2月27日
二月二十七日。
草木も眠る丑三つ時に、メアリーは珍しく起き出した。
「……んぅ」
真っ暗な部屋の中、布団を跳ね除けて彼女は目を擦る。
寒気を感じはするものの、彼女には立ち上がる必要があった。
「……おしっこ」
そう、お小水である。
今日のご飯はカレーで、お水を沢山飲んだからか。
それとも寒い冬だからこそか。
いずれにせよ、メアリーはトイレに行きたかった。切実に。
「くらい……」
しかし、皆が寝静まった夜更けである。
当然ながら、どこの照明も点いておらず、辺りは真っ暗闇に包まれていた。
暗闇に目が慣れるまで、メアリーは布団の上でじっとする他ない。
「……うー」
夢見に連れて行って貰おうかとも考えたが、その為に起こしてしまうのは憚られた。
別に彼女なら、快くトイレまで連れて行ってくれるだろうが、気持ち良さそうに眠る彼女を邪魔したくなかったのである。
「めーちゃん、がんばろ。えい、えい、おー……!」
メアリーは小さな声で、自分を励ます。
そうしなければ、怯えで動けなくなってしまいそうであったからだ。
暗闇の中、誰かがじっと身を潜めている気がして、メアリーはその誰かを刺激しない様に、そろそろと歩みを進める。
「……こわくなーい、こわくなーい、おばけなんて、こわくなーい……」
呟きながら、メアリーは壁伝いに歩く。
目指す場所は、二階と一階を繋ぐ階段。その近くにある二階トイレである。
距離はそう遠くないが、暗闇の恐怖が、少しずつ少しずつ、メアリーの歩みを遅くしていた。
「もうちょっと……もうちょっと……!」
逸る気持ちを抑えて、メアリーは進み続ける。
トイレまでは後少し。照明のスイッチに手を伸ばすと、トイレに眩い光が灯った。
「やたっ……!」
すぐにトイレに駆け込もうとするメアリー。
しかし、それを……一階から覗くモノがいた。
「ひっ……!?」
思わず声が出たメアリーに気付いたのか。
ぎし、ぎし、という音を立てて、それは二階へ登ってくる。
「あ、あ、ぁ……!」
身体の奥底から、震えが止まらなくなる。
足がガクガクと揺れて、立つことすら出来そうになった時……。
「お化けじゃありませんよ」
「……ふぇ?」
「自分です」
……聞き慣れた声と顔が、ぬっと現れた。
困った様な顔をした町田青年は、メアリーを抱き起こし、そっとトイレのドアを開ける。
「どうぞ。外で待ってます」
「お、おじちゃぁん……」
「はい?」
「……おふろぉ」
「……はい」
涙目で言う、メアリーに。
町田青年は何も言わずに、お風呂場へと歩くのだった。
■メアリーの にっき■
きょうはね ちょっと はずかしいことがあったよ。
なにがあったかは ないしょ! ……ないしょ!
やっぱりなにもなかった! だからだいじょーぶ!
……おじちゃんは だまっててくれるって いってたもん。
だから せんせーには バレないもん。
……バレないよね? だいじょーぶ だよね?
おみずは ねるまえに いっぱいのんじゃだめだよ。
あしたもいいこと ありますように。




