2月15日
二月十五日。
町田青年は、帳簿とにらめっこしていた。
「……ふむ」
「おや。どうしたんだね、店主は。さっきから……いや、いつも通りの難しい顔だが」
「おじちゃんねー、いま、ちょーぼ? っていうのを、かいてるんだってー」
「ははぁ、成程な」
得心がいったとばかりに、六天縁が手を打つ。
ちなみに、今日の彼はパソコンを持ちこんでいない。
彼曰く、原稿が上がったからとのことだが、来店しなかった数日間に何があったかは、決して話そうとはしなかった。
しかし、締切から解放されたのは事実なのか、彼は非常にご機嫌な様子で、町田青年に話しかけた。
「飲食店だと、家計はやはり厳しいか? どれ、では今日は奮発して……」
「いえ、逆です」
「うん?」
「収支は、少しなんですが……プラスなんです」
固い表情の町田青年だが、その口調は深刻さを伴ってはいなかった。
そう、弛まぬ宣伝と接客の努力。そして創意工夫と先日のバレンタインデーにより、遂に喫茶“MARY”は黒字に至ったのである。
敷金や礼金、設備投資が安く上がり、早々に開店出来たからとはいえ、この結果は町田青年の予想を、良い意味で裏切っていた。
「そりゃ、いいことじゃないか」
「いいことなの?」
「あぁ。貧乏よりはずっと良い」
「そっかぁ! ……おじちゃん!」
「はい」
「おめでとーっ!」
「……はい」
眩い笑顔に、町田青年は彼女の頭を撫でる。
彼はどんな相手にも几帳面で、丁寧に接する。
しかしその丁寧さは、時に冷たさすら感じさせるもの“だった”。
そんな冷たさが無くなったのは、一体何時からなのだろうか。
少なくとも“暖かみ”のある時期しか知らない六天縁には、夢見の話から推し量ることしか出来ない。
しかし、それも一興である、と彼は考えていた。
彼がここで作業をするのは、偏に隠れやすいのと、珈琲が美味いこと、そして店主とその娘の謎を解く為であったのだ。
「ふむ。では、これからも店を開けてくれるということなのだな?」
「はい。よろしければ、ご愛用頂ければ」
「あぁ。勘定と……あぁ、持ち帰りでケーキを頼む」
「はい。どのケーキになさいますか」
「ショートケーキとチーズケーキを一切れずつだ」
「畏まりました」
丁寧にお辞儀をすると、町田青年はいそいそと冷蔵庫からケーキを取りだし、箱に詰めていく。
昨日から、お菓子作りも好む様になったのか、メニューには持ち帰り用のケーキが追加されていた。
朝早くから作っているそうだが、何時から起きているのか。六天縁の疑問は尽きない。
が、後で解明出来よう疑問よりも、ケーキの出来の方が気にかかった。
メニューに載る程なのだ。出来が良いのは分かるが、絶品であればもっといい。
絶品のスイーツは、厄介な女編集者の餌付けに繋がるだろうから。
「また来る」
「はい。ご来店、ありがとうございました」
「またねー!」
「うむ。またな」
ケーキの箱を抱えながら、六天縁は退店する。
このケーキが絶品であることを祈りながら。
ちなみに、餌付けされた女編集者、加藤満からは大変好評であったものの、満が“MARY”でケーキを頂くかどうかを検討し始める程だったことは、六天縁にとっても誤算だったという。
■メアリーの にっき■
きょうは おみせが くろじになったんだって!
くろじっていうのは にんきだってことだよ! みんなが だいすきな おみせってことだね!
めーちゃん けいさんは ちょっとニガテ。
だけど おじちゃんが うれしそうなのは いいことだとおもう!
もっともっと くろじになるといいな!
あしたもいいこと ありますように!




