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3月5日


 三月五日。

 今日は、意外な客が“MARY”に来ていた。


「……あらぁ、町田さん!?」

「……あ」


 顔を見合わせて、両者があっと声を上げる。

 中年のご婦人である彼女は、まぁまぁと呟き、カウンターの奥でカップを洗っていた町田青年へと駆け寄る。

 町田青年も洗浄を止め、丁寧に会釈を返した。


「急にいなくなってどうしたのかと思ったけど……もしかして、ここ、町田さんのお店!?」

「……えぇ、そうなります」

「あらぁ、凄いわぁ!」


 仰天するご婦人に、町田青年は恐縮しながらも頭を下げた。

 そんな二人を見ていたメアリーは、首を傾げる。


「……おばちゃん、だーれ?」

「あらぁ、おぼえてない?」

「あったことある?」

「前の職場の、同僚さんです」

「あー!」


 町田青年の解説に、思い出したメアリーが声を上げる。

 そう。ご婦人は町田青年が以前働いていた、スーパーマーケットの従業員であった。

 その後に衝撃的な事件が続いたから、忘却の彼方へと追いやられてしまったのだろう。


「わすれてた! ごめんなさい!」

「良いのよぉ。それより町田さん、怪我とかは大丈夫だったの?」

「はい。ご覧の通りです」

「そう。あれから音沙汰なしだから皆心配してたんだけど、よかったわぁ」


 ホッと息をつくご婦人は、本当に心から心配していたのだろう。

 最近は人の温かみに触れる機会の多い町田青年だったが、身近だった人から心配されていたという事実は、若干の気恥ずかしさと、申し訳無さを掻き立てる。

 次いで、彼はハッと顔を上げると、平身低頭で言葉をかけた。


「……あの。この事は、店長には内密に……」

「あらやだ。告げ口なんてしないわよぉ。それに、そんな事しても意味ないし」

「どゆことー?」

「あのお店、潰れちゃったのだもの」

「えっ」


 思わぬ一言に、町田青年は呆気にとられる。

 しかし実に愉快そうに、ご婦人はころころと笑ってみせた。


「あの後、労働なんとか……よく分からないけれど、色々な役所の人がいらしてねぇ。営業停止になって、潰れちゃったのよぉ」

「そ、そうなんですか……?」

「そうよぉ。あの時の店長の顔は見せてあげたかったわぁ。ホント、胸が清々する感じだったわよぉ」


 こんな顔、とご婦人が変顔を披露すれば、メアリーが可笑しがって笑う。

 しかし町田青年はそれに応えることも出来ず、あんぐりと口を開けていた。

 2月中はなんだかんだとあったが、正直いつ店長が襲来するか冷や冷やしていたのだ。

 その呆気無い幕引きに、安堵すればいいのか、肩透かしを感じればいいのか分からなくなっていたのである。

 しかし。


「わるいひと、いなくなったんだって!」

「は、はい」

「よかったね、おじちゃん! もういじめるひと、いないよ!」

「……はい」


 メアリーがにっこりと微笑むのを見て。

 この小さな子供を守る為の障害が一つ減ったと考えると。


「……良かったです。とても」

「うんっ!」


 自然と、胸を撫で下ろす町田青年であった。


 ■メアリーの にっき■


 きょうは スーパーにいた おばちゃんがきたよ!

 あのスーパー つぶれちゃったんだって。

 おじちゃんをいじめてた わるいひとも もういないんだって。

 よかったね おじちゃん!


 おばちゃんは またくるっていってたよ!

 こんどは スーパーで はたらいてた ひとたちと いっしょに くるって!

 おきゃくさんいっぱい! うれしいね!


 でもね もし また わるいひとが おじちゃんを いじめにきても。

 めーちゃんが まもってあげるから!

 おじちゃん あんしんしてね!


 あしたもいいこと ありますように!


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