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2月8日

割と夢見る人は多いんじゃないかって光景。


 二月八日。

 今日も朝の九時から、喫茶“MARY”は開店した。


 とはいえ、平日朝から利用する客はそういない。

 暫くは準備や掃除に手をいれても構うまい……と、町田青年は思っていたのだが。


「開いてるかね?」

「……はい。いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませー!」


 開店早々、客が一人。

 客は歳と叡智、そして皺を積み重ねた様な細身の壮年であり、彼は応対したメアリーにぎょっと目を見開いた後、ゆるりとカウンター席の隅についた。


 昨日来た客ではない。

 気紛れで来たのか、男はメニューを一瞥すると。


「珈琲。角砂糖を二つ」

「はい、畏まりました」


 慣れた呪文を唱える様に、注文した。

 注文を取れずにしょげているメアリーを撫でてから、町田青年は珈琲豆を挽く。


「……ふむ」


 それを確認してから、男は鞄からノートパソコンを取りだし、開いた。

 古めかしいジャケットと、最新鋭の機器は不釣り合いにも見えるが、男は慣れた手つきでタイピングする。

 それをメアリーが興味深げに見ていたのに気付いた男は、思い出した様に言った。


「いいかね?」

「いーい?」

「はい。……コンセントは、お使いになりますか?」

「あぁ、頼む」

「かしこまりました。……メアリーさん。二階の戸棚、その一番下から、延長コードを持って来て頂けますか?」

「はーい!」


 使用許可を求められたので、町田青年は快く応じる。

 ついでにお手伝いがしたいメアリーに仕事を頼むと、彼女は意気揚々と二階へ上がって行った。

 興味深げに眺めていた男が、不意に訪ねた。


「娘さんかね?」

「の、様なものです」

「様な?」

「看板娘ですから」

「……成程」


 上手い具合にはぐらかされた事に、愉快さを覚えたのか、男は口角を吊り上げる。

 町田青年は珈琲を手早く、丁寧に淹れると、そっと角砂糖と共にカウンターへと置いた。


「珈琲と、角砂糖二つです」

「あぁ」


 角砂糖を指で摘まんだ男は、珈琲に入れる……のではなく、そのまま齧る。

 砂糖を噛み潰した後、男は珈琲を口に含み、ゆっくりと舌で転がした。

 タイピングの音が、速まる。


「美味いな」

「ありがとうございます」

「もってきたよーっ!」

「ありがとうございます。……よろしければ、どうぞ」

「うむ」


 メアリーから延長コードを受け取り、男は電源を挿す。

 そうして、二、三時間程、静かな時が流れると。


「ふむ」

「なにかいてるのー?」

「うん?」


 絵本を読んでいても退屈だったのか、メアリーが声を上げた。

 話しかけられると思わなかったのか、男がぼんやりと視線を彷徨わせる。


「……小説は、分かるかね」

「おはなし?」

「そうだ」

「すごーい!」


 どうやら、男は小説を執筆していたらしい。

 古風な小説家。成程、聡明さを湛えた男には相応しい肩書だろう。

 メアリーが質問を続ける中、そっと町田青年は耳を傾けていた。


「どんなおはなしかくのー?」

「SF……いや、そう言っても分からんか?」

「わかんない!」

「分からんか。まぁ、そうだな……」


 ごそごそ、と、鞄から何かを取りだす。

 それは、一冊の本であった。町田青年はそれを見て珍しく――本当に珍しく――「あっ」と声を上げる。


「それは」

「しってるの、おじちゃん?」

「はい。というより、持っています」

「ほう。知っているのなら、話が早い」


 男はにやりと笑うと、メアリーの頭を撫でた。

 わさりと、やや粗い撫で方であったが、それを受けたメアリーはきゃっきゃと声を上げる。


六天縁時印ろくてんべりじいんだ。未来を描く小説を書いている。今度、読んでもらえ」

「わかったー!」


 そう言って珈琲を飲み干すと、彼はすっと立ち上がった。


「勘定を」

「え、あ、はい。二百円になります」

「安いな。……此処の定休日は何曜だ?」

「も、木曜日です」

「そうか。また来る」

「……ありがとうございますっ」


 あれよあれよ、という間に。男、六天縁は店を出た。

 町田青年の慌て方に、首を傾げていたメアリーだが、彼に頭を撫でられ、更に逆方向に首を傾げた。


「メアリーさん」

「なーに?」

「……喫茶店、始めて良かったです」

「そう?」

「はい」

「そっかー!」

「はいっ」


 ……喫茶店に小説家が立ち寄り、執筆作業をしていく。

 その光景の当事者になれて、感無量の町田青年であった。




 ■メアリーの にっき■


 きょうも おみせの おてつだい!

 きょうは しょーせつかの おじーちゃんが きてたよ!

 めーちゃん しらなかったけど おじちゃんが だいすきな しょーせつかさん なんだって!

 

 おみせがおわったあと おじちゃんが しょーせつかさんの ほんを よんでくれたよ!

 むずかしいおはなしで よくわかんなかったところも おおかったなー。

 でも すごーいみらいのまちで じけんをかいけつするって かっこいいね!

 そういったら おじちゃんも そうだねって いってたよ! やっぱり!


 あしたも おじーちゃん くるっていってた!

 ゆめみせんせーも みたいっていってたけど だいがくおわるまで おじーちゃんいるかな?

 あしたもいいこと ありますように!


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