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1月8日


 一月八日。六時。

 いつもの重みがあることを感じ、町田青年はゆっくりと目を開ける。

 胸板の上には、ぴっとりと寄り添うメアリーの姿があった。


「……ふふ」


 夢見はいない。昨日一旦帰って、また朝の十時頃には此方へ来てくれる筈だ。

 まだ冬休み期間なので、サークルなどに所属していない大学生にとっては暇なのは町田青年にも分かってはいる。

 しかし、個人的な事情で彼女を呼びつけていることを考えると、申し訳無さが大きく膨れる。

 

「……また、ケーキでも買って帰らないと」


 女性への御礼なんて、お菓子くらいしか知らないから。

 そう思いながら、町田青年は今日の食事を作り始めた。


***


 ところがどっこい、毎日ケーキは女性にとって、嬉しいことでもあり不味いことでもある。


「今日はお外に出るよっ!」

「おそと!」


 十時。いつものジャージ姿の早乙女夢見は、高らかにそう宣言した。

 メアリーも動きやすい服装に着替えており、楽しみにしているのがありありと見て取れる。


「でもおそと、いいの?」

「大丈夫! 寧ろ、お外で遊ばないと……」

「あそばないと?」

「……太るわ!」

「!?」


 初日からここ一週間、メアリーは殆どの時間を家の中で過ごしている。

 勿論、それは悪いことではないのだが、家の中に居続けるのは、小さな子供にしては不健康的だ。

 ……そして、二日間運動せずに過ごし、ケーキやお菓子を食べるのは、大学生程の女性にとっては致命傷に繋がる。


「正月太りなんて許せません!」

「で、でも、めーちゃんまだ、ふとってないよ?」

「そういうものは自覚し難い物なのよ! それに……」

「そ、それに……?」


 恐る恐る、といった風にメアリーが聞く。

 夢見はニヤリと笑うと、努めて低い声で言う。


「……重くなりすぎて、寝てる時に町田先輩にひっつけなくなるかもよ?」


 アパートに、幼い悲鳴が響き渡った。


***


 十一時。

 早めの昼食を済ませた後、二人は早速公園へと出かける。

 近所の小さな公園には、既に同じくらいの子供たちや、その親御さん達がいた。

 ……ベンチに座り込むスーツのおじさんもいたが、努めて無視してあげるのが情けである。


「……こーえん!」

「そう、公園! 遊具が沢山あるでしょう!」

「たくさん!」

「沢山! しかも無料!」

「ただ!」

「仲良く使いましょー!」

「おー!」


 メアリーと夢見の容姿が注目を集めているが、二人は目もくれず両手を上げて言う。

 

「じゃぁメアリーちゃん、まず何で遊ぶ?」

「あれ! あれやりたい!」

「ほう、ブランコ」

「ぶらんこー!」


 メアリーが指差すのは、極普通のブランコ。

 早速空いているブランコに座ってみるメアリーだが、座るだけでは動かない。


「……う?」

「あぁ、ブランコやったことない? これはねー……」

「う!?」


 後ろから背を押され、ぐん、とメアリーの身体が動く。

 前へ、そして後ろへ。音を鳴らしながら、メアリーとブランコは宙を動く。


「おおー!」

「ある程度動ける様になったら、こう、足で動かすの。やってみな?」

「うんっ!」


 夢見のブランコを見よう見真似で、足を曲げ伸ばしして、勢いづけるメアリー。

 ブランコはメアリーの意思に応える様に、ぐんぐんとそのスピードを早めていく。


「すごいっ! すごーいっ!」

「ちゃんとブランコを掴んでるんだよー」

「わかったーっ!」


 きゃっきゃと笑いながら、メアリーはブランコを漕ぎ続ける。

 次第に笑い声に惹かれてか、ブランコを羨ましそうに見つめる子達が集まり始めた。


「……あら」

「……」

「はい、ボク。交代」

「あ、ありがと……」


 それを目敏く見つけた夢見が、ブランコから降りて交代する。

 照れくさそうに子供の一人がブランコを受け取り、楽しげに漕ぎだす。

 それを見たメアリーが、漕ぎ続けながら夢見に話しかけた。


「……おりちゃうのー?」

「皆並んでるからねー。後ろに並んでたら交代するのがオトナなのよ」

「ふーん……」


 夢見がそう言うと、メアリーも漕ぐのを止め、ゆっくりと動きが止まるのを待つ。

 動きがゆっくりになったところで、夢見の助けを借りながら、彼女はブランコを降りた。


「……はい!」

「いいの?」

「うん! めーちゃんオトナだもん!」

「……ありがと!」


 列を作っていた子供が、ブランコを楽しみ始める。

 少し惜しげなその頭を、夢見はわしわしと撫でる。


「わっ」

「エライじゃん。メアリーちゃんオトナだね」

「……えへんっ」


 小さな胸を張るメアリーに、夢見は更にわしわしと撫でる。

 上機嫌になったところで、夢見は元気良く話を続ける。

 

「……さぁ、次は砂場に行こうっ! バケツとシャベルを持てい!」

「おーっ!」


 きらきらの金髪を振りながら、二人は砂場へ突撃する。

 小さな公園であったが、遊具は沢山。日暮れまで思う存分に楽しんだ。


***


「……それでねっ! それでねっ!」

「そうですか。早乙女さんと遊べて良かったですね、メアリーさん」

「うんっ!」


 布団に潜り込みながら、メアリーは今日の出来事を町田青年に話す。

 町田青年も薄く笑いながら、その話を聞いていた。


「……めーちゃん、おじちゃんともいっしょにあそびたい!」

「そうですか?」

「そうなのっ!」

「そうですか……」


 暫く考えこみ、町田青年は鷹揚に頷く。


「では、明日は公園に行きましょうか」

「ほんとっ!?」

「はい。明日はお休みなので」

「やったーっ!」


 両手を挙げるメアリーの頭を、町田青年は優しく撫でる。


「じゃぁ、おやすみなさい」

「おやすみなさい!」


 明日はお弁当を作っていこう、そう思いながら、町田青年はゆっくりと目を閉じた。


 ■メアリーの にっき■


 きょうは さおとめと こーえんに いったよ!

 ブランコも すなばも じゃんぐるじむも みんなたのしい!


 でもめーちゃんは ちゃんとゆずれる オトナなのです。

 さおとめも めーちゃん、えらいねって ほめてくれたよ! えへん!


 あしたは おじちゃんと あそびにいくんだ!

 あしたは いいこと いっぱいだね!


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