2月11日
二月十一日。
建国記念の日である。
祝日に労働しないのはどうか、と思う町田青年だったが、そもそも祝日は休むものであり、今日は初めての定休日である。
それに、今日過ごす一日は、恐らくかけがえの無いものなのだから、と。
町田青年は、きらきら目を輝かせるメアリーを見つめていた。
「……すいぞくかん!」
「はい」
「行きたがってたもんねー。楽しもうね?」
「うんっ!」
そう、水族館である。
今日は町田青年とメアリー、そして夢見の三人で、都内の水族館へとやって来たのだ。
入る前からわくわくとドキドキが止まらないらしく、メアリーは先程からぐいぐいと、二人を引っ張り続けている。
「ねーね! はやく! はやくいこっ!」
「はい。夢見さん、チケットは?」
「もう買ってありますよっ。じゃ、行こっか!」
「うんっ!」
意気揚々と、メアリーが間に立つ形で手を繋ぐ。
まるで仲良し家族の様だ、というのを客観的に見つめながら、その印象に夢見は顔を赤らめ、はにかんだ。
***
「……ふわぁ……っ!」
「昔来た時とは、大分違いますね」
「前に来た時は、高校生でしたし。リニューアル後は来てなかったですよねー」
品川にある水族館は、昔二人がよく来た場所であった。
大学に入ってからはとんと来ていないが、それ故に新鮮さを感じる。
対して、初めての水族館であるメアリーにとっては、そこは未知の空間と言っても過言ではない。
「くらい!」
「転ばない様に気をつけてくださいね」
「うんっ! あ、おさかなさん! おさかなさんいる!」
「もっと近くで見る?」
「みるー!」
「はーい。じゃぁ抱っこしちゃうよー」
「きゃー!」
夢見に抱き上げられると、メアリーは甲高い嬌声を上げる。
嬉しそうなその声に、微笑んだり、苦笑したりする人は数多くいたが、邪険にする人はいなかった。
***
「……ねーねー、おじちゃん」
「どうしましたか、メアリーさん」
抱っこを交代して、水槽を見て回る最中。
メアリーがふと、疑問を呈した。
「おさかなさん、ずっとおみずのなかでおよいでるよね?」
「はい」
「おぼれないの?」
「あぁ」
ふよふよ、するする。
水の中を好き勝手に泳ぐ魚達は、呼吸をどの様にしているのだろう?
お風呂で足を滑らせ、溺れかけたメアリーに、そんな疑問が浮かぶ。
「エラがあるから、でしたっけ?」
「えら?」
「はい。魚は一部を除き、鰓という器官で呼吸を行います。鰓は水の中の酸素……空気を取り込みます」
このあたりです、と言いながら、町田青年はメアリーの首の下辺りを触る。
くすぐったそうに笑いながら、メアリーは納得した様に手を叩いた。
「だから、こきゅうができるの?」
「正解です」
「なるほどー!」
また一つ賢くなったメアリーの頭を、そっと撫でる。
嬉しそうに笑う彼女は、首の下を撫でながら。
「じゃぁ、めーちゃんもえらができたらおよぎほうだいだね!」
「えっ」
「がんばる!」
「えっ」
と、町田青年が困惑する一言を放つのであった。
鰓が出来たら陸で呼吸出来ないと、幼女の期待をへし折ることは、町田青年には難しいことであった。
***
そうして、色々な魚達を見た後で。
最後の最後で、メアリーは一つの水槽に、釘付けになっていた。
「ふぁー……!」
「……もう一時間くらい、じっと見てますねー」
「はい」
メアリーが見ていたのは、イルカの水槽である。
イルカショーに感激を受けた彼女は、それからずっとイルカの水槽にへばりついていた。
そんな幼女を、町田青年と夢見は近くのベンチで見ている。
「……寒くはないですか」
「大丈夫です。でも、ちょっと眠いかな」
「そうですか……でしたら、どうぞ」
「えっ」
ぽんぽん、と町田青年が、自らの太腿を叩く。
その意味を悟って、夢見の顔が赤くなった。
「い、いいんですか?」
「はい。男の腿など、固いでしょうが」
「いえ! すばらしいと思いますですっ!」
「そうですか」
薄く微笑む町田青年は、儚げな雰囲気と相俟っていつもより素敵に見える。
顔が火照るのを感じながら、夢見は。
「し、失礼します……」
「はい。ごゆっくり」
そっと、取り出されたブランケットの柔らかさと、太腿の固さを感じながら、横になるのだった。
その後二時間程、穏やかな時が流れ続けた。
■メアリーの にっき■
きょうは すいぞくかんに いってきたよ!
すいぞくかんは おさかなが いっぱい! イルカさんもいる! すごい!
イルカさん ずーっと およいでるの! すごく とんだりはねたりも するの!
すごい!
イルカさんは すごい!
めーちゃん いつか イルカさんと いっしょに およいでみたいな!
あしたもいいこと ありますように!




