2月16日
二月十六日。
編集者加藤満は、至福の表情でショートケーキを頬張っていた。
「んん……この濃厚なクリームとアッサリとした生地の舌触り!」
「胃もたれしないのかね」
「食品の厳選努力を感じます!」
「そうなのかね」
「いえ、申し訳ありませんが……普通の市販品です」
「まさにケーキの宝石箱! 何個でもいけます!」
「ふとるよー?」
「運動するから大丈夫ですッ!!」
彼女は強い意志で以て宣言するが、その細い胴に収められたケーキの数々を運動によって消費するには、途方もない程の運動を要するだろう。
その豊かな胸に収まる可能性も否定は出来ないが……夢見曰く脂肪とは「全身に回るもの」らしいので、可能性の算出は絶望的である。
「でも、お気に召して貰えて何よりです」
「えぇ、とっても! 毎日来たいくらいですよ!」
「い、一週間に一回くらいが、スタイルの維持に良いのではないかね」
「毎日来たいです! 来ます!」
「申し訳ありませんが、木曜日は定休なので……」
「じゃぁ木曜日以外ですね!」
「……たはは」
満の顔は笑顔そのものだが、その眉間には大きく皺が寄っている。
怒っているのだ。しかも迂遠な形で、「絶対に逃さん」と六天縁に伝えている。
これには迂遠な形で遠ざけようとしていた六天縁も、顔を青ざめさせて笑う他なかった。
「……加藤さんは、編集者さんと伺っておりますが」
「あぁ。私の担当だ」
「そうです。毎度毎度締切が近づくと逃げ回ることで有名な、六天縁先生の担当編集です」
「そーなんだ!」
「そうなのです」
「……ははは」
嫌味は怒りの表れだ。
それを知っている六天縁は、ただただ顔を引き攣らせる他ない。
……一方で町田青年は、満を見てキラキラと目を輝かせるメアリーを、じっと見つめていた。
「メアリーさん」
「なーに?」
「どうしたんですか」
「んー? へんしゅーさん、かっこいいなーって!」
「えっ」
「えぇっ?」
思わぬ一言に、町田青年も満も声を上げる。
確かに満はバリバリのキャリアウーマンであり、その立ち居振る舞いも社会人、そして業界人として堂に入っているが、果たしてケーキをワンホール分平らげた後に言うセリフだろうか?
「へんしゅーさん、おとなのひとってかんじする! ゆめみせんせーとちがうかんじ!」
「そ、そうかしら?」
「そー! どーやったら、めーちゃんもおとなのひとになれるかなー?」
「……そうねぇ」
嫌味や迂遠な表現はともかく、こういった素直な褒められ方には慣れていないのか、満も少々気恥ずかしげにメアリーを見ていた。
そうして、彼女は優雅に微笑み、メアリーの頭を撫でる。
「……色んな人と話しなさい」
「おはなし?」
「そう。色んな人と話して、色んな事を学ぶの。辛いことも、楽しいこともね」
「そうすれば、おとなのひとになれる?」
「えぇ。学んだことを忘れなければ、良い大人になれるわ」
「……わかった!」
花の様に笑うメアリーは、どうやら誰にも眩しい存在らしい。
穏やかに微笑む満を、微笑ましく見ていた町田青年だが……。
「まぁ、ケーキをワンホール分平らげる女がいい女かどうかは、少し評価の分かれるところではあるがね」
「何か言いましたか?」
「別に何も……あだだだっ!?」
……気の強過ぎる女性に育たなければいいな、とは思うのだった。
特に、担当の作家の関節を極める様な人には。
■メアリーの にっき■
きょうは へんしゅーさんが きたよ!
へんしゅーさん ケーキ いっぱいたべるよ! すごい!
へんしゅーさんは とってもかっこいいの!
おとなのじょせー ってかんじ!
ゆめみせんせーは……ギャル? でもかわいい! だからちがうかんじ!
おとなのじょせー いいよね!
めーちゃんも おとなのじょせーになって おじちゃんに げんきになって もらいたいな!
でも おじちゃんは おとなのじょせー すきなのかな?
ゆめみせんせーに やさしいから あぁいうかんじのが いいのかな?
よくわかんない! でも すてきなひとに なりたいね!
そのために いーっぱい いろんなひとと おはなしして おべんきょーするんだ!
あしたもいいこと ありますように!




