1月9日
めーちゃんが寝るのが遅かったみたいです(帰るのが遅れました)
一月九日。六時。
この日も、町田青年はいつも通りの時間に起きた。
起きなくても良いのだが、決まってしまった生活サイクルは中々変えられないものである。
便利といえば便利だが、どちらかと言えば疎ましい。それが町田青年はにとっての「朝六時」であった。
「……お弁当、どうしようかな」
町田青年は寝たままで独りごちる。
起き上がらないのは、今日もまた、メアリーが胸板の上にひっついているからだ。
うつ伏せは健康に良いのだったか、悪いのだったか。思い出せない情報を頭で回しながら、ぼんやりと考える。
「……にゅー」
「……まぁ、いいか」
こんなにも気持ち良さそうに寝ているのだから、まぁ、悪いことだけとは限るまい。
そう結論付けた町田青年は、メアリーの柔らかい金糸を、ぽふ、ぽふ、と撫でた。
顔の割に暖かい手に、小さな頭が包まれる度に、メアリーの口から、嬉しそうな寝息が漏れた。
「……みゅふー」
「小さい。本当に、小さい」
小さな手足に、小さなお腹。何もかもが小さいのに、まるで湯たんぽの様に暖かい。
いつもならば寝起きなど、寒さで跳ね起きるものなのだが、今年からはこの時間が惜しく感じる町田青年であった。
「……一日中こうしていたいけど」
約束は、守らないと。
その言葉を頭で唱え、そっとメアリーを抱え、くるりと体勢を仰向けからうつ伏せへ反転させる。
自らの重さで潰さない様にしながら、そっとメアリーを下ろすと、町田青年は自分だけ布団から抜け出し、彼女にしっかりと布団を被せた。
「メアリーさんは……外国の方だし、洋食派かな。よし」
調理器具を片手に、黙々と町田青年は作業を始める。
久しぶりに、本気を出して取り組むことにした町田青年であった。
***
十一時。
今日は昨日の約束通り、皆で大きな自然公園へと赴いていた。
今日も透き通る様な晴天。
「……さおとめ、よんでたっけ?」
「私が呼びました」
「呼ばれました!」
「そっかー」
「はい」
そう、皆で、である。
前日の内に連絡しておいたお蔭で、夢見も無事に合流することが出来た。
今日はジャージではなく、動きやすいながらも、適度に洒落っ気のある服装をしている。
「きょうはここであそぶの!?」
「はい。沢山遊びます」
「やったー!」
両手を上げて駆け出すメアリーを、町田青年は小走りで追う。
その手には大きめの鞄が握られており、それを揺れない様に気をつけながら運んでいる。
「先輩、それは?」
「あぁ、これは……」
目敏く見つけた夢見に、町田青年は薄く――本当に、夢見やメアリーにしか分からない程に――微笑む。
その(町田青年にしては)自然な微笑みに目を丸くする夢見に、町田青年は言う。
「……ただのお弁当です」
少しだけ、胸を張りながら。
***
十二時。
「わぁ……っ!」
芝生にレジャーシートを敷いたメアリーは、昼食を広げて歓声を上げる。
鞄の中に入っていたのは、色とりどりのサンドイッチ、サンドイッチ、サンドイッチ。
卵にツナ、照り焼きチキンにカツ、変わり種では煮物まで。
多種多様なサンドイッチが、所狭しと鞄に並んでいる。
この量にメアリーは目を輝かせ、夢見は狼狽した。
「いっぱい!!」
「いっぱいです」
「い、いっぱいだぁ……」
人数にして、5人前だろうか。
良い仕事をした、という表情の町田青年に、夢見は顔を引き攣らせる。
考えても見て欲しい。
町田青年は小食であり、メアリーは見ての通り幼女なのだ。食べられる量には限度がある。
そうして、余った分は誰が食べるのか。
「…………うぅ」
矛先は自然と、自分に当たる。
その予感をひしひしと感じ、夢見は腹を抑えて呻いた。
胃がしくしく泣くのではなく、腹がたぷたぷと踊る未来を想像して。
「……では、頂きましょう」
「はーい!」
「う、うん……」
二人は意気揚々と、一人は重い調子で手を合わせる。
風の爽やかな流れが、せめてもの救いであった。
***
十五時。
大きな池の上で、三人はボートを漕いでいた。
いや、三人はではない。夢見が、である。
町田青年はおろおろとしながら座るしか出来ず、メアリーはその膝上にちょこんと座っている。
「わーっ! はやいはやーいっ!」
「早乙女さん、大丈夫ですか」
「だいっ、じょーぶっ、ですっ!」
「疲れたでしょう、変わりますよ」
「ぜんっ! ぜんっ! もん、だい、なしっ!」
ぎぃこ、ぎぃことリズミカルに、且つ素早くボートを漕ぐ夢見。
そのパワフルさは男子顔負けで、太りたくない乙女の執念が垣間見えた。
そうとも知らず、メアリーはきゃっきゃとはしゃぎ、町田青年はただただ狼狽えている。
「さおとめ! もっと! もっとはやくー!」
「よし来たーっ!」
「早乙女さん。早乙女さん。早過ぎます。早過ぎます」
風と波を切りながら、ボートは勢い良く進む。
波の揺れが腹の揺れに見えて、ボートは更に勢いを増した。
■メアリーの にっき■
きょうは おじちゃんと さおとめと おっきなこうえんにいったよ!
やくそくどーり! おじちゃん うそつかない!
おっきな こうえんは みどりがいっぱい。
しばふは ふさふさしてて おひさまのにおいがするね。
みんなで ボールあそびも したよ。 ころころ ころころ ころがりいっぱい!
おひるごはんは サンドイッチが いっぱい!
おじちゃん がんばって つくりました。 さおとめ いっぱいたべれて よかったね!
げんきになった さおとめは ボートをぐいぐい うごかしてたよ。
かぜになるんだって。 そのときはめーちゃんも いっしょに おそらを とびたいな。
かえりは ぐったりしてたけど おじちゃんが なでたら げんきになったよ。
あしたも いいことありますように。