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1月6日

遅くなって本当に申し訳ない。



 一月六日、水曜日。六時半。


 朝早くから、町田青年はアパートの外で待っていた。

 もうすぐ待ち合わせの時間だからだ。

 メアリーが起き出さないことを祈りながら、相手を待つ。


「……お待たせしましたー!」

「……おはようございます」

「はい、おはようございます!」


 そう言って走ってやって来た相手に、町田青年は丁寧に頭を下げる。


「あけましておめでとうございます」

「あけおめです!」

「新年早々、こんな朝早くから呼びつけてしまって申し訳ありません」

「いえいえ! 大学生は暇ですから、大丈夫です!」


 相手は快活に手を振り、自らも頭を下げた。

 鷹揚に頷くと、町田青年は相手を先導すべく、踵を返した。


「……中へどうぞ。お雑煮とお汁粉、どちらがよろしいでしょう」

「どっちが町田さんの手作りですか!?」

「お雑煮です」

「じゃぁお雑煮で!」

「はい」


 元気良く答える相手に頷きながら、町田青年は玄関を開ける。

 今日も町田青年の、物憂げな一日が始まる。


***


 七時半。


「……むぁ?」

「あっ、起きたぁ……やだ、お目目すっごく綺麗!」

「むぅー……?」


 朝起きたら、知らない人がいた。

 それ自体は、メアリーにとって特に珍しいことではない。

 だが、今まで町田青年と過ごしてきた中で、この女性がいたことはない。


「……だれぇ?」

「あ、ごめんね、ビックリしちゃったね。私は……」

「自分の、後輩だった方です」


 聞き慣れた声に、メアリーはがばっと起き上がる。

 とてとてと歩き出すと、彼女は聞き慣れた声の下……町田青年の下へ駆け寄った。


「おじちゃん」

「はい」

「おはようございます!」

「おはようございます」


 不安そうにしながらも、朝の挨拶は忘れないメアリー。

 寄り添いながらお辞儀をされ、町田青年もやりづらいながらも、丁寧にお辞儀を返す。

 

「ね、こーはいってなに?」

「自分より後に来た人、ということです」

「高校の頃だけどねー」

「こうこう?」

「学校の一つ……取り敢えず、紹介します」


 埒が明かないと話を打ち切り、町田青年は未だ畳に座り込んでいる女性を手で差す。


「自分の高校時代からの後輩で、早乙女夢見さんです」

「はーい、夢見でーす。ゆーちゃんでもユメちゃんでも何でも良いよ!」

「さおとめ!」

「苗字!?」


 そんなー、と言いながら、早乙女夢見はメアリーへ手を伸ばす。

 白ジャージにポニーテール。

 正月早々、なんともだらしない格好であるが、それが彼女の豊かで、引き締まるところは引き締まったプロポーションを引き立たせている。

 まるで牛さんだ、と思いながら、メアリーは挨拶した。


「あけましておめでとうございます!」

「はい、あけおめでーす」

「さようなら!」

「まだです」

「えー!」

「あれれー、全然歓迎ムードじゃないぞー?」


 何故か警戒心を顕わにするメアリーに、町田青年も夢見も困惑する。

 もっと人懐っこい子だと二人共思っていたのだが、どうやら町田青年のみの様だ。


「取り敢えず今日は、早乙女さんと一緒にお留守番してもらいます」

「先輩、昔みたいに夢見でいいんですよ! 昔みたいに!」

「早乙女さん。手筈通りに、よろしくお願い致します」

「あれれー? 先輩ー?」


 丁寧なお辞儀を返しながら、夢見は首を傾げる。

 セメントな対応であるが、町田青年としては普段より幾分かは柔らかいものであった。


「帰ったら、ケーキを買ってきますので」

「……うん」

「いい子にしていてくださいね、メアリーさん」

「……わかった」


 きゅ、と袖を握りながら、メアリーは素直に頷く。

 静かな朝食を終え、町田青年は何度も振り返りながら、仕事へと向かった。

 

***


 十二時。

 夢見による、再三再四の会話の試みは失敗に終わり、メアリーは黙々と本を読み続けていた。

 しかし、昼時になって、メアリーの腹の虫が活発になる。

 ぐぅ、という音が鳴り、メアリーの顔が真っ赤に染まった。


「……そろそろ、ご飯にしよっか?」

「……むー」


 恥ずかしいながらも、ご飯は食べたい。

 メアリーがこくりと頷いたのを見て、夢見はいそいそと昼食を準備する。

 今日のご飯はオムライスとおせち。町田青年が朝早くに作ったものだ。

 

「いっただっきまーす!」

「……いただきます!」


 電子レンジで温められたオムライスを、二人揃って頬張る。

 丁寧な味が舌を喜ばせ、二人は思わず顔を綻ばせる。


「んー! やっぱり先輩のご飯おいしいわー!」

「……さおとめ、たべたことあるの?」

「え? あ、うん。大学にいた頃にねー」


 不意に聞かれ、喜びと戸惑いを混ぜながら夢見は頷く。

 それを聞いたメアリーは、矢継ぎ早に質問をぶつけ始めた。


「さおとめとおじちゃん、こうこうのおつきあいじゃないの?」

「ううん、高校だけじゃないよ。高校生の頃から、大学生の頃までかな」

「いまは?」

「今は……久しぶりに連絡が来たと思ったら、隠し子が出来ててビックリ、って感じかな」

「かくしご?」

「メアリーちゃんのこと!」

「めーちゃん、かくしごじゃないよ」


 メアリーはオムライスを頬張りながら言う。

 眉をひそめた夢見に、メアリーはまっすぐと見つめて。


「めーちゃん、おじちゃんをたすけて、っていわれたから、きたの」

「助ける?」

「うん。おじちゃんを、げんきにしてあげるの」


 まっすぐで、疑いを持たない顔。

 不穏な物を感じながらも、夢見は冷静に聞く。


「……誰から言われて来たの?」

「んー……しろいふくの、おばちゃん」

「全然分からん……」


 ……が、そこは見かけ五歳の言うこと。

 あまりにも不明瞭過ぎて、情報源としてはとても心許ない。

 夢見も、ある程度の事情は町田青年から聞いていたが、どうにも何かありそうで、何も出来無さそうな状態であった。

 彼女はそれ以上の追求を諦めて、前向きな会話を試みる。


「じゃぁ、メアリーちゃんは、町田先輩を元気にするんだ?」

「そうだよ!」

「どうやって元気にしてあげるのかな?」

「え? えっと……」


 どうやって元気にするか。メアリーは暫く考えこんで……。


「……いっしょに、おねんね、する?」

「……それで元気になる先輩とか、ちょっと想像したくないなぁ……」


 ……いつもしていることを挙げるのだった。

 ちなみに、実際に元気になっている辺り効果はあるのだが、夢見の考えている様な行為ではない。


「……じゃぁ、元気になる様に、一緒にお菓子でも作る?」

「おかしで、げんきになるの?」

「そりゃーもう、昔あげた時は両手を上げて喜んでたわよ。真顔で」

「いつものかおで?」

「そうそう」

「……おー!」


 想像が出来たのか、途端にメアリーの顔が明るく輝き出す。

 がば、と立ち上がり、メアリーは力強く頷いた。


「する!」

「よっし。じゃぁ早くごちそうさましようか」

「うんっ!」


 メアリーはオムライスをかっ喰らい、両手を合わせる。

 日が暮れるまで、二人の格闘は続いた。


***


 八時半。

 町田青年が戻ってくると、キッチンはどす黒い何かで満たされていた。


「……これは」

「い、いやぁ……」

「おかしつくってた!」

「……ひ、久しぶりに、みたいな?」


 大量の失敗作の横に、不格好だがきちんと出来たクッキーがあった。

 町田青年はじっと見た後、ゆっくりと頷き。

 

「いただきます」


 と失敗作を口にした。

 青い顔で見る夢見と、期待する顔で見るメアリーを見ながら、町田青年は顔色一つ変えずに。

 

「美味しいです、とても」


 と答えるのであった。

 ……この後、失敗作を大量に消費し、町田青年は暫くトイレから出てこなかった。

 夢見はその間、大急ぎでコンビニへ胃薬を買いに行ったという。


 ■メアリーの にっき■


 きょうは さおとめと おかしを つくったよ。

 クッキーを いっぱい。

 はんぶんは まっくろで はんぶんは まっしろ。

 めーちゃんの じしんさく です。


 おじちゃんは うれしそうに たべてくれたよ。

 つぎはもっと おいしいの つくるんだ。

 きょうの ケーキに あうくらいに!


 きょうは おふろ さおとめと はいったよ。

 さおとめは おなかはほそいけど おむねは うしさんみたい。

 ぼくじょうで はたらいてたのかな。


 あしたも いいこと ありますように。



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