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10,変事

 その日はジョージアナと行動を共にしていたレナは、アボット伯爵家を訪れていた。アボット伯爵夫人 シャーロット・アボットは、ジョージアナとデビューの時からの大親友で、ジョージアナと同じくらい淑女としての教養に溢れた人であった。


金の瞳はキラキラとしていて、いつも楽しそうに瞬いていて、そしてジョージアナの姪であるレナの事もまるで親戚の様に見てくれるのだ。だからこの日は社交と言うよりは、本当に気の置けないお喋りを楽しむ趣旨であり、ジョージアナもいつもより柔らかい表情(かお)をしていた。


「それでレナは、どうなの?気になる相手は?」

シャーロットはルーファスのような成人した息子がいるとは思えないほど、若々しくて可愛らしい女性だった。そんな彼女にいかにもわくわくといった雰囲気で聞かれてその迫力に少し体が下がってしまう。

「……まだ、わかりません」

レナがそう言うとシャーロットは、ジョージアナの方に視線を巡らせた。

「アナは、無理強いをしてはダメよ?自分だって政略みたいだねど本人同士好き合って納得の結婚したのだもの」

レナはそれは初耳だった。

当たり前だけれど、ジョージアナたちにも若い頃があったのだと改めて思い直す。


「そうなのですか?」

扇を揺らすジョージアナは、少し照れているようにも見えた。

「ええ、そうよ」


「わたくしも、そう。エドワードとは婚約者だったのよ……跡継ぎが居ないから破棄になったけれど」

「破棄、されたのにご結婚を?」

レナがシャーロットに言うと、

「エドワードじゃないとって、親にごねたの」

くすくすとシャーロットは笑った。


「そんなものだから、家の事情なんて二の次で気持ちを大切にすれば良いの」

「とはいえ……レナの為にも、殿下には早くお相手を決めてほしいものね」

「わたしの為?」

「前にも言ったけれど、レナは今王子妃候補なの。それが決まらないことには、レナは誰とも婚約をすることも出来ないわ」


「アナったら相変わらずお堅いわね。そんなもの、気にしなくて大丈夫よ」

シャーロットはきっぱりと言いきった。

「シャーリーったら。甥とは言っても、王子なのよ」


シャーロットは、クリスタ王妃とは夫であるエドワードが弟であり、本人自身も従姉妹という関係である。現在の王家とは近しい間柄にあった。


「わかってるわ。だから、ここでしか言わないの」

シャーロットは肩を竦めて、瞬きをして笑みを刻んだ。



そんな話をしていた所に、その広間にエドワードとそれからフレデリックが入ってきた。エドワードは、息子であるルーファスをそのまま年を重ねたような容姿をしていた。


「何があったの?」

そぐさにシャーロットがエドワードに目線を向けた。

「ギルセルド殿下が……花嫁を拐ったらしい」

「どういうこと?」

わからない、と言うようにエドワードは首を振った。

「詳細はまだ、分からない。ただ……街中で、目撃者が多かったらしい、それで私たちの耳にも届いた」

フレデリックがジョージアナに話した。


「とにかくこれから王宮へ向かう。いつ議会が開かれるか……」


わかった、というようにシャーロットとジョージアナは揃って頷いた。それを見て、エドワードたちは再び広間を後にした。


「……レディ マリアンナなら、何か知っているかも」

というシャーロットの言葉にジョージアナも頷いた。

「レディ マリアンナが知らなければ、誰も分からないはずよ」


ジョージアナとシャーロットは立ち上がると、

「レナは、先に邸に帰っていなさい。わたくしたちはウェルズ侯爵家へ行ってくるわ」


そんな大人たちの姿からレナは大変な事が起こっているのかも知れないと言葉を無くしたまま頷いた。



***



 夜はいつも、どこかで夜会が開かれていて、もちろんその日も例外ではなくて、人が集まれば話題はもちろん、ギルセルドの事で持ちきりだった。

 それほど普段目立つ地位にはないマカリスター伯爵家は、いつになくぎっしりと貴族たちが集まりとても賑わっていた。

それほど、みなが情報を得たいと思っていたということだろう。

マカリスター伯爵家が中立派に位置していた事も理由としては上げられるだろう。

中立派の筆頭は、クリスタ王妃の生家オルグレン侯爵であるから情報が集まる可能性と、また連続して同じ派閥から妃は選ばれない事から、ギルセルドの妃には中立派と武門派の家は除外されていたからだ。


「聞いた?レナ」

少し怒ったような顔をしてるシャンテルはレナに近づくといきなりそう話はじめた。

「噂ばかりで、確かな事が何も分からないの。ただ噂ばかりで」

「どんな?」

「どうやら、ギルセルド王子には秘密の恋人がいたみたいなの」

レナは、はじめて聞いたかの様に目を見開いた。

「そうなの?一体誰なのかしら?」

シャンテルは首を振ると

「王都ではデビューしてない令嬢なのかも」

とポツリと言った。


「花嫁を拐ったとかいう噂もあるのよ」

キャスリーンが言ったので

「どうして殿下みたいに身分がある人が拐う必要があるの。それはきっと別人に決まってる」

レナは何故かごまかすような事を言ってしまう。

もしかすると、レナが助けられたときその拐った花嫁と会っていたのかも知れないと少し予想したからだ。


「だから身分の低い相手なのじゃない?」

シャンテルが囁いてくる。

「……ねぇ、レナ。あなたは悔しくないの?わたしたち、ずっと騙されてたのよ?花嫁を探してるみたいな事を言っておきながら、実はこそこそと恋人が居たなんて」

「わたしは、まだ知り合ったばかりで……」

「でも、レナは、王子妃の地位にとても近かったのよ」

レナは肩を竦めた。

「でも……近くても、遠くても、わたしにはその地位は進む事はなかったのね、きっと」

「かわいそう、レナ」

キャスリーンがなぜか同情したように話す。


「ほーんと、田舎者よりもっと性悪な……野良猫が潜んでたみたいね」

アニスがシャンテルの背後から現れる。

「王子様はどうなるかしら。もしかすると、もう終わりかも」

「終わりって……どういうことよ」

「きっと……ただでは済まないわよ。それか無理矢理……適当な令嬢と結婚させるか」

アニスが扇ごしに強い眼差しを送ってきた。

「適当な?結婚前から愛人つきの王子様となんてわたしは嫌だわ」

「でも、シャンテル。これであなたにも望みが出てきたわよ?」

アニスが言う。

「わたしは元々、狙ってなんていないわ」

「そう?」

挑発的な笑みを浮かべたアニスは、レナを厳しい目で見つめた。


「貴族院の男性たちは、王宮へ詰めたまま。陛下はどう収められるかしらね」

どこか落ち着かない雰囲気がしているのは、きっとそのせいなのだろう。

「レディたちは……なんの話をしてるのかな?」

笑みを浮かべながら、声をかけてきたのはルーファス・アボットだ。


「こんばんは、ルーファス卿。今夜の話題についてなら、貴方の方がご存じでしょ?」

アニスが澄まして言うと

「さぁ……若いレディたちの話題は、私はまだまだ未熟者ですから、その辺りをぜひ語らいたいものですね。レディ アニス」

アニスはルーファスの手を取り、その場から離れていく。


「では、レディ レナ。私とワルツでも踊りましょう」

ルーファスの後ろに立っていたのは弟のカイルで、レナはそのシャーロットに似た明るい雰囲気のある彼の手を取った。

「ぜひ」


「……女性たちも、不穏な空気だったね」

「見ての通りです」

「私も、知らなかった。彼が(・・)隠し事が上手いとは」

ギルセルドとカイルは、同じ年の従兄弟同士で仲が良かったはずだ。


「そうなのですね」

「困ったことに、、、なった。アシュフォード侯爵家は親王派……その流れを汲むグランヴィル伯爵家のあなたなら……」

「扱いやすかったですか?」


「誰にとっても、好都合だった」

「わたくしの、意思は?」

レナの意思はどこにあるのかと、そう尋ねたい。

「それに、相応しいというのならレディ コーデリアの方がよほどらしい(・・・)のに」

気品といい、血筋といい……。

「デュアー公爵家はなくなる。婚姻により得るものが無さすぎ、そして、失うものの方が、大きい。グランヴィル伯爵家は、爵位が譲渡されたとはいえ、それは叙爵によるもの。旧くはあの地からローラ王妃を送り出した。ジョルダンは若い頃から王に忠実で、家は跡継ぎも育ち安泰だ。君は育つのに不自由を感じたことなど無いはずた」


「絵に書いた恋人のお話だわ」

すべては机上の理論だ。そこには真実は一つもない。

「そう……。しかし、こうなっては、そのグランヴィル伯爵の惣領姫を嫁がせるのは難しくなった。そこで、どう?」

醜聞を作ってしまった王子はレナは勿体ないとでも言うのだろうか?

「どう?」

「兄と」

カイルのそこで、と兄。という言葉に、レナは眉を寄せた。

「そこまで、戸惑う?」

くすくすと笑われて、息を吐いた。


「ルーファス卿は誰でも選べるのになぜ?」

「他意はない。アボット家としてもそこそこ条件のいい女性を伯爵夫人に迎えたい」

カイルはふざけてるのか真剣なのか分かりづらい。

「そこそこ」

「そう。そこそこ……失礼な言い方だよね」

「ええ、そうね。とても」

レナはでも笑って

「でも……嘘よりは、はっきり言ってもらえる方がいいと思うの」

「思った通りだ。レナはわりあい女性にしては現実がよく見えてる」

「まさか……ちゃんと、見えていたら。今年は王都へ意地でも来なかったわ」

そう言うとカイルは軽く声をあげて笑った。

「嘘だろ?デビューは少女の夢じゃないか?」

「に、しても。こんなにすぐに打ち砕かれるなんて。ウィンチェスターで静かに過ごしていれば良かった」


「まぁ、でも。それは無理だっただろうね」

「なぜ?」

「君が、レナ・アシュフォードだから」

思わず目を合わせてしまうと、

「グランヴィル伯爵か、もしくはアシュフォード侯爵かウィンスレット公爵が説得しただろう。デビュー前の娘を言いくるめるのなんて彼らには簡単だ」


つまりは、この波乱に満ちた日々は避けようが無かったと言うことだ。


レナは望む望まないに限らず連なりのある貴族たちの駒の一つなのだ。そう自覚すると誰かに八つ当たりしたい気持ちは誰にぶつけられるだろうと考えを巡らせた。


そして……答はすぐに出た。


そんな相手も今は居ないと……。


 レナは二人に話しかけてきた………と言うよりはカイルにだが……ベルタ・アッテンボロー男爵令嬢に、会話を中断を余儀なくされた。ベルタはわざと、ではなく少しぼんやりとしているからレナがきっと視界に入らなかったのだろう。

おっとりと話しかけているベルタとそれから、応対しているカイルから離れた。


その夜はヴィクターは見つけることが出来ず、その事はレナをさらに消沈させてしまった。

―――会えないと淋しくなるなんて、幼い頃の刷り込みはなかなか喪われてくれないものの一つのようだ。

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