなの」
レナは笑って
「もちろん、また来るわ」
フェリシアとのひとときは、やはりシャンテルたちと過ごす時のあの何とも言えない居心地の悪さを知らしめる。
だからと言って、上手く付き合わなくてはならない。
見送ってくれようとするフェリシアと、少し歩いているとエリアルドが回廊の向こうから歩いてきたのが見えて、レナはお辞儀をする。
「グランヴィル伯爵令嬢、ようこそ」
「ありがとうございます、殿下。この度はおめでとうございます」
「ありがとう、もう帰られるのか?」
「はい、ゆっくりと妃殿下とひさしぶりにお話ができて楽しい時間でした」
「また、いつでも大歓迎だ」
「はい」
冷たそうにも見える、エリアルドだけれどフェリシアを見つめる眼差しは優しい。その事にレナは微笑んでもう一度お辞儀をして、二人と別れ帰路へとついたのだった。




