1月5日
ちょっと遅くなりました。
今日はロリ分少なめです。
一月五日。火曜の朝、六時。
町田青年は定刻に起きる。
いつも通り。だが、その顔は以前より憂いに満ちている。
「……大丈夫だろうか」
昨日はストーブを取り出し、夜中に燃料を運んできた。
使い方も紙に纏めたので、寒くなったら使ってくれる筈だ。
しかしそれでも、不安は多い。
「……でも、今日一日だけは」
「にゅ…………」
彼にひっついて眠りこけるメアリーの頭を、そっと撫でる。
今日一日耐えれば、なんとか対策は取れる。
……有効であるかはさておき、一人でお留守番という状況は防げる筈だ。
「……今日も、頑張ろう」
決意を固め、町田青年はそっと起き上がる。
静かな朝に、調理の音が響き始めた。
***
七時。
「ごちそうさまでした!」
「はい、お粗末さまでした」
揃って手を合わせ、食事を終える。
定番になって来たやり取りに微笑ましさを覚えながら、気を引き締めて町田青年は話す。
「メアリーさん」
「はーい!」
「此方を御覧ください」
「う?」
(メアリーにとっては)いつの間にか、狭い部屋には鉄の箱が置かれていた。
鉄色の無骨なそれは、昨日運んできたストーブだ。今はまだ使っていないので、しんと静まっている。
「はこ!」
「ストーブです」
「すとーぶ?」
「はい。寒い時はこの様に……」
ストーブに備え付けられたスイッチをつけると、カチカチ、という音の後に、箱の奥底で火がつく。
その途端、部屋には石油ストーブ特有の臭いが蔓延し、メアリーは思わず鼻を抑える。
「くちゃーい!」
「ですが、これで暖まれます」
「……ほんとだ! あったかい!」
肌寒いアパートの一室は、次第に暖気に包まれていく。
両手に手を当てるメアリーを見ながら、町田青年はストーブの電源を切った。
途端に、ストーブは停止し、暖気は消え失せる。
「あー!!」
「燃料は有限なので、夜かお昼寝する前にお願いします」
「はぁい……」
「他にも、寒い時、特に夜になった時は、これをつけてください。 暖まれます」
「……はーい!」
元気良く返事するメアリーに、町田青年はゆっくりと頷く。
そうして、いつになく固く、その手を握った。
「……今日一日は、一人でお留守番してもらいます」
「……うん」
「……お土産を買ってきますので、楽しみにしていてください」
「……いっぱい?」
「そこそこです……」
「そっかぁ……」
しょんぼり、という顔のメアリーに、町田青年は困ったように眉尻だけを下げる。
彼女は幾らか逡巡して。
「……じゃぁ、めーちゃん、まってる!」
「……はい」
努めてにっこりと、微笑んだ。
それに元気付けられて、町田青年の表情も柔らかくなる。
「……では、行ってきます」
「うんっ! いってらっしゃーいっ!」
手を大きく振って、メアリーは町田青年を見送る。
町田青年が見えなくなるまで、メアリーは窓から手を振り続けた。
***
八時。
町田青年は、この時間までに自分の職場に辿り着かねばならない。
職場は、近所のスーパーマーケット。
個人営業だが、店長がやり手であり、大型企業に押し潰されることなく存続している。
しかし、このやり手とは、あくまで「売上を伸ばす」ことにおいてであり……。
「……おい、町田ッ! 遅いぞッ!」
「すみません、店長」
……人格面のことは評価の内に入っていない。
それが、店長に対する町田青年の評価であった。販売用おせちを買わせたのもこの男なので、この評価は無理もないが。
ちなみにこの日は十五分前には到着しており、準備に関しても全く問題はない。
「ったく……棚出し急げ。他のクズ共はモタモタしてやがる。指示しろ」
「はい」
いや、もしかしたら経営者の人格としては、とても優れているのかもしれない。
かれこれ数年働いている町田青年を、開店から閉店までこき使い、仕事を回し続けているのだから。
……が、辞める人間は増え続けている。主に、店長のせいで。
「三が日は休ませてやったんだ。アメを食ったならとっとと働け!」
「……はい」
住宅地であるから、人の入れ替えが激しくとも問題はない。
ない、が、それにも限度がある。特に、噂の広がりやすい現代社会においては。
それが分かっているからこそ、店長の当たりも辛くなる。
悔しくない訳ではない。辞めたくない訳でもない。
ただ、流れ流され数年間、「なんとなく」で働き続けているだけ。
けれども、彼女が来たことで、それにも限度が近付きつつある。
「……後、十二時間」
歯噛みしながら、町田青年は他の従業員へ指示を出し、黙々と作業する。
人当たりこそ良くないが、業務に精通した町田青年がいることで、業務の効率は遥かに増していく。
粛々と業務を続ける町田青年は、今日も「道具」として受け入れられていた。
***
夜。二十時。
閉店時間になり、軽い清掃とレジ精算を終える。
仕事が終われば帰って良いのは、個人営業店の数少ない長所であり、給与を減らす短所であった。
とはいえ、それでも今は、町田青年にとってありがたい話である。
「……これがいいかな」
「あれ、町田さん。そのケーキ、廃棄品にもありましたよ?」
閉店後の買い物で、他の従業員が声を挙げる。
廃棄品を好きに持って行って良いにも関わらず、店内では高めのケーキを買う町田青年に疑問を持ったのだろう。
「……いえ。これでないと困るのです」
「どうして?」
「……」
沈黙する中、従業員の顔が妙に嫌に見える。
が、それまでは町田青年も無関心だったので、前より関係は好転した様にも見えた。
事実、妙な行動で興味を惹いたのは間違いない。町田青年は諦めて説明をする。
「……が、お腹を壊すと、怖いので」
「あぁ、傷んでそうッスからね、廃棄品。そこそこ食えますけど、マズいし」
「はい」
勿論、ある程度ぼかして。
自分用の購入と思った従業員は、それ以上の追求はしなかった。
ホッと安心し、レジを通して退店する。
「……ケーキ、崩さない様に、急がないと」
ケーキの箱を両手で抑えながら、町田青年は急ぎ足で帰宅する。
待っているであろう、彼女の為に。
***
八時半。
メアリーはドアが開く音が聞こえて、人形遊びを止めて振り返る。
玄関には何やら箱を抱えた町田青年の姿があった。
「おかえりーっ!」
「ストップ」
「!?」
勢い良く飛び出そうとしたところに制止がかかり、ぴたりと止まるメアリー。
町田青年はゆっくりと、冷蔵庫にケーキを置き、再び玄関に戻り、両手を広げる。
「スタート」
「おかえりーっ!」
「はい。ただいま戻りました」
掛け声と共に、ダッと駆け出すメアリーを受け止める。
疲れた腕で抱えても苦にならない重さと暖かみが、町田青年の心を癒やす。
「約束通り、ケーキを」
「いっぱい!」
「そこそこです」
「かってきた!?」
「はい」
「やったーっ!」
ばんざーい、と両手を上げるメアリー。
微笑ましい物を見ながら、町田青年はゆっくりと歩き出す。
「明日からは、ずっと一人でお留守番しなくとも大丈夫です」
「ほんとっ!?」
「はい。助っ人を用意します」
「すけっと!」
「取り敢えず、お風呂に入りましょうか」
「はーい!」
そうして抱えながら、町田青年は風呂場へ入る。
明日からは寂しい想いをさせ過ぎないことに、少し安堵しながら。
■メアリーの にっき■
きょうも いちにち おるすばん。
ちょっと さみしいけど メアリーは げんき。
ストーブは とても くさい。
でも あったかいから つけとく。
まえのおうちは こんなの なかったけど こういうのも いいかも。
でも くさい。
おじちゃんが かってきた ケーキは とっても あまあま。
チーズケーキ っていうらしいよ わたしは とってもすきだな。
これからは かえりに かってきてくれるって。 うれしい!
ケーキ たのしみだな。
あしたも いいこと ありますように。