2月14日
「はっぴーばれんたいんっ!」
「えっとね、めーちゃんね、いつもよんでくれるみんなに……これっ!」
「チョコのクッキーあげる! いつもありがと! これからもよろしくねっ!」
二月十四日。
この日は、乙女の祭典である。
「……よし」
そんな日であるから、乙女でもないのに、町田青年も少し頑張っていた。
そう。バレンタインデーなのに、である。
といっても、世界的には男性が女性に贈っても良い上、最近は日本でも男性が女性に贈るのも珍しくはないのだが。
……男性が男性に贈るパターンに関しては、ノーコメントである。
「……上手くいくと良いけれど」
そう独りごちながら、彼は焼き上がりを待つ。
厨房に備え付けられたオーブンは、ごぉごぉと音を立てながら中の物をじっくりと焼き……。
「……ふむ」
……町田青年の望み通りの時間に、その活動を止めた。
胸を高鳴らせながら、町田青年はゆっくりとひっくり返す。
「……おぉ」
色っぽく出てきたのは、焼き上がりも上々なガトーショコラであった。
これを冷やし、粉砂糖をまぶせば完成である。
……しかし、これ一つでは到底足りない。
「……よし」
気合いを入れ直し、並行してやっていた、もう一つの生地をオーブンに入れる。
朝の四時。注文を受けたぬいぐるみホルダーを、全て作った後のことであった。
***
……そんなことがあった日なので、町田青年は店に立ってはいない。
代わりに土日なので、夢見とメアリーが頑張っていた。
「あ、あの、ガトーショコラ一つ!」
「俺も!」
「ぼ、僕も……!」
「はーいっ! 少々お待ちくださぁーいっ!」
バレンタインデーには、美人からチョコレートを貰いたい。
そんな悲しい男の性が出たのか、今日は特に男性客が多い。
……六天縁がいないのは、浮ついたイベントを嫌ってか、それとも締切に捕まったか。
「大人気ッスねェ! 早乙女サンの手作りガトーショコラ!」
「あぁ、うん、そうね……」
……実際のトコロ、作ったのは全て町田青年であるのだが。
そんなことは露知らず、男性客は皆、美味そうにチョコ菓子を堪能している。
宣伝効果ここに極まれり。上三と一計を案じ、事前にチラシやWEBで宣伝して正解だったと、夢見は内心でほくそ笑む。
喫茶“MARY”の軍師こと早乙女夢見は、ここぞという所で外さぬ女傑であった。
「はいっ! はっぴーばれんたいんっ!」
「おぉ……!」
そして、夢見だけが活躍している訳ではない。
配膳をしながら、自分で作ったチョコクッキーを手渡すメアリーも盛況に一役買っている。
楽しそうに、愛らしくクッキーを振る舞う彼女は、男性客のみならず、可愛いもの好きな女性客にも人気の様だ。
その笑顔は天使さながら。恵まれぬ者に愛の手を差し伸べる。
「はっぴーばれんたいーんっ!」
「「イェー!!」」
……一部、カルト的盛り上がりをしている者もいるが。
まぁ、大丈夫だろう。多分、きっと。めいびー。
「……まぁ、渡したいのは、お客さんだけじゃないけどね」
「お? 俺にも貰えちゃったりします?」
「しますします。はい、報酬の手作りチョコ」
「やりぃ! 今日配達日に調整した甲斐があったぜ!」
「義理だからね、義理」
「本命でもいいッスよ! 美人大歓迎!」
「ないわー」
スラッシャー上三は、貰った義理チョコを両手で抱えて小躍りしてみせる。
何せ今回の作戦を提案したのは、他ならぬこの男であり、WEB方面の広告を担当したのもこの男だ。
彼はそれなりに有名なブロガーでもある様で、度々顧客であるこの店の宣伝もしていたので、その効果はそれなりに高いものであった。
今回の為に珠玉の一記事を書いてきたそうで、義理チョコはその頑張りに報いるものであった。
義理チョコでも、美女の手作りとくれば力も湧こうというものである。
「……ま、本命の人には、渡しても気付かれないかもだけど」
「はい?」
「ううん、こっちの話」
誰にも聞こえない声で、そう独りごちる夢見。
その顔はちょっと照れ臭そうにはにかんでいた。
***
「……お二人共、お疲れ様でした」
「「お疲れ様でしたー!」」
無事に営業を終え、三人揃って賄いを食べようとする頃。
町田青年が、そっと二人へ手渡した。
「……今日はチョコはもういいかもしれませんが……どうぞ、お受け取りください」
「わぁっ!」
「ありゃ……」
「ハッピー・バレンタイン。セント・ウァレンティヌスとお二人に、格別の感謝を」
そう言って、少し意識して気障に渡したのは、丁寧に細工されたチョコケーキであった。
ともすれば商品より洗練されたそれは、町田青年にとっても会心の出来である。
「……出遅れちゃったねぇ」
「ねー。でも、すーっごくうれしい!」
「おや……」
二人が困った様に、それでいて嬉しそうに見合わせたところで、町田青年は首を傾げる。
そんな彼にいたずらっぽく笑うと、二人は揃って手のひらサイズの包みを差し出した。
「「せーっの、ハッピーバレンタイン!」」
「……これは」
包みの中に入っていたのは、色取り取りのチョコチップクッキー。
珈琲、紅茶、抹茶味。どれも町田青年好みである。
それを受け取って、町田青年はとても気恥ずかしながら、嬉しそうに。
「……ありがとうございます。大事に頂きますね」
「うんっ!」
「三倍返し、期待してますからねー!」
「勿論です」
幸せと美味しさを噛み締めながら、御礼を言うのだった。
■メアリーの にっき■
きょうは バレンタインデーだよ!
みんなに いーっぱい チョコをあげるひ!
めーちゃん チョコのクッキーを つくって みんなに あげたよ!
みんな ありがとーって いってくれた! うれしい!
ゆめみせんせーも スラッシャーおじさんも ありがとーって!
めーちゃんも みんなに ありがとーっていったんだ!
でもねでもね めーちゃんが いちばんうれしかったのはね。
おじちゃんから チョコレートのケーキを もらえたこと!
きょうは チョコ いっぱいたべたけど いちばんさいごなのに いちばんおいしかった!
ホワイトデーも いっぱい つくろうね!
きょうは とーっても あまあまで とーっても いいひだったよ!
あしたもいいこと ありますように!




